最後の難題―――――――――――――――――――――――――――――――

56.探索と到達

 エドワード団長に率いられ、人々のほとんどは遺跡を出立していった。

 残ったのは、シグ以外ではマリヤッタとそれを守るマクスブレイズの騎士が数名程度で、本当に必要最低限しか残っていなかった。

 ここを守っておくと言いながらも、ほとんどの騎士はやはり護衛に回った方がいいということで、この遺跡には残らなかったのである。

 人々が去った後、シグは遺跡の周囲の気配を探る。

 ここに残った彼は、警戒を怠ることなく、この場所を守っておくことに集中しようとしていた。


「・・・・・・何か用か?」


 周りを見渡したまま、シグは尋ねる。

 背後から、そっとこちらを窺っている気配があることに、彼は気づいていた。

 ややあってから振り返ると、そこには二つの同じ顔の姉妹・ヘイズ姉妹と、彼女らに背中を押されて前へ出る、見慣れた赤髪の少女、サージェの姿があった。


「あ、えっと・・・・・・シグ・・・・・・」

「なんだ?」


 素っ気なく尋ねると、少し言葉に迷ってから、サージェは両手の拳を握った。


「い、一緒にここの確保と探索を頑張ろ! 皆が、安心して逃げられるように」

「・・・・・・あぁ」


 張り切る彼女に、しかしシグは淡泊に頷くとそっぽを向く。

 その平淡な態度に、サージェは固まった後、そっと肩を落とす。

 そんな彼女の横を通り、髪をカチューシャで飾った方の姉・クラーカがシグへと歩み寄る。

 そして、その脛を蹴りつける。

 思いっきりではないために痛くはなかったものの、蹴られたことでシグは視線をそちらへ向ける。


「なんだ?」

「なんだ、じゃないわよ! サージェがせっかく励ましにきたのに、その素っ気ない態度はないわよ」

「ちょっと、クラーカちゃん!」

「そうだそうだ! もっと好意的に振る舞ってもいいじゃない! 愛想笑いの一つも出来ないの?」

「ぐ、グルトーナちゃんまで・・・・・・」


 姉妹が怒ってシグを攻め出すのを、サージェは慌てて両手で掴んで引き留める。しかし姉妹はサージェの前で、きーっとシグを睨みながら歯を剥いていた。

 その様子に、シグは無言で目を細める。

 そして何やらか言おうとして、口を開きかけた。


「はいはい。そこの皆様がた、喧嘩はその辺に~」


 仲裁の声は、サージェたちの更に背後からきた。

 振り向くと、そこにはルメプリアたちが立っていた。

 声を掛けたのは彼女で、背後では半身の体勢で、マリヤッタたちがこちらを見ていた。

 ルメプリアに続いて、マリヤッタが言う。


「行くわよ。一日しかないのだから、早く探さないと」

「探すって、その、神の遺産って奴ですか?」


 マリヤッタの言葉に、リボンをかけた方の妹・グルトーナが尋ねると、マリヤッタは軽く頭を振る。


「いえ。まず、入り口を見つけましょう」

「入り口?」

「えぇ。神の遺産があるならば、当然それを収めた空間があるはず。そこへの入り口を探すのが先決よ」


 説明すると、マリヤッタたちは踵を返して進んでいく。

 それを見て、シグたちは続いて後を追っていった。





 初めは一緒に探していたシグたちだが、やがて分かれた方が効率がいいとして、手分けして辺りを捜索していた。

 ルメプリア曰く、ここが神の遺産をおいているなら、どこかにそれを保管している場所への入り口があるとのことだった。

 問題は、それがどこにあるかで、建物の中か、あるいは地下かは、ルメプリアも分からないということだった。

 シグは、そんな手がかりがない中で遺跡の建物の中を探す。

 彼はサージェたちと一緒に探しているが、彼は一切無言で話そうともしない。

 そんな彼に、サージェは気まずそうに、ヘイズ姉妹は苛立った様子であったが、ともかく捜索は続いていた。

 なかなか見つからない捜索に、そろそろストレスが募りそうになる、そんな中であった。


「――あっ、ねぇ! これじゃないかな?」


 クラーカが、とある石塔の中で、何かに気づいて声を上げる。

 シグたちが目を向けると、彼女は足下を、塔の床を指していた。

 そこには、一枚の絵が描かれている。


「え? これはただの絵じゃないの?」


 サージェが不思議そうに尋ねると、それを聞いてクラーカがニッと笑って、その床を叩く。

 すると、コンコンと軽い音が響いた。


「ほら、この音。下が空洞になっている時の音に聞こえない?」

「そうかも。ということは、その下が入り口?」

「でも、この床、どうやってどけるの? 見たところ、取ってはなさそうだけど・・・・・・」


 クラーカの言葉に、サージェとグルトーナが続けて言う。

 そんな会話を聞きながら、シグは咄嗟に床から視線を横手の壁に向ける。

 見るとそこは石の壁になっているが、一つだけ不自然に、色が違うところがある。


「ちょっと、そこをどいていろ」

「?」


 不審がる相手が、首を傾げながらも床を離れたのを見て、シグは色違いの石の壁を、押す。

 するとその瞬間、石の絵が少し下降し、横へとスライドしていった。

 呆気にとられる少女たちを尻目に、シグはそちらを観察する。

 スライドした床の下からは、階段らしきものが姿を見せた。


「あ、当たりだ! 早速、向こうの人たち呼んでこないと!」


 そう言って、クラーカは急いで走り出す。

 彼女がマリヤッタたちを呼んで来るのには、少しだけ時間がかかった。





 現われた階段を下り、一同は地下へ進む。

 中は真っ暗なので、当然松明が必要である。

 それを灯して進むと、彼らは地下のスペースにたどり着いた。

 地下はすぐに行き止まりとなっていて、行く手は壁に阻まれている。

 そして、壁には何やら巨大な文字が書かれていた。

 何かを描いた古代の文字、いわゆる象形文字のようだ。


「なんだろう、この壁の文字?」


 壁を見ながら、サージェが首を傾げる。

 何が書いているかは分からないが、しかしここで行き止まりというからには、この文字が何かを示しているのだろう。

 それが何か、を考えていると、サージェの横を、ルメプリアが進み出てくる。


「えっと、何々? 『神をたたえる詩を唱えよ。されば道は開かれん』、か」

「――えっ?! 読めるの?!」


 どうやら文字を読んだ様子のルメプリアの言葉に、サージェたちは驚く。

 すると、その反応にルメプリアは胸を張る。


「だって私、精霊だもん。古代文字ぐらい読めるよ。それより、ちょっと静かにしていて」


 そう言うと、彼女は壁に手を当てた。

 そして、何やらぶつぶつと呟き出す。

 それは、現代語ではない発音で。また言葉の羅列であった。

 聞き慣れない発音に、その場の皆は不審そうにルメプリアを見る。

 しかし、それに関する感想を抱く暇はなかった。

 ルメプリアが何やら唱えた後、すぐさま壁が音を立てたからだ。

 そして、真ん中に隙間が生じ、壁は左右に開いていく。

 音を立てて空間が開かれていくのを、周囲はマクスブレイズの騎士たちやサージェたちは呆気にとられた様子で見つめる。


「さぁ、進もう!」


 道が開いて、ルメプリアが声を浮かせて進み出すのに、シグとマリヤッタが無言で続く。

 それを見て、サージェたちも慌てて後に続いたのだった。





 遺跡から、密林を抜けるのにはさして時間はかからなかった。

 密林から平原に出ると、道もすぐにみつかり、人々はそれに沿って進み出す。

 平原に道があるとなれば、そこは人の往来があるということである。

 つまりは、人里も近邦ある可能性が高い。


「あと少しだ! 皆頑張ろう!」


 人々を励ますように、ルシラが声を上げる。

 その声に、避難する人々の顔にも希望が見え始めた。

 逃避行を開始してからはや十数日である。やっと避難できる人里につきそうだということで、その顔には期待と願望があった。

 そんな人々を見つつ、ルシラはラートゲルタと並び歩く。


「長かった。だが、ようやく人里へ着けそうだ」

「油断は禁物ですよぉ、姫様ぁ」


 緩い口調で、しかし顔を真剣な色を覗かせて、ラートゲルタが言う。


「こういう時こそ、気を引き締めるべきです。あと少しと言うところで、事はよく起こるものですからぁ」

「・・・・・・そうだな。そうかもしれん」


 ラートゲルタの警告に、ルシラは表情を引き締め直す。

 だがその時、人々の間から歓声が上がった。


「見ろ! 街の外壁が見えたぞ!」


 その声に、人々はある一方高を見る、

 視線の先は、平原には自然に生じないはずの、人工の壁がそびえ立っていた。

 一般的に街を覆うために建てられたそれがあるということは、つまりその先には街が、人が居るということである。

 それを悟って、人々は表情に喜色と安堵を浮かべる。

 それは、ルシラとラートゲルタも同様だ。


「ラートゲルタ!」

「えぇ。どうやら、これで――」


 安堵の声を、二人が上げようとしたその時である。

 外壁の方から、こちらに向かって進んでくる人影があった。

 それは、数えられるだけの数ではない。

 かなりの数で、軽く土煙をあげながら、こちらへと走ってくる。

 馬にまたがっているその影を注視すると、それはどうやら兵士のようで、皆が鉄の甲冑のような物で武装しているようだった。

 それを見て、ルシラたちはそれが、国境の警備兵だと咄嗟に類推する。

 その姿に、人々は足を止め、同時に、騎士たちが前へ進み出てくる。

 そして、ルシラたちの顔色が強ばり始めた。


「・・・・・・ラートゲルタ。何故だろう、胸騒ぎがする」

「えぇ、私も同じ思いですぅ」


 うなずき合い、ルシラ立ちも人々の前へ進み出る。

 やがて、避難民の前にセルピエンテの騎士たちが並び、向こうからやってくる兵士たちを迎える。

 そして――

 向こうからやって来た兵士たちは、こちらに対して横並びで陣取ると、一斉に武器を向けてきたのだった。

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