57.虚勢の交渉
ルメプリアが言葉を唱え、またも扉が開く。
遺跡の探索を続けていたシグたちは、先へ先へと進んでいた。
そんな彼らが続いて辿り着いたのは、広い蔵のような場所だ、多くの木箱が壁際に積まれた場所で、一目見るとここは最終地点のようにも思える。ここが、もしかしたら遺跡の最奥かも知れなかった。
「ねぇ。あれ、なんだろう?」
そんな場所の中で、サージェがある物に気づいて声を漏らす。
その声に全員が目線を向けると、部屋の奥に、あるものが置かれていた。
それは、セルピエンテが所有していた大砲にも似た、しかしそれよりも銃身が細い筒状の何かであった。そもそも武器かどうかも分かりづらいが、見たこともない形をしている。
近づいて、シグたちは確認する。
「なんだろうな、これは。鉄砲と大砲の間にあるような・・・・・・」
「ルメプリア? どうしたの?」
シグが誇りを払いながら確認する中、マリヤッタがふと振り返って尋ねる。
部屋の入り口付近で、何故だかルメプリアが茫然としていた。そして、それに不審がる周りの目を受けつつ、微苦笑する。
「ははは・・・・・・まさか、こんなラッキーなことがあるなんてね」
「どうしたの?」
「喜んで良いと思うよ。いきなり、すごいものにたどり着いたようだから」
言って、ルメプリアが人々の間を縫って歩み寄ってくる。
マクスブレイズの騎士たち、ついでマリヤッタやシグの間を通って前で出ると、ルメプリアは見つけた物の前へ出る。
「これは、すごい兵器だよ。ただ、数千年も前のものだから――ってあれ?」
何やらそれに触れ、確かめていたルメプリアは、ややあってから眉根を寄せる。
それに、周りは不審がる。
「どうした?」
「・・・・・・これ、上手く作動しないっぽい。壊れているかもしれない。たぶん、数千年も前のものだから・・・・・・」
苦い顔で、ルメプリアは言う。
「どうしよう・・・・・・。直すには、一旦解体とかしないといけないかも・・・・・・。というかこれ、直せるかな?」
「――ねぇ。これって、設計図とかある? あと予備の部品とかも」
少なからず動揺して不安がるルメプリアに、尋ねてきたのはサージェだ。
それに、ルメプリアは顎を引く。
「うん、あるよ。たぶんその辺りの木箱の中に。ここは、神の遺産だけじゃなく、その作り方や部品も保管している部屋だから」
「じゃあ、それを見せてくれる。ひょっとしたら、直せるかも」
そう言って、サージェはその、見つかった神の遺産とやらに近づいて確認を開始する。
「どこが壊れているか、分かる?」
「えっと、多分作動のために必要な操作部分が。でも、この部分、構造を理解しても、人の手じゃ作るのに数日はかかるよ?」
「逆に言えば、構造さえ理解すれば直せるということか?」
ルメプリアの言葉に、シグは目を細めながら尋ねる。
それに、「まぁそうだね」とルメプリアは頷いた。
その言葉を聞くと、シグは顎に指をやる。
「なら、サージェに任せよう。構造を理解して、部品さえ揃えれば、彼女は直す事ができる術がある」
「うん、任せて! きっと役に立つから! と、その前に構造を記した設計図みたいなのはある?」
「う、うん。たぶん、木箱のどこかに・・・・・・」
「よし、まずはそれを探そう!」
そう言って、サージェはルメプリアと共に、周りの木箱を探し始める。
その足取りは、何故か楽しげだ。おそらくは、何か新しい物を作る・直すのが好きな練想術士の性が働いていると見える。
そんな彼女に、マリヤッタたちは不審がる。
「構造さえ分かれば直せるものなの? 作り方が困難な可能性もあるんじゃないの?」
「詳しくはいえませんが、彼女が扱える技術が、そういうものだからです。そちらがルメプリア殿を信じたように、こっちもサージェを信じてみてください」
「・・・・・・分かったわ」
シグの言葉に、マリヤッタたちはあえて詳しくは聞かずに、不審がりながらも頷く。
そして、目の前の何かを直すために、設計図を探し始めるのだった。
一斉に向けられた武器の切っ先に、緊張が走る。
密林を抜け、平原から人里へ至ろうとしていた人々の前で、騎士たちと、兵士たちが対峙していた。
「貴様ら、何者だ!」
人里の城壁からやってきただろう馬上の兵士たちの中から、その長とおぼしき中年の男性が進み出てくる。
「一体どこから現われた?! 何をしに来た、答えろ!」
そう声を張って尋ねる様子からは、警戒心とほんの僅かながら敵意が見え隠れしている。
無理もあるまい。
国境かあるいは街の周囲を警戒している兵士たちなのだから、ということもあるが、こうも大量の人々がいきなり街に向かってきたのだから、何か危険な事態を想像するはずである。
緊張感が走る兵士たちの前に、騎士の中からエドワード団長が進み出る。
「我らは、セルピエンテから来た者だ。敵意や害意はないから武器を下ろしてほしい!」
簡略に、エドワード団長はそう説得する。
だが、
「セルピエンテから? 馬鹿をいうな! あそこから来た人間が、いきなりこんな場所に現われるはずがないだろう! 正直に答えなければ、ここで討ち果たすぞ!」
「しょ、正直もなにも、事実を言ったまでだ!」
相手はまともに受け取らず、敵意を強めたため、エドワードは反応に窮する。
そんな様子を見て、エヴィエニスや、ルシラとラートゲルタも進み出てきた。
兵士たちが警戒を強める中、ルシラたちはエドワードと話し合う。
「エドワード。この辺りの国には、おそらくリーグも訪れているはずだ。それについて尋ねて、事情を説明したらどうだ?」
「根気よく、敵意のないことを伝えるしかないです。焦りは禁物ですよ」
ルシラ、続いてエヴィエニスが具申すると、エドワードも多少動揺を落ち着かせた様子で、再び相手の長を見る。
「そちらに尋ねたい! この国に、セルピエンテからリーグ王子の使節団が来ているはずだ! そちらから、あらかたの事情は聞いておらぬか?」
そう尋ねると、相手の兵士たちは少しばかり驚いたようだ。
ざわつく彼らを前に、長は目を細める。
「うむ。確かに、セルピエンテから王子は来訪したと聞いている。が、その内容までは我らには伝わってはいない」
「王子は、そこで申しているはずだ。セルピエンテでは、魔物との戦いで民の避難が必要になったと。そこで、一部民をこの国へ避難させてほしいと。ここの人間は、その民たちだ」
少しずつ、エドワードは事情を説明していく。
「せめて、この者たちの受け入れだけは許可してくれ! 彼らは、命からがらセルピエンテを脱し、あの密林を抜けてやってきたのだ。彼らは疲弊している。せめて、せめて彼らだけの受け入れを許可してくれ」
請願するように、エドワードは言う。
彼としては、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
何せ、もう人々は心身共に疲労が限界に達していて、かつ彼らを養うだけの食糧もなくなっている。
このまま引き下がれば、行き場を失って飢えるものもいるかもしれなかった。
「うむ。そちらの事情は分かった」
エドワードの言葉を理解し、相手は頷く。
分かってくれたか、とエドワードたちは安堵しかける。
「だが、承服しかねる! これだけの人間を、我らの判断で受け入れる事はできぬ!」
その長は、そう言って背後の兵士たちに構えるように指示を出す。
兵士たちは構え直し、緊張感を再び纏う。
「即刻、この場を去れ! でなければ、なで切りにするぞ!」
「なっ・・・・・・そこまで言うか?!」
相手の強硬的な反応に、エドワードは動じた様子で言う。その動揺は、騎士や背後の民たちにも広がる。
これは、決して脅しではない。
兵士たちは本気で、彼らもただ、領土を入ってきた難民を打ち払う心づもりであった。
しかし、そんな相手の態度に、むざむざあっさりと引き下がるわけにもいかなかった。
先に述べたように、人々はすでに限界なのだ。
これ以上の進軍は困難であり、またどこかへ留まる選択肢もなかった。
そのことに悩むエドワード団長だったが、その横を、人影が一つ通り過ぎた。
それに、エドワードたちは驚く。
「姫様?」
「なんだ貴様?! 小娘如きが何故進み出て――」
「私は、セルピエンテの王女、ルシラ・シーヴァルトだ! 兵士諸君、辺境の警備、まことにご苦労である!」
進み出た王女は、脅すように牽制する相手に一切動じることなく、声を張る。
その言葉に、エドワードや兵士たちは驚く。
「このたびは、いきなりこのような場所へ民を引き連れて現われた事は済まなく思っている! だが、状況が状況だ。急ぎここの民たちを引き入れて、休息を取らすことを希望する! でなくば――王女としてここで私は判断する!」
そう言うと、ルシラは後方のラートゲルタを見る。
強い覚悟に満ちた視線を受け、ラートゲルタはその意を敏く汲み取った。
そして、背後の騎士たちに振り向いた。
「全員、戦闘配備につきなさい。ただちに――主命よ」
「は?」
「何度も言わせないでください。主命よ」
「――はっ」
一瞬、言葉に戸惑った騎士たちだが、ラートゲルタが鋭い目で言うと、彼らも意を悟り、同時に覚悟を決めたように展開を開始する。
彼らは、民たちの前に立ち塞がりながら、横に整然と並ぶ。
それは、あたかも民を守りながらも攻める気持ちを全面に出すような姿勢だ。
その動きに、兵士たちは怪訝がる。
「な、なにを・・・・・・」
不審がる辺境警備の兵士たち。
それに対し、ルシラの号令が響く。
「ただちにこの民たちの保護を認めよ! でなければ、お前たちの行動はセルピエンテを敵に回すには充分である! 要請を受け入れないならば、今ここでお前たちを討ち果たすぞ?!」
「な、なにぃ?!」
彼女の発言に、兵士たちは度肝を抜かれたようだ。
そこには、かなりの動揺が見られた。
なにせ、相手の騎士たちは戦闘配備につこうとしているからだ。
脅しに屈するどころか、むしろ脅しにかかってきた相手に、彼らは動じた。
無論、その言葉は本気というわけではない。
これは、あくまで一種の交渉だ。自分たちの戦意と戦力を誇示することで、相手に要求を通そうとする、国家間ではよくよく行なわれる実践的な交渉術であった。
ただ、それでも脅迫であることに変わりない。
一般的な価値で言えば、セルピエンテは大大陸の南方の諸国には強大な軍事力を持っている強国と認知されている。
その国の王女が、ここまで言って要求しているのだ。
理不尽であっても、彼女を敵に回すのは得策ではないと考えるのが普通だった。
勿論、ルシラ自身もそれを分かっている。分かった上での、はったりだった。
相手の兵士たちも、それが分からないわけではない。
「つ、強がりを! 本気で思っているわけではなかろう?!」
「強がりかどうか、試してみるか? それだけの覚悟があるのだな?!」
相手の問いに、ルシラは怒気も露わに尋ねる。
普段の、以前までの彼女では見えなかった気迫である。
事が切迫し、また多くの悲劇を経験したことで決意も強固になったのだろう、今の彼女には、威厳や風格が伴っていた。
少女らしからぬその気迫に、兵士たちは押される。
駆け引きは、一気に片側の優勢に傾きかけていた。
「――――ふふ。はっはっはっはっは!」
両陣営の駆け引きが続く中、不意に哄笑が響き渡る。
その声に、騎士や兵士たちは周りに目を巡らせる。
一体どこから、と言う視線が、辺りをさまよう。
「面白い見世物だ。だが、セルピエンテの王女よ。それは無意味な強がりというものだな」
やがて、哄笑を携えながら、笑い声の主は姿を現せる。
出てきたのは、上空からだ。
空から降りたってきたそいつは、両陣営のちょうど中間気味の横に立つ。
「辺境の兵士どもよ。この民を受け入れる必要はない。なぜなら・・・・・・セルピエンテはもうすでに滅んだのだからな!」
現われてそう告げたのは、鷲の頭を持つ、四つ腕の魔物であった。
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