51.亜人たちの道案内
亜人集団の長に、エヴィエニスは説明する。
彼女たちは西にある大陸、セルピエンテで避難中に魔物たちから襲撃を受け、国外退去を余儀なくされたために、海を渡ってやって来たことを告げる。
それを聞いて、犬の亜人は顎を引く。
「なるほど、事情は分かった。おい、お前ら武器を下げろ」
そう言って、その亜人は背後の亜人たちに命じた。
その言葉に、彼ら亜人たちは少し逡巡する。
「いいんですか? こいつらの言うことを信じて・・・・・・」
「あぁ。嘘や法螺を吹いているのなら、それが分かった時に殺せば良い」
不安げな様子の亜人に対し、その亜人はさらりと恐ろしいことを口にする。
その言葉に騎士たちは構えるが、彼は気にすることなく、その向こうを指さす。
「だが、よく見てみろ。この者たちが従えているのはほとんど女子供、それに老人だ。我らを襲うことためだけに、明らかに非戦闘員の人間を連れてくるとは思えない。彼らが言っているのは、事実なのだろう」
「そう、ですね・・・・・・。分かりました」
長の指摘を聞き、亜人たちは武器を下げる。
それを見て、その亜人は満足した様子で頷くと、エヴィエニスの方を見た。
「重ね重ね、部下たちが済まないことをした。許せ」
「いえ、お気遣いなく。それより、我らはここから人間たちの居る場所へ抜けたいのですが、このまま東に向かえばよろしいのでしょうか?」
エヴィエニスが尋ねると、亜人の長は少しの間考える。
「うむ。確かに東に向かえば抜けられるが、真っ直ぐ向かう事は許可しない。そちらには、我らウォルフ一族の里があるからな。流石にこの人数を、里へ近づけることは許せないな」
「そうですか。もっともな意見です」
「それに、東へ真っ直ぐ向かうより、少し南へ下ってから向かう方が確実だ。そこからなら、人里に抜ける道も見つけやすい。それに、多少休める場所もあるからな」
「休める場所?」
相手の言葉にそう聞き返したのはシグだ。
亜人の長はまたも頷く。
そしてそれから、提案を口にしてきた。
「道が分からないだろうから、案内しよう。着いてきてくれるな?」
「えぇ。こちらには、それに対する拒否をする権利はないですから」
「ふっ。なかなか面白い言い回しをする」
エヴィエニスの言葉に、亜人の長は楽しげに笑う。
そして、道案内を快く受けて入れてくれた。
やがて、彼らの案内の元、人々は密林の中に道を発見した。
どうもそこは、亜人たちが使っている道らしく、今回だけ特別に通ることを許可された。
そこを進みながら、亜人の長にエヴィエニスは話しかける。
「えっと。そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私はエヴィエニスと言います。こちらは騎士のシグ。それから、向こうにいる恰幅のいい男性が、この集団を率いているエドワード殿です」
「なるほど。私は名をアダルフという。ウォルフ一族を率いている」
自分たちの紹介するエヴィエニスに、亜人・アダルフも言葉を返す。
現在、亜人たちは騎士たちと、周囲の警戒体勢に当たっている。
亜人の姿に初め人々は驚いていたが、亜人たちは大して気にすることなく、人々や騎士と距離を取りながらであるが、護衛を行なってくれていた。
「ウォルフ一族、と言う名は、ここの亜人部族の名前ですか?」
「左様だ。この密林を縄張りに暮らしている。誇り高い戦士の一族だ」
「なるほど。そういえば、私たちを『襲いに来た』と言っていましたが、あれは、実際に襲いに来る人間がいるということでしょうか?」
「いいや。あれは単なる警戒から出た言葉だ。だが、この広い密林の一部には、亜人攫いの被害に遭う他の亜人の一族も居ると聞いている。仲間も、それを警戒したのだろう」
「亜人攫い?」
アダルフの口にした単語に、エヴィエニスの近くまでやって来ていたサージェが怪訝な様子で尋ねる。
彼女らの周りには、他にシグや練想術士たちの仲間の姿もあったが、答えたのはシグだった。
「言葉どおり、亜人を攫うと言う意味だろう。おそらく、大大陸にいるという奴隷狩りの、亜人版だ」
「えっ! そんな人がいるの? なんで?!」
「亜人は人より珍しい。ゆえに、それを奴隷として家畜のように飼う憎き者たちがいるのだ。何が楽しいかは知らんが、そうやって愉悦に浸る者がいるのだ」
言いながら、アダルフは威嚇するように牙を剥く。
珍しく怒りを見せる彼に、少し怯えながら、サージェは顔を青ざめさせる。
「そんな人が、いるんだ・・・・・・」
「セルピエンテにはいないけどな。大大陸の貴族には、そういう浅ましい輩がいるらしい。人、亜人、魔物――とにかくいろんな種類を集める、狂った人間がな」
サージェにそう説明すると、シグはそこから気を利かした様子で、アダルフに頭を下げる。
「同族として、恥ずべき行為だと思っています。ただ、この集団にそのような者はいないことだけは、ご理解ください」
「あぁ、分かっている。我らも、別に人間すべてがそうだとは思っていない。中には、人間がすべてそれを肯定している醜い種族だと思っている亜人の一族もいるがな」
軽く呆れた様子で笑いながら、アダルフは答える。
シグの謝罪を、勤勉だと受け取ったのだろう。
彼を知る者ならば、その笑みが仮面の笑みである事に気づいたが、それを知らない亜人たちは素直に受け取った様子だった。
アダルフは、なおもシグに好意的に言葉を続けた。
「そもそも、我ら一族がこの密林に暮らしているのは、延いては人間のためという伝承すらあるほどだからな」
「? どういう意味ですか?」
「あぁ。疑わしい伝承ではあるが――」
「皆さん、警戒してください。魔物がまた現われました」
話していた二人に、エヴィエニスが警句を発する。
その言葉に従い、皆は視線を南へ向けた。
するとその方向の高所から、魔物の姿が確認出来た。
まだ遠くであるが、その姿を見て、シグたちは武器を抜こうとする。
それを、アダルフが制する。
「待て、落ち着け。我らが戦士を向かわせよう。そうすれば、キラーパンサーたちも戦わずに逃げるはずだ」
そう言うと、亜人たちの一団がそちらに向かって動き出していく。
そして、そこから見えてきた光景に、騎士たちや練想術士たちは驚く。
「本当ですね。遠ざかっていきます」
「あぁ。ここらでは、我らの力を魔物たちも畏怖し、よほど立ち向かってこないからな。ところでお主、何故魔物の気配が分かるのだ?」
「・・・・・・魔術、のようなものです。探知の」
「なるほど。そういうことか」
エヴィエニスの説明に、アダルフは素直に納得した。
流石に、練想術の応用であることや、そもそも練想術とはということを説明するわけにはいかないので、ごまかす。
そんなことにも気づかず、アダルフは前を見る。
「――見えてきたな。あれだ」
指さす相手に従い、皆は前へ視線を向ける。
そこには、木々よりも高い岩の建造物が、姿を見せ始めていた。
「あれは?」
「この近くにある遺跡だ。あそこで少し休むといい。そこから東へ行けば、人里に一両日中でつけるはずだ」
「・・・・・・遺跡、というのは?」
不審げにシグが尋ねると、アダルフは少し表情をしかめる。
「我らもよくは知らん。里の伝承では、人間の一族か、あるいは神が遺した集落の後と伝わるだけだ」
そう説明するアダルフに、人々は様々な疑念を思い巡らす。
が、ひとまずはその遺跡とやらに向かうことを優先するのだった。
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