58.鷲の魔王と大将制約

 いきなり現われたその魔物に、兵士と騎士たちは驚愕する。

 それと同時に、疑問を抱く。

 彼が言った言葉は、聞き捨てならないものだったからだ。


「貴様、何者だ! どういう意味だ!」

「ふふっ。ならば、教えてやろう、セルピエンテは・・・・・滅んだ! 抵抗した王都は燃え尽き、奮戦した戦士もろとも、王も死んだ!」


 そう言うと、その魔物は突然として邪悪な威圧感をまき散らす。

 その突然の圧迫感は、凄まじく、兵士や騎士を気圧しするには充分な威力だった。現に、騎士たちは身震いをし、兵士たちは肝を潰したように蹈鞴を踏んでいた。

 咄嗟に、エヴィエニスとラートゲルタが、エドワード団長やルシラの前に立ち塞がる。

 そんな相手の反応を楽しみながら、その魔物は言う。


「我は魔王・・・・・・エビレグル! セルピエンテ王国の王、リングをこの手で討ち取った魔王なり!」

「・・・・・・抜かりました。魔物の気配が、南西方向から続々と参っています」


 相手の言葉をききながら、エヴィエニスは苦渋の表情を見せる。

 交渉に際して、彼女は魔物の探知を怠っていた。

 そのミスにつけ込むように、魔物たちが人々の群れに差し迫っていた。その数は、探知の結果数百をくだらない。


「このままでは、民が魔物に襲われます。ここの兵士たちと事を構えている場合ではなさそうです」

「ふふっ。安心しろ、若い魔道士よ」


 焦燥をエドワードたちへ報告するエヴィエニスに、魔王・エビレグルは嗤う。


「お望みならば、まずは騎士たちを相手にしてやろう。もしくは、そこの兵士たちを滅ぼしてもいい。どちらにせよ、民は最後にしてやってもよい。どのみち、貴様らは皆殺しになるのだからな!」


 キリキリと、胃を圧迫するような鬼気をまき散らしながら、魔王は言う。

 その言葉に、騎士や兵士たちは思わず歯を食いしばった。自分を奮い立たせようとしているというより、相手の気迫に押され、震え上がっているような様子だ。

「父上を、討ち取っただと?」


 魔王の言葉に、ルシラが疑念の声を漏らす。

 半ば茫然と言う彼女に、魔王は鷹揚に頷く。


「そうだ。セルピエンテの国王は、王都で散った。我が自ら殺したのだから、嘘ではない」

「・・・・・・その言葉自体が嘘、と言う可能性もあるがな」


 誇るように言う魔王に、ルシラはぎこちなく笑いながら言う。

 強がるように、あるいは動揺を隠そうとした笑みであった。

 信じたくはない、信じたくはないが、そう断じるには目の前の相手の鬼気は強すぎる。王都を滅ぼしたというのも、虚言ではないかもしれないというだけの現実味があった。

 そんな事を考えるルシラに、魔王は極悪に笑いかける。


「どうした? 王を討ち取った私が憎くないか、ルシラ王女。ならば、王がどのように死んだかを聞かせてやろうか?」

「エドワード。全員に、戦闘配置につくように指示を出せ」


 ルシラは、魔王を見たまま、団長に指示を出す。

 その言葉に、部下たちは唾を呑む。


「姫様。相手を見誤っては――」

「安心しろ、ラートゲルタ。配備を取るのは、この魔物に対してではない。南西からくるという、魔物に対してだ」


 言って、ルシラはエドワードを一瞥する。

 それを見て、エドワードは頷き、騎士たちに手を掲げる。

 会話を聞いていた騎士たちも、それだけでイトは伝わった様子で動き出す。

 それに、魔王は感心する。


「ほう。存外冷静だな。怒りは見せぬのか?」

「貴様の手は見え透いている。そう簡単に乗る物か」


 そう吐き捨てるように言ってから、ルシラは少し前まで対峙していた兵士たちの方を見る。


「辺境の兵士諸君、頼みがある!」


 ルシラの声に、兵士たちは振り向く。

 目の前の魔物に気を取られていた彼らは、その言葉に少しぎょっとした様子だった。


「この状況で、諍いをしている場合ではなくなった。これから、我ら騎士は魔物たちを迎撃する! 諸君らには、その間非戦闘員の護衛を任せたい! 敵は我ら騎士が守る。だから・・・・・・我が親愛なる民たちを頼む!」


 その言葉に、兵士たちは驚きを隠せない。

 まさか、自分たちが敵の相手をするからと、その代わりに守っていた人々を頼むと願い出られるとは想像していなかった。


「・・・・・・要求は分かった。しかし――」

「済まぬが、言い合っている時間はない。頼む! この通りだ!」


 言って、ルシラは頭を下げる。

 時間も余裕も猶予もない中で、それは彼女に今できる精一杯の誠意だった。


「頼む!」

「・・・・・・承知した」


 ルシラの言葉に、兵士たちはそれを受諾する。

 今は、争っている場合ではなく、目の前の脅威に対して団結せねばと思ったようだ。

 その判断に、天羽は哄笑する。


「はっはっは。よかろう。ならば、まずは騎士どもを皆殺しにしてやろう。だが――」


 上空を仰ぎながら嗤っていた魔王は、そこで不意に顎を引き、目を据えた。

 視線は、ルシラに向いている。

「勇敢な王女だ。あまり、生かしてはおけぬとみた」

 言って、翼を広げるや、魔王は飛来する。

 一気に距離を詰めてきた魔王は、彼女に対して凶悪な爪で殴りかかる。

 それを、鈍い音で遮るものがあった。

 ルシラの前へ出たラートゲルタが、魔王に凶爪を遮る。


「そう思い通り、姫様を討たせはしませんよ~!」


 打ち返し、ラートゲルタは反撃の刃を薙ぎ払う。

 ふんわりとした見た目にはそぐわぬ鋭い斬撃に、魔王は鋭い後ろへ引く。

 それを見て、ラートゲルタは構え、同時にエヴィエニスが横へ進み出る。


「私たちが相手ですよぉ」

「なるほど。まぁいい。皆殺しに変わりはない」


 肩を揺らし、魔王はそれを許容する。

 その時、人々の間で悲鳴が生まれた。

 見ると南西方向から、空を飛んで迫ってくる魔物たちの群れが姿を現す。

 それを見て、騎士と兵士は人々の避難を促した。

 同時に、ラートゲルタが言う。


「姫様! エドワード団長! 民たちの避難を! ここは騎士と私たちが食い止めます!」

「ラートゲルタ! 私も――」

「駄目です!」


 強く言ってから、ラートゲルタはルシラに振り向く。

 そして、穏やかな笑みを携え、言った。


「貴女は、旗印なのですよ? 皆と、セルピエンテの。私は、貴女の命が惜しいから守っているわけではありません。皆の希望、すがるべきお人だからお守りするのです」


 そう言って、ラートゲルタは柔らかく微笑む。

 そのいつもどおりの、人を安心させて癒やすような笑みに、ルシラは一瞬言葉に迷う。

 ラートゲルタは、続けて言う。


「だから、皆をお願いします。民たちを守る最後の砦が、いきなり討たれては勝負にならないでしょう?」

「・・・・・・分かった。だから、最後の砦が駆けつけるまで死ぬんじゃないぞ!」


 そう言うと、ルシラは引き下がった。

 彼女はエドワード団長と共に、人々を避難させながら、騎士たちの指揮を開始し始める。

 その背を見送り、ラートゲルタは安堵していた。


「ふふっ・・・・・・」

「どうしました、エヴィエニス殿~?」


 不意に笑ったエヴィエニスに、ラートゲルタは尋ねる。

 そんな彼女へ、エヴィエニスは言う。


「まるで、これからいなくなるみたいなことをおっしゃいますね。それがおかしかっただけです」

「そんな気はさらさらありませんよぉ。私は、死ぬ時まで姫様の側にいますからぁ」

「ならば、生き残らねばなりませんよ。この、魔物を前に」

「えぇ。勿論。倒しましょう」


 そう言って、二人は武器を構える。

 口元には笑みを携えながら、しかしその目には強い意志が宿る。


「話は済んだか? ならば――」


 相手の様子を見て、魔王は翼を広げる。


「せいぜい足掻いてみせろ。恐怖と絶望の中で、殺してやろう」


 凶悪な笑みと、人々の肝を潰すには充分な鬼気を携えながら、魔王は宣言する。

 それに、二人は笑みを消した。

 絶望、と言う言葉が似合うほどの凶悪な危険性を漂わす相手を前に、二人は立ち向かい始めるのだった。

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