血路に逝く者たち――――――――――――――――――――――――――――

45.散華

「殺せぇ! 皆殺しだぁ!」


 四腕の魔王の命令で、魔物たちは特攻を仕掛けてくる。

 これに対し、シグとロミアはその勢いを受けてたつように剣を振るいつつ、敵の足が止まるタイミングを見る。

 そのうちに、彼らの横や背後から迫ろうとする魔物たちを、半ば切り込みながらエヴィエニスが切り払っていく。

 後方にスコットとヘスベルンの二人を従えた彼女は、深追いはしないがシグたちの退路を開こうとする。

 時間はかかるが、それでも三人は魔物の群れとの戦いを繰り広げる。


(っ! なかなか敵の勢いが落ちませんね)


 心中でそう呟いたのは、エヴィエニスだ。

 半ば囲まれたシグとロミアを逃がすための退路を開功とする彼女だが、敵はなかなか包囲を崩してくれない。

 崩れかかると、今度はエヴィエニスたちごと包囲するように動き、それを避けて後退すると、また開けかけた包囲の穴を埋められてしまう。


(あの魔物、怒っているわりには冷静ですね)


 敵の魔王の事を意識しながら、エヴィエニスは槍を振るう。

 一方、シグとロミアは畳みかけてくるゴブリンやワーウルフに休まなく刃を振るう。

 互いに入れ替わりながら、シグとロミアは迫る敵を倒す。

 そんな中で、シグが徐々にであるが、表情を強ばらせていくのを、ロミアは見逃していなかった。


(怪我・・・・・・の具合は分からぬが、ここまで戦うとはな。案外浅いのか、それとも精神力が強靱に成長したとみるべきか)


 敵に弱みもみせずに戦い続ける彼に、ロミアは思う。


(あいつに似たのなら、後者だろうな。あぁ見えて、やる時はやる男だったな、あいつも)


 そう、自分が唯一恋した男とシグを重ね、だからこそ思う。


(こいつだけは、死なせん!)


 そう思い、ロミアは進み出る。先ほどから一定までしか進まなかった彼女は、そこで一気に進み出る。

 これに、ぎょっとしたのはシグと敵の魔物たちだ。

 今まで受けて流すだけだった彼女が攻めだしたことに、意表を突かれる。

 その動揺が、包囲に影響を与える。


「ここじゃ、エヴィエニス!!」

「! えぇ!」


 ヘスベルンの声に呼応し、エヴィエニスも仕掛ける。

 彼女は飛ぶ刃を一旦穂先に戻すと、袖の奥から収納していたものを取り出す。

 それは、錬術硝石と呼ばれる、練想術と魔術の融合によって生まれた、術具であった。

 それを、エヴィエニスは敵の方へ投擲する。

 宙を舞うそれに、敵が怪訝な目を向けた瞬間、エヴィエニスは穂先の刃を飛ばし、硝石たちを断ち切った。

 直後、内包されていた魔力の奔流が噴出し、雷撃となって辺りに飛び散る。

 見たこともない攻撃と現象に、魔物たちは驚き、そして雷撃に巻き込まれて倒れていった。

 これによって、魔物の包囲が崩れる。


「シグ! ロミア団長! 今です!」


 その声に、シグとロミアはすぐに反応した。

 彼らはエヴィエニスが生み出した隙を見ると、互いに攻勢を止め、地面を蹴る。

 そして、包囲の間隙――その一瞬の隙をつき、突破を図った。

 それに、魔物たちでは追いつけない。

 だが、一体だけ、例外がいた。

 四つ腕の魔王だ。

 奴は、ロミアとエヴィエニスの連携を見るや、地面を蹴っていた。

 そして、後退を図るロミアの軌道上に回り込んでいた。

 それに、シグたちは気づくのが遅れる。

 突然の四本の腕の乱撃が、ロミアを襲う。

 これを防ごうと剣を掲げたロミアだが、全ての刃を防いでもその衝撃は抑えきれない。思わず吹き飛ばされ、進行方向とは逆に転がっていく。


「――ッ! 団長!」


 後退しようとしていたシグは、足を止める。

 彼は、すぐさま包囲の突破から引き返し、ロミアを助けに戻ろうとした。

 だがその瞬間、魔物の包囲が変形する。

 自分たちを囲んでいた魔物たちは、魔王が一本の剣を丸く振るうと、シグの横手から眼前に立ち塞がった。

 これによって、シグは包囲を抜け、ロミアは包囲に残される。

 そんな状況にシグやエヴィエニスたちが息を呑む中、魔王は言う。


「まずは貴様だ、騎士団長とやら。せいぜい足掻いてもがき苦しめ」


 言った瞬間、魔物たちは八方から、一斉にロミアに襲いかかる。まだ立ち上がり切れてなかったロミアは、すぐに状況を悟って前方へ駆けながら転がる。

 そうすることで、強襲の包囲から逃れようとする。

 が、その逃げた先に、またも魔王は周り込んでいた。

 シグは、魔物たちに切り込みかけて、目を見開く。

 血飛沫と共に、片腕が跳ね飛ぶ。

 魔王の斬撃を咄嗟に受けようとしたロミアの腕が、魔王によってたたき切られ、地面から跳ね上がったのだ。

 肘から先がなくなったロミアは、一瞬目を見開いた後、咆哮する。

 そして、魔王へ躍りかかった。

 片腕を切って油断していたのか、笑っていた魔王はぎょっと目を剥き、すぐに刃を前面に出して防御を取る。

 だが、ロミアはそこから身を翻し、魔王の斜め下を潜り込んで背後に出ると、相手が振り向くよりも早く斬撃を叩きこむ。

 片手で、しかし鋭く振られた斬撃は、魔王の背を薙ぎ、血飛沫を飛ばす。

 それに魔王がくぐもった声を漏らす中、ロミアは背後へ退き、一気に魔王との距離を離そうとした。

 しかし、その足に、魔王は手に握っていた剣の一つを投擲する。並みのやよりも鋭く早い剣の投擲に、ロミアは躱しきれずに脚を裂かれる。

 そして、派手に前のめりに地面に転倒した。


「団長ッ!!」

「ロミアさん!!」


 倒れた彼女に、シグとエヴィエニスはすぐに目の前の魔物を殲滅して突破を図ろうとする。

 が、


「来るなぁぁああ!!!」


 鬼気迫る警告が、思わず二人の足を止めさせた。

 直後、瞠目する二人に、ロミアは顔を上げる。

 表情には、腕を失った激痛がきたのか、耐えるような色があった。


「エヴィー、シグを、後のことを頼んだ――シグ」


 二人に向けていた顔を、ロミアはシグに向けた。

 その背後では、魔王が剣を振り上げている。

 そんな中で、彼女は激痛に苛まれつつも、険しく笑った。


「すまん。生きろ」


 直後、彼女の身体を、背後から三本の刃が貫いた。

 背中から前へ出た刃に、ロミアは目を剥き、口から血を噴く。

 その光景に、一瞬の間を置き、シグは言葉にならない声で叫んでいた。

 そして、衝動のままに、魔物の間を振り切って前へ行こうとする。

 背後から、エヴィエニスが急いで止める。


「シグ! 駄目です! 行っては――」


 彼女が必死に抱き止めるのを、しかしシグは暴れて振り払おうとする。

 その前で、刃で貫かれたロミアは振り返り、斬撃を魔王に叩き込もうとする。が、力ない斬撃は易々受け止められ、おまけに腕を捕まれる。

 そして、魔王はにやりと笑う。


「戦って、討たれて死にたいか。残念だったな」


 そう言って、魔王はロミアを横へ投げ捨てる。

 そこには、数多のワーウルフたちが待ち構えていた。

 魔王は言う。


「貴様は、同胞の餌だ。ふふ・・・・・・ハハハハハハハハハ!!」


 そう言って哄笑する相手に、シグは目を剥き、なおも言葉にならない叫びをあげる。

 そしてなおも、エヴィエニスが必死に留める手を払って、魔物の中に飛び込もうとした。


「悪いな、ロミアの息子よ!」


 そんな彼の後頭部を、鈍い衝撃が叩きつけられる。

 不意の衝撃に、意識が混濁する彼が耳にしたのは、魔王の哄笑と、断末魔をあげる母の悲鳴であった。



 遠くから戻ってくる人影に、サージェは顔色を変えた。

 避難集団の最後尾で、騎士たちにつき避難をしていた彼女は、後を追ってやって来るその集団に目を見開く。

 そして、「あっ」という騎士たちとその制止の腕を振り切って、そちらへ向かって行った。


「エヴィー! シグ! ヘスベルン先生! スコットさん!」


 そう声を張りながら近づくと、そこからやって来た全員は顔を上げる。

 彼らが戻ってきたことに、安堵の表情を浮かべていたサージェは、しかしすぐにその顔色をみて表情を強ばらせる。

 そこでは、皆が沈痛な面持ちをしていた。

 エヴィエニスと、特にシグの顔色はひどかった。

 その顔を見て、サージェはすぐに状況を悟る。

 この場に、戻ってくるはずの人間が一人いないことと、彼らの顔色を見て、何があったかは伝わってきた。

 それでも、サージェは思わず訊いてしまう。


「シグ・・・・・・ロミアさんは――」

「黙れ」


 その声は、サージェを一瞬で恐怖させる。

 今まで聞いたこともない、凄まじい声だった。

 サージェに向けてのものでないが、凄まじい憎悪と憤激、そして悲哀に満ちた声であった。

 それにサージェが思わず一歩退くと、その反応に、シグは一瞬はっとして目を揺らすが、すぐに歯を食いしばった。

 ぎりっと、歯を鳴らした後、彼は進みだし、立ち塞がっていたサージェを押しのけて進んでいく。

 それにサージェが軽く悲鳴を上げるが、しかしその行動を、誰もとがめられなかった。

 それだけ、普段のシグを知っている者が見る、今の彼の雰囲気と顔つきは痛々しかったからだ。


「し・・・・・・シグ!」


 それでも、なんとかサージェは声をかける。

 彼女の行動を、エヴィエニスたちが止めようとしたが、遅い。


「戻ってきてくれて、安心したよ・・・・・・。だから――」

「うるせぇっ!!」


 足を止めて、シグは吠える。

 その声に、サージェは口を噤み、エヴィエニスたちは慌ててサージェの前に立ち塞がる。

 立ち止まったシグは、肩で何度も荒い息をした後、再び歯をきしませながら、この場を逃げるように歩き出す。

 その行く手には、騒ぎを聞きつけて護衛の騎士たちがやってきていたが、シグの様子と殺気に、思わず怯んだ様子で道を開けていく。

 そんな彼の背中を、サージェは罪悪感いっぱいの心中で、見送る事しかできなかった。

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