54.少女たちの留守要求

 朝になり、少しずつ眠っていた人々は目を覚まし始めている。

 軽く睡眠を取ったシグもまた目を覚まし、遺跡の周囲の様子を警戒した後、出立のために団長の元へ向かおうとしていた。

 その中で、ある。声がかかった。


「やっほーシグ。元気?」


 上からかかった声に、シグは顔を上げる。

 顔をあげると、そこでは石の建物の上に座る、ルメプリアの姿があった。

 その姿に、シグは一瞬で表情に仮面の笑みを浮かべる。


「おはようございます。ですが、ひとまずそこから下りましょうか?」

「えー。まぁいいけど、その前に一つお願い聞いてくれない?」

「下りてからききます。あと、その状態で足を動かしていると・・・・・・見えますよ、はしたない」


 シグが指摘すると、ルメプリアはむぅっと頬を膨らましながらも、仕方なしにそこから飛び降りる。

 高さはあったが、相変わらず人間離れした身軽な身のこなしで、華麗に地面へ着地した。


「もう。実は見えていて眼福だったくせにぃ~」

「・・・・・・はいはい。用があるなら早く言ってください」

「む、なんか扱いが雑になってきたわね。まぁ、なら言うけど・・・・・・」


 そう言うと、ルメプリアはシグに歩み寄ってくる。

 そして、上目遣いで甘えてくる。


「ねぇシグ~。私、もう少しこの遺跡にいたいの~。もう少しだけ、ここに留まっていていい~?」

「駄目ですね。今日は皆でここを出立する予定なので。残るならば、貴女お一人ということになります」


 ぴしゃりと、シグは笑みを浮かべたまま言う。

 その言葉に、ルメプリアはもう一度むぅっとする。


「なんでそうもあっさりと言うのよ。一応、残りたい理由もあるんだけど」

「理由?」

「うん。ちょっと、昔話をしようか」


 そう断りを入れて、ルメプリアは少し笑みを引っ込めた。

 まだ柔らかいが、どこか真面目な表情である。


「多くの人々は忘れている・・・・・・この世界は昔、神によって統治さえていた時代があったことを。神は、それはそれは聡明で博識で、様々なものを作り出して、慕って従っていた人々に分け与えてきたわ。様々な生活の利器から道具や知識、学問や思想にいたるまで、今の時代にも通じる、いえ、今の時代よりも遥かに優れたものまで与えたわ」


 そう言うと、ルメプリアは少し哀しげな顔をする。


「だけど、その多くは当時、人間には扱うには早すぎたの。おかげで、多くの利器は人々を堕落させ、また争いを促す結果となってしまった。初めは神も、それを自分たちの手で治めていたのだけど、やがて魔族との戦いで数が減ったために、治政はおろか絶滅の危機に瀕した。そこで彼らは、自分たちがいなくなった後に人々が危険な争いを起こさないようにと、様々なそれら道具を封印したの。それ相応の、封印の建物を残して、ね。それは、俗に神の遺産と呼ばれるわ」

「・・・・・・ほう。つまり、貴女が言いたいことは――」


 ルメプリアの話を聞き、シグは周りを見渡す。

 彼女の語らんとしていたことを、先に読んだ。


「ここが、その封印の建物だと、そう言いたいのですか」

「そういうこと。こういう建物の中に、昔の神は、一部の聡明な人間の賢者とともに封印を施したの。だから、ここにも何か、神の時代の何かが眠っている。ひょっとしたらだけど――これからの魔物たちの戦いにおける、反撃の役に立つ何かが眠っている可能性もあるわ」


 理解の早いシグに、ルメプリアは嬉々として言う。

 ただ、それに対してシグは淡々としていた。

 興味深い話ではあったが、しかし、


「世迷い言、信じがたい話ですね。一体何を根拠に、そんな話を言っているんです?」

「それは、私の記憶によってだけど。言ったでしょ、私は精霊よ?」

「精霊とか、神の治世だとか、それ自体が眉唾なんですが・・・・・・」

「人間って薄情ね。昔はすごく神を慕っていたのに。まぁ、忘れるように仕向けたのも神だったから仕方ないのだけど」

「左様ですか。では、話は聞きましたので、俺はこれで」 


 そう言うと、シグはこの場を去ろうとする。

 少女の嘘のような話を聞いたし、もう時間を無駄には出来ないと踏んだのである。

 だが、


「悔しくないの?」


 それを、ルメプリアは呼び止める。


「祖国をめちゃくちゃにされて、愛すべき人たちをたくさん殺されて。そんなことをした魔族たちに、一矢報いたいと思う気持ちが少しもないの?」

「・・・・・・ありますが。それとこれとは――」

「もしかしたら、あれだけ圧倒的だった魔物たちをなんとか出来るものが見つかるかもしれないのに。その僅かな可能性すら、自ら摘むの?」


 畳みかけるように言ってくるルメプリアに、流石のシグも黙る。

 所詮は少女の妄言、そう切り捨てる事は容易だ。

 だがしかし、この少女が何もかも嘘を言っているように、不思議と思えない。

 実際に何度か話してみて、この少女にはそれなりに話の内容に真実がある。


「神の遺産があれば、魔族にも対抗できる。藁にもすがれとは言わないけれど、少しは可能性に懸けるという手もあるのよ?」

「・・・・・・貴女の話が事実だという根拠はない、としても?」

「まだ信じてくれないのね。じゃあ――」


 頑なに拒否するシグに、ルメプリアは更に何かを言おうとした。

 そんな時である。


「ふっふっふ・・・・・・話は聞かせてもらいましたよ」


 そんな声が、近くにあった建物の影から聞こえてきた。

 二人が振り向くと、そこからは小柄な二つの人影が、さっと飛び出してくる。

 見覚えのある、そっくりな顔立ちの二人の少女だ。


「何やら二人で話し合っていると思いましたが、こんな面白い・・・・・・もとい興味深い話をしているとは、驚きですね、グルトーナさん」

「そうね、クラーカさん。何やら重大な話のようだから耳を立てていたけど・・・・・・そんな大事な話をしているのは意外だったわ」

「何しているんだ、お前たちは?」


 含み笑いをしながら語り合う姉妹に、シグは呆れた顔で視線を向ける。

 隠れていた建物から姿を見せたのは、練想術士の卵のヘイズ姉妹であった。

 シグに尋ねられ、クラーカは後頭部に手をやる。


「いやぁ。シグがここ最近、何か余裕がない様子だったからさ。避難してきた練想術士の生徒代表として、私たちが励ましにきたのよ」

「そしたら、何かそこの餓鬼んちょと何やら話し合っていたからさ、話を聞いてたの。で、神の遺産とかいう、いかにもロマンのある話をしていたわけですよ」

「餓鬼んちょとは失敬ね」


 説明する二人に、呼称が不満だったのかルメプリアはむっとする。

 が、姉妹はそれを気にも留めない。


「ねぇ、その神の遺産とかどういうのなの? 具体的には?」

「ん、そうね・・・・・・兵器ともなれば、どれもが一つあれば、数百体の魔物を一掃できるだけの強力なものよ」

「えっ、なにそれすごい。引く!」


 ルメプリアの説明に対し、姉妹は目を輝き始める。

 そういう根も葉もない話や噂、あるいは伝承が好きな年頃なのだろう。

 そんな話に、シグは呆れながら、この場をそそくさと去ろうとする。


「ねぇシグ! その道具、探してみようよ!」

「は?」


 思わず、シグは足を止めて振り向いた。

 胡乱げな顔をする彼に、少女たちは言う。


「物の試しに、さ。確かに、ここの遺跡には何かが眠ってそうな予感がするし!」

「そうね。こんな密林の中にある建造物・・・・・・何かがある気がするわ!」

「お、良いこと言うわね。シグと違って、理解力あるじゃない、貴女たち」


 そう言って、少女たちはわいわいはしゃぎ出す。

 その言葉に、シグは内心辟易とした気分になる。

 少女だからしようがないのだが、自分よりも僅かに年下のくせに、このような話を真に受けるのは些か頭が痛いことであった。

 仕方なく、シグは言う。


「そんなに残りたいなら止めはしないがな。だが、それは許可を取ってからだ。そうだな、試しにエヴィエニス殿あたりに言ってこい。きっと怒られて終わるから」

「そうね。私たちが頼んだら、エヴィエニスさんも反対して終わるわね」

「そうね。怒られて終わるわね。私たちが言ったら」


 顔を合わせて頷き合い、それから二人はシグを見る。

 その視線が意味するところで、猛烈に嫌な予感がした。 

 シグは踵を返して逃げ出した!

 しかし、その腕を二人に捕まれてしまった!


「お願いシグ! 私たちと一緒にエヴィエニスさんを説得して!」

「馬鹿を言うな」

「大丈夫、シグなら出来る! シグならエヴィエニスさんの氷のハートも氷解できるから! というかやって!」

「無茶言うな」

「おやおや。シグったらモテモテね。精霊の私も、ちょっと妬けるなぁ」


 ヘイズ姉妹の無茶な要求に拒否を示すシグに、ルメプリアが楽しそうに言う。

 それを、シグが仮面の表情の隙間からギロッと眼光を覗かせたが、ルメプリアがそれに動じる事は些かもなかった。

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