43.少女の嘆願と迫る最期の刻

 背後から聞こえる銃声や、時折見える戦闘の風景に魔物の影に、人々はひどく混乱していた。

 追ってくる死の恐怖に対し、人々は馬車や牛車を操る御者に、先を急ぐように怒号や悲鳴を上げる。

 御者はそれにできる限り答えようとするが、それが却って悪い方に流れ、道を外れたり、間違えたりする馬車を生み出す結果になっていた。

 徒歩であった人々を出来る限り馬車へと乗せながら、その統制に騎士たちは苦労する。

 応戦に割いた兵以外の、最低限の護衛の騎士たちは、緊張と苛立ちを繰り返しながら、彼らの逃げ道の確保と誘導に追われていた。


「道を間違えた一団の状況は?!」


 馬上にいた、ロミアは尋ねる。

 逃げ道の先導をエドワード団長に任せた彼女は、避難民の元まで戻り、そこで騎士たちの指揮を執っていた。

 避難民の中にははぐれた一団もおり、その一部は魔物に襲われているという。


「シグ殿が到着して、逃げ道を開いたということです! 今、そちらから人々が向かって合流しました!」

「よし! これで遅れていた民は合流できたな。後は――」

「ロミアさん!」


 引き続き指示を出そうとしていたロミアに、背後から声がかかった。

 振り返ると、そこでは赤い髪と瞳の、可憐な少女が慌てて駆け寄ってくるところだった。


「サージェか。どうした?」

「シグが・・・・・・シグを助けて!」

「こ、こらサージェ! お前何を勝手に――」


 いきなり飛び込んできて懇願してくる彼女に、背後からは慌てて練想術士たちがやってくる。

 その様子に、ロミアは不審がる。


「どうした? 何があった?」

「シグが、数人でゴブリンの群れを止めようと戦っているの! あの数は、いくらシグでも無理! だから、助けに行ってあげて!!」


 頼むというより、叫ぶようにサージェは言う。

 それに、ロミアは目を細める。

 この戦況だ。いくら身内とはいえ、また窮地であるとはいえ、総指揮を司る自分がこの場を離れるわけにはいかない。

 出来ても十人程度しか、回せる人員がいなかった。


「悪いが、今は兵を回せない。あいつなら大丈夫だ。きっと適当に敵と駆け引きをして退くことぐらい――」

「シグは怪我しているの! 私を庇って、大怪我したはずなの! でも、皆そのことを知らないでいる!」


 続けざまのサージェのその言葉に、ロミアは顔色を変えた。

 それは、周りの騎士たちもだ。


「・・・・・・いつの話だ?」

「つい先日の話! 仲間の皆に聞いても、皆そんなの知らなかったっていうから、もしかしてと思って! シグ、皆に心配かけないように、怪我のことを隠しているかも知れないと思って!」


 サージェが、涙を目に溜めながら、激情のままに告げると、それを聞いたロミアは歯ぎしりする。

 先日の襲撃以降、実は騎士団の団長補佐はこぞって負傷しており、補佐役が不足していた。

 そんな中で、シグは彼らを安静にさせる反面、自分は代わりに様々な仕事を請け負っていたのだ。

 その際に、少しも怪我のことは報告していなかった。


「あの馬鹿・・・・・・!」


 ロミアは、思わずそう呟く。

 そして、すぐに我に戻ると、周りの目を気にして、首を振る。


「報告にはない。もしそれが事実なら、隠していたあいつの問題だ。放っておけば――」

「ロミア団長。行ってください」


 冷徹な判断を示そうとしたロミアに、部下の一人が声を掛けた。


「息子さんが気になるのでしょう? ここは、我々が請け負います。行ってください」

「我々が数人行ったところで、おそらく援軍にはならないでしょう。ですが、ロミアさんが行けばなんとかなるかもしれません」

「ロミアさんも、怪我はもうほとんど治っているんでしょう? ならば、充分に戦えるはずです」


 部下が、続けざまにそう進言してくる。

 その言葉に、ロミアは動揺した様子で目を揺らし、口を噤む。

 ここで迷うのは勝手だ。

 だが、彼女の決断は早かった。


「・・・・・・本当にすまん。頼めるか?」

「勿論です。思い切り、暴れてください」

「ビリーさんたちの分まで、魔物を懲らしめてやってくださいよ!」


 部下たちが快く応じると、ロミアは頷く。

 そして、勢いよく馬の腹を蹴って、この場を後にしていく。

 そんな彼女を見送ってしばらく、その場にやって来る一人の女性がいた。


「ロミア殿――は、どこです?」

「あっ、エヴィエニス殿」


 やって来たのは、練想術士のエヴィエニスだった。

 彼女は、あまり得意でない馬の上に乗りながら、こちらへやって来ていた。


「ロミア団長は、ついさっき――」

「エヴィー!」


 騎士が話しかける中で、サージェはエヴィエニスに駆け寄る。

 そんな彼女に始めて気づいたのか、エヴィエニスは驚いた様子で、馬から下りる。


「サージェ、どうしました? 何故ここに居るのですか?」

「シグが・・・・・・シグが無茶しようとしてて、それで・・・・・・」

「? 落ち着いて話してください」


 エヴィエニスがそう不審げに聞くと、サージェではなく、彼女の周りにいた練想術士や兵士たちが、状況を説明し始める。

 それを聞いて、エヴィエニスに納得してもらうためである。

 だが、その時予想外の反応が返ってきた。


「それは・・・・・・まずいかもしれません」

「え、どういうことです?」


 騎士の一人が尋ねると、エヴィエニスは言った。


「そちらの方向から、大量の敵が迫っている可能性を伝えに来たです。もしかしたら、それとロミア殿たちは鉢合わせになるかもしれません・・・・・・」


 その言葉に、皆は言葉を失った。

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