53.夜闇に仮面を取り置いて

 遺跡に着いた人々は、そのまま今日はここで休むことにした。

 日が落ち、夜になると、辺りの安定した足場の場所で松明をたきながら、人々は就寝する。

 そんな中で、しかし眠りに就かずに周囲を警戒している者もいる。

 騎士たちである。

 彼らは交代で、もしくは自主的に、周りを遺跡の外壁付近に陣取りながら、遺跡に魔物が入り込んではこないか警戒していた。

 その中に、シグの姿もある。

 彼は一人で、夜中の遺跡の外部を警戒していた。

 そんな彼の元へ、背後から人影が二つ、やってくる。


「なんだシグ。お前、まだ休んでなかったのか」


 驚いたような声に、シグが半身振り向く。

 立っていたのは、ルシラとラートゲルタだった。

 彼女らの出現に、シグはすぐに薄い笑みを浮かべる。


「なかなか、眠くならないので。そういう姫様たちこそ、お休みになられないのですか?」

「あぁ。私も、ラートゲルタも寝られないのでな。自主的な見回りだ」


 頷き、二人はシグの横に立つ。

 そのまましばらく無言であったが、少し迷ってから、ルシラが口を開く。


「少し、話をしていいか?」

「えぇ。どうぞ」

「お前は、王都に残った者たちはどうなったと思う?」


 いきなり振られた重い話題に、シグは口を噤む。

 が、ややあってから彼は口を開いた。


「断定はできません。推測の域でしかありません。ですが、我らが避難する際、また出国の際に各所から魔物は出てきた。このことを踏まえると、王都にも相当数の魔物が出て、襲撃をかけたとみるのが妥当でしょう」

「・・・・・・やはり、そう思うか」

「えぇ。王都の兵力を考えた場合、それだけならば耐えられるかもしれない。ただ、王都は北からの軍勢とも対峙していた。それもが一気に押し寄せたのならば・・・・・・」


 そこまで言って、シグは口を噤む。

 後は、口に出さずとも何を言いたいかは分かる。

 その証拠に、ルシラやシグの顔つきは厳しい。


「不幸中の幸いは、リーグ王子たちが先に出航していたことでしょう。おそらく王子や護衛の騎士たちは、魔物が襲撃を図るより先に、大大陸に辿りついている。魔物の襲撃に遭っていなければ、まず無事でしょう」

「ならば、よいのだが・・・・・・」

「というか、そうでなければ困ります。我らが東へ思い切って向かっているのは、おそらくリーグ王子たちが、先に大大陸の国々へ、民の避難の約定を取り付けたことを前提にしていますからね。もしそれが出来ていなかった場合、我々は彼らの国へ入る事すらできません」


 冷静にシグがそう分析すると、ルシラは細長い息をついた。

 シグが眉根を寄せる。


「どうしました?」

「いや・・・・・・。そのようなことまで、私は今まで気を割いて動いていなかったことを痛感してな。お前といい、ラートゲルタといい、考えていないようなことも考えた上で動いているのだな」

「姫様~。私はともかく、シグくんには失礼ですよぉ?」


 ルシラの発言に、ラートゲルタが苦笑いを浮かべる。

 たまらず、シグも微苦笑した。


「別に気にしていないのでお気になさらず。考えなしにみえるのは、実際そうですからね」

「そんなことはないと思うが・・・・・・。まぁいい。しかし、だ」

「?」

「私は、無力だな・・・・・・」


 首を傾げるシグに、ルシラは自嘲の微笑を浮かべながら言った。


「結局私は、何も出来ていない。皆に頼ってばかりだ。母上のような騎士にはほど遠い。あの方は、王妃でありながら皆を守る偉大な騎士だった。運悪く病で早世されたが、あの背中には私も憧れた。だから、騎士になろうと思ったのだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「だが、結果はどうだ。私は多くの者に助けられ、多くの者を見殺しにしてしまった。この体たらくは、恥ずべきという度合いを超えている。滑稽ともいってよいだろう・・・・・・」

「では、騎士であることをやめますか? 責任をとって、騎士から違う道にお進みになられますか?」


 シグは前を向き、振り返るルシラには視線も向けぬまま、言う。


「そういうことではない、でしょう? 幸いにも、貴女はまだ生きている。生きている限り、挽回の機会もあるし、汚名をそそぐ時間もある。ならば、自分の無力さに嘆いているのではなく、今できることに全力を注ぎましょう。騎士には、そう言った強さも求められるものです」

「そうねぇ。シグくん、良いこと言うわねぇ」


 笑顔で褒めながら手を合わせるラートゲルタに、シグはなんともいえないような苦笑を浮かべた。


「受け売りですよ。俺が考えて出した結論ではないです。が、おかげで俺も、なんとか理性を働かせていられる。今日は少し危なかったですけどね」

「そうか・・・・・・。礼を言うぞ、シグ。ありがとう」


 シグに対し、ルシラは微笑みながら感謝する。


「まさかお前の言葉に勇気づけられる日が来るとは思わなかった。だが、おかげで私も立ち上がって前を向けそうだ」

「それは、何よりです」

「あぁ。だからお前も・・・・・・」


 何か言いかけたルシラは、しかしそこで口を噤む。

 それに、シグが不審そうに振り向いた。


「どうしました?」

「あぁいや。また、余計な一言を言いそうになったと思ってな。忘れてくれ」

「?」

「ど、どうも私は、考えなしにいろいろ言ってしまう悪癖があるようだ。最近、それが多かった気がしてな。少しでも良いから、言葉を選ぶようにしているんだ」


 その言葉を聞き、シグは思わずと言った様子で吹き出す。

 それを、ルシラはじろっとみる。


「・・・・・・なんだ?」

「いえ。姫様もようやく自重することを覚えたのですね。感激です」

「き、貴様・・・・・・!」

「まぁまぁ姫様。落ち着きましょ~」


 思わず、感情的に詰め寄ろうとするルシラを、ラートゲルタが止める。

 それをルシラは受け、口惜しげに耐える。


「ぐっ・・・・・・覚えておけよ、シグ。この屈辱はいずれ返す」

「はいはい。多分忘れるでしょうが、善処しておきます」


 シグが適当に返すと、ルシラはなおも不満そうだったが、用件は済んだといった様子で踵を返す。そしてそのまま、この場を去る。

 それを見て、続こうとしたラートゲルタ足を止める


「シグくん」

「はい、なんでしょう?」

「ありがとうね。自分も辛い中で、それでもいつもどおりを装って、姫様を励ましてくれて」


 ラートゲルタの何気ない言葉に、シグは唇を引き結ぶ。


「皆はあまり知らないけど、私は君が本当はとても優しいのを知っているから。それが原因で、無理しちゃうのもよく分かっている。だけど、それを承知でいうけれど、これ以上無理はしちゃ駄目よ? 君は、今後も王国に必要で、多くの人間を支えている大事な柱なのだから」

「・・・・・・そんなたいそうな人間じゃないですよ、俺は。俺よりも、ラートゲルタさんみたいな人のことを、本当の意味で必要と言われると思いますよ?」

「あらぁ。嬉しいこと言ってくれるわねぇ。お姉さん、感激」


 頬に手をやりながら、ラートゲルタははにかむ。

 年上の女騎士の妖艶な身動きに、シグはなんともいえない苦笑を浮かべるしかない。

 そんな彼を見てから、ラートゲルタは半歩引く。


「ともかく、無理はしないでね。絶対よ?」

「・・・・・・えぇ、気をつけます」


 頷くシグを見て、ラートゲルタもそこでようやく安心した様子で去っていく。

 彼女たちが完全に去るのを見送り、シグは顔をうつむかせる。

 そして、思い出す。

 ラートゲルタが何気なく口にしたような心配を、同じような警告をしてくれた、親しい者たちのことを。


「父さん・・・・・・。母さん・・・・・・」


 そう呟くと、彼の瞳からは、人知れず幾筋もの雫がこぼれ落ちるのだった。

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