44.親子共闘
また一人、仲間の騎士がやられたことを、敵の攻勢が強くなったことでシグは悟る。
すでに何体敵を倒したか分からないが、依然シグは敵の中で、剣を振るう。
血飛沫が舞い、ゴブリンたちが後退する中、敵が撤退を開始するまで、シグは退かない腹づもりであった。
それが無謀であることは、彼もよく分かっている。
負傷を隠して戦っている彼には、戦闘時間が長くなるほど、消耗はいつも以上に激しくなる。
しかしそれでも、一度敵と相対した以上は、敵が退くまで戦うしかなかった。
そのためにシグ自身も攻勢を強めるのだが、敵は退かない。
徐々に敵が数を増やしていることを察知したのは、すでに仲間が半数ほどやられた時だった。
(これは、退くに退けないか・・・・・・)
敵を倒しながら、シグは思う。
ここで敵に背を向けること自体は簡単だが、しかしその背を狙われる危険は高い。
そして、彼らは当然追撃してくるだろうし、そのまま自分たちを越えて、逃げる避難民の本隊まで至る可能性もあった。
そうなっては、ここで戦って足止めしている意味がなくなる。
戦況は泥沼の様相を呈して居る現在、シグはそのような理由から、退くに退けなくなっていた。
――強烈な気配が戦場に現われたのを、シグはすぐに気がついた。
ゴブリンたちの向こうから現われた新手に、シグは視線を向ける。
そこで目についたのは、多数のワーウルフたちを率いた四本の腕を持ち、背中に鷹の翼をはやした魔人である。
そいつは、戦場で猛威を振るうシグに、手にした剣の一本を向ける。
「あいつが戦場を鍵のようだな。あいつを狙え」
そう指示が飛ぶと、ゴブリンたちの間を縫って、ワーウルフたちも加勢に来る。敵が増えたことに、シグは嫌がる間もなかった。
攻まり来る俊敏な獣の突進を躱し、シグは切り抜けざまに斬撃を叩き混む。返し技気味に放たれた一撃に、ワーウルフは吹っ飛び、血飛沫と内蔵物をぶちまけながら倒れこんだ。
その鮮やかな一撃に、しかし惚れ惚れしている間はない。
次から次へ、敵は押し寄せ、その対応に、シグは忙殺される。
「少しは、休ませてほしいところだな」
そう冗談を口にしてから、シグは額の汗を拭い、剣を振るう。
またもワーウルフを返り討ちにしたシグは、しかし疲弊している自分の状態を察していた。
もう、あまり長く持たないかもしれない。
しかし、最後の一瞬まで戦うことを、シグは誓う。
そんな中で、ワーウルフの一体が、シグの攻撃の間の隙をついて接近してくる。
それに、シグは急いで対応しようとする。
だが、彼が動くよりも早く、別の影が、そのワーウルフを討ち倒す。
その影を見て、シグは瞠目する。
現われたのは、ここに居ないはずの人物――団長であり、己の母である、ロミアだった。
「――ずいぶんと、多くの敵を倒したようだな」
刃についた血糊を払い、ロミアは視線をシグに向ける。
その過程で、彼女の瞳には、周囲に散乱した魔物たちの死骸の山が映る。
数十、あるいは百にも至ろうかという数で、それがほぼたった一人で築かれたのかと思うと、驚嘆に値する。
その事実を踏まえ、ロミアはシグに言う。
「お前、こんなに強かったのか。普段、手を抜いていたな?」
感心するというより呆れた様子、また猜疑に満ちた目で見てくる相手に、シグは緊張が抜けそうになりながらも、必死でそれを保ち、同時に軽い苦笑を浮かべる。
「あ、バレましたか。実は、手を抜いていました」
「普段は姫様やハマー程度の実力に見えたが・・・・・・実はラートゲルタ、あるいはヴェーオルぐらいの強いのだな」
そう言うと、ロミアは鼻で息をつく。
それは、呆れたようであり、どこか嬉しげでもある。
「怪我を負っていてこれだけやるとは、大したものだ」
「・・・・・・そりゃあ、貴女の息子ですから」
一瞬笑みを消してから、すぐにまた浮かべ直してシグは言う。
そして、辺りを見る。
周囲には、大量の死骸が転がっている。
また大量の敵の魔物がいる。
そして、自分たち以外の騎士はいなかった。
それを確認すると、両者は背中を合わせて、敵を見る。
「――シグ」
「――団長」
ほぼ同時に、両者は口を開き、一瞬だけ躊躇をする。
その隙に、敵のゴブリンたちが、躍りかかってきた。
「「逃げろ」」
言いながら、二人は切り込んだ。
二つの黒い疾風は、迫り来たゴブリンたちの群れを縦横無尽に切り裂いていく。血飛沫が舞う中で、ゴブリンたちはほとんど反撃も取れないまま暴風の被害に遭い、赤い雨を降らせながら吹き飛ばされる。
その光景に、勇み立っていたゴブリンたちは沈黙し、かえって畏怖したように震え上がる。
暴れ狂った暴風は、合わせて二十近くの死骸を生み出し、そして敵が動きを止めて距離を取るのをいいことに、顔を合わせる。
片方は憤り、片方は薄い笑みを浮かべている。
「逃げろ、とはなんだ! 助けに来た団長に言うことか?!」
「これは失礼。しかし、団長はここにおられるべきではありません。今すぐ指揮に戻ってください。ここは俺が食い止めておきますゆえ」
「馬鹿者! お前こそ退け! 怪我を負ってここまでやったのだから充分だ! 後は私に任せろ!」
「それは出来ない相談です。俺には、団長を置いて逃げられるほどの不忠さは持ち合わせていません」
言い合いながら、二人は歩み寄っていく。
剣から血を垂らしながら近づく二人に、魔物たちは動けない。
「いいから退け! 団長命令だ!」
「団長を補佐する騎士として進言します。団長こそ退いてください」
「いちゃいちゃしやがって・・・・・・!」
二人の言い合いを見て、進み出てきたのは、四つの腕の魔王である。
その声と存在感に、シグとロミアが振り返る中で、魔王は命じる。
「貴様ら、あの二人を決して逃がすな! 我らの同胞をここまで殺し、挙句その死骸の前で口論する余裕を見せる奴らをここで逃してみろ! 我らの責は免れがたいぞ! 死にたくなければ、奴らを殺せ! でなくば、ここで我が貴様らを血祭りにあげる!!」
そう命じ、魔王は突撃を指示する。
その言葉と脅しに、魔物たちは震え上がり、一斉にシグたちへ襲いかかる。
それに対し、シグたちも剣を構え直し、背を預け合って、再び魔物たちへ応戦し出した。
「いいから逃げろ、シグ! お前を死なせては、顔向け出来ん相手が多い!」
「それはこっちの台詞です、団長! 父や仲間に、顔向け出来なくなる!」
「騎士らを殺せ! 決して逃すな!」
三者三様に声を張りながら、シグとロミア対魔物たちの戦いは加熱していく。
血飛沫が舞うその中を、一筋の閃光が迸った。
閃光は、魔物たちを切り裂き、その間を抜けて、ブーメランのような軌道で元来た方向へ戻っていく。
その鋭く鋭利な斬撃に、シグたちと魔物たちは振り向く。
数人の新手が、そこには出現していた。
魔物ではない。人である。
そのうち先頭に立つ人物は、シグやロミアにもなじみ深い、白銀髪の美女であった。
「スコット、ヘスベルンさん。援護を頼みます」
「分かった。無理する出ないぞ」
「へーい了解。まったく、無謀な戦いしているな」
重い返事と軽い返事が返る中で、現われた美女は、シグたちに近づいてくる。
風流槍を携えた彼女に、二人は目を丸める。
「エヴィー?」
「エヴィエニス殿、何故ここに?」
「・・・・・・弟子の一人が、貴方がたをひどく心配しておりましてね」
微苦笑を浮かべ、エヴィエニスは二人の疑問に答える。
「どうしても助けにいきたい――と泣きついてきたので、代わりに私が来たまでです。元々、部下を助けてくれた恩もありますからね」
そう言うと、彼女は足を止める。
二人の元とは少し離れた位置だ。
現在シグたちは、魔物たちに半ば囲まれており、容易には近づけない。
そこで、彼女は槍を構える。
「とにかく、話は後です。今は何が何でも、そして必ず、生き残りましょう」
「・・・・・・そうだな」
その言葉に、ロミアが頷くと剣を構え直す。シグも同様だった。
二人は、なんとかエヴィエニスの元まで戻り、退路を生み出す準備に入る。
それを見て、魔王は不界外に頬を歪めた。
「好き勝手言いおって・・・・・・。貴様ら、生きて帰れると思うな!」
猛々しく叫ぶと、同時に魔物たちが襲いかかる。
怒り、憎しみ、恐れおののきながらも迫ってくる魔物たち。
それに相対し、戦いは佳境を迎えようとしていた。
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