50.犬との遭遇

「――何者だ。お前たちは?」


 矢をつがえたまま、人型の犬たちはシグたちに近づいてくる。

 筋骨隆々とした逞しい身体に剛毛を生やし、いかにも逞しい獣の戦士の風体をしている。

 そんな者たちに、シグは不審を露わにした。

 それは、その外見から果たして人間と呼べるか疑わしい。


「別の魔物か?」

「いいえ。あれは、おそらく亜人の者たちです」

「亜人?」


 エヴィエニスの言葉に、シグは怪訝な顔つきで唱え返す。

 エヴィエニスは、頷く。


「大大陸には、人間のような身体をしながら、動物や魔物に似た姿を取る人種がいます。それを亜人というのです。あの方々もそれです」

「・・・・・・敵か、味方か?」

「どうでしょう。魔物を追い払ってはくれましたが、見たところ友好的ではなさそうです」


 相手の正体を知ると、ひとまずシグたちは相手の立場を図ろうとする。

 背後では、シグたちを追ってきた騎士や練想術士たちも犬の亜人の戦士たちに気づいた様子で、その姿に驚きと警戒を露わにする。

 一方で亜人の戦士たちも、シグたちに警戒と戦意を見せる。


「何だ貴様らは! 何故こんなところに、こんな大量の人間がいる?! どこから来た?! 何が目的だ?!」


 猛る相手は、武器を向けたまま尋ねてくる。

 その疑問は、少し考えれば当然の問いだ。

 森の中ではあるが、いきなり他国から数千人にも及ぶ人間が流れてきたのだ。その姿をみて、警戒を見せるのは当たり前だった。

 もしかしたら、ここは彼らの縄張りなのかも知れないと考えながら、騎士たちはやりとりをする。


「どうする? 団長が来るのを待つか?」

「いや・・・・・・相手はそんな猶予を与えてくれそうにないぞ」

「――私が対応と交渉をします。下がっていてください」


 迷う騎士たちに、そう言って、エヴィエニスが前へ出る。

 この場でもっとも冷静に、かつ理知的に話を進められるのは彼女である。獰猛な相手に胆力を発揮して、多少は話も通じるかもしれなかった。

 彼女の言葉に、周囲も一任したのか、頷いて従う。

 ただ、その中で一人、シグだけが進み出て、彼女の側につく。

 それを見て、エヴィエニスは不審な顔をする。


「どうしました?」

「守る人間が必要だろう。あの野蛮そうな奴らから」

「・・・・・・野蛮かどうかは、先入観です。勝手に動かないでくださいよ」


 護衛に進み出た事自体は咎めず、エヴィエニスは彼と共に相手の前へ進み出る。

 二人は武器をしまい、しかしシグはいつでもそれを抜けるように気を払いながら、相手の集団に近づく。

 亜人たちは、近づいてきた彼女たちに警戒する。


「何者だ、貴様ら?! 我ら一族を襲いに来たか?! 早く答えろ!」

「貴方がたに危害を加える気はありません。武器を下げて、話を聞いてくれませんか?」


 矢を向けたままの相手に、エヴィエニスは大して動じることなく、口を開いた。


「私たちは、セルピエンテから逃げてきた者です。訳あって、この密林から東の人里へ出ようと思っています。貴方がたには何もする気はないので、道をお開けください」

「敵意はない、と言いたいのか?」


 聞かれると、エヴィエニスは頷く。


「ならば、それの証明をしろ。お前たちが持っている、武器をすべて捨てろ。そしてそれを、全部我らに引き渡せ!」


 亜人は猛々しく、そして威圧を伴って要求を口にする。

 いきなり、かなり大きな要求をされ、エヴィエニスは戸惑う。


「シグ。出来ますか?」

「出来ないな。この密林の中で、いつ、魔物がまた来るか分からない状況で、一時道を開けて貰うためだけに、武器を捨てるのは危険すぎる」


 厳しい声で、シグは言う。

 言いながら、相手の反応を見て、向こうの反応も窺う。

 すると、相手はそれみたことかと言った様子で吠える。


「ならば道は開けられない! 即刻、お前たちはこの場を去れ! でなければ、貴様らを全員、この場で射殺すぞ!」


 そう言って、亜人たちはシグたちに対して脅しをかける。

 それは、決して冗談の類ではない。

 目には敵意と殺意が籠もっていて、それは今にも行動に伴いそうであった。

 それを見て、エヴィエニスを守るべくシグは前へ出ようとするが、エヴィエニス本人はそれを手で制す。


「お待ちください! もう少し事情を話させてください! 私たちは――」

「黙れ!」


 直後、手前にいた一人がエヴィエニスに向けて矢を発射した。

 シグはいきなり彼女を抱き倒したため、矢は空を切って後方の木へ突き刺さるが、その行為に対して、背後の騎士たちは色めく。

 同時に、シグは顔色に怒気を浮かべる。


「貴様ら・・・・・・ッ!」

「今のは警告だ! もしこのまま退かなければ――」

「何が警告だ! 貴様ら、よくも――」

「シグ! 抑えなさい!」


 エヴィエニスを撃ち殺そうとした相手に、殺気を纏うシグを止めたのは、他ならぬエヴィエニスであった。


「相手が警戒するのは当然です! 貴方だって、いきなり見も知らぬ人々が国境を越えてやって来たら最大限の警告はするでしょう! 今はともかく抑えて!」

「だが!」


 相手を見たまま、今にも飛び出そうとしたシグだが、なんとかエヴィエニスの言葉に最大限の理性を働かせて留まる。

 奥歯を食いしばりながら、シグは相手を睨み据える。

 怒気に満ちたその眼光に、相手も最大限の警戒を浮かべていた。

 もはや、衝突は時間の問題かにみえる。

 が、


「――お前たち、武器を下げろ」


 そこに、ひときわ重厚な声が響く。

 亜人たちは、一斉にそちらへ目を向ける。

 そして、居住まいを正した。

 現われたのは、同じ亜人でありながら、明らかに大きめな身体をした、巨大な犬の亜人であった。


「あ、お頭。見てください、こいつら――」

「その前に武器を下げろ。いきなり射るとは何事だ」


 何やら報告をしようとした亜人に、彼は落ち着きながらも迫力の伴った声で言う。

 そして、シグに手を取られて立ち上がるエヴィエニスに、頭を下げる。


「私はこの者たちの長だ。部下がすまない真似をした。だが、その前に話を聞かせてくれ。何故、こんなにも大量の人々を引き連れている。事情を聞かせてくれまいか」


 知性が高そうなその声に、エヴィエニスは少しだけ胸を撫で下ろした様子で、頷く。


「はい。先は、魔物を追い払う手助けをしてくださりありがとうございます」

「構わん。今は、事情を聞くのが先決だ」


 エヴィエニスの言葉に、亜人の長は頷く。

 そんな彼へ、エヴィエニスは事情を話し始めた。

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