42.救援と別離

 南から追ってきた魔物が本隊ならば、その部隊は別働隊とでも言うべきだ。

 オークたちより小柄な魔物・ゴブリンの軍勢が、北側から、東西に伸びる道を走る人々を襲撃した。

 逃げ遅れてい、少し道を間違えていたその一団は、あっという間にゴブリンの集団に包囲され、全滅の危機に瀕している。

 その集団の不幸中の幸いは、その中に練想術士が幾人かいたことだ。

 彼らは近くの仲間に狼煙で連絡を取り、人々を守るために奮戦し、いくらか民を逃す事にも成功していた。

 だが、その命運もつきようとしている。

 逃げ遅れた人々を守る練想術士たちだが、すでにそのうち何人かが、犠牲になっており、それを数百に及ぶゴブリンたちに、半ば囲まれている。

 そんな状況――この場に駆けつけて残っていた練想術士の中には、サージェの姿もあった。

 数多のゴブリンたちは、逃げる人人の群れの前に立ち塞がる練想術士たちに、槍や弓矢を手に、下卑た笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。

 それに、勇ましい練想術士の数人が、練想術士特有の杖を手に相対していた。


「サージェ、お前は逃げろ!」


 練想術士の一人が、ゴブリンを見たまま言う。


「お前はまだ逃げられる! 急いで人々ともに逃げるんだ!」

「そうよ! 貴女はまだ若い! まだ未来があるんだから!」


 練想術士の先達たちは、そう言って彼女を背後に追いやる。

 しかし、


「そ、そんなこと出来ないよ! 皆を置いて、逃げるなんて!」


 逃げるように言う大人の言葉に、サージェは素直には従えなかった。

 ここで退けば、確かに助かるだろう。

 だが、その理由はここに残る者が犠牲になってくれるからであって、それが分かっているサージェには、そんな残酷な指示をすぐには受け入れられなかった。

 暗にそれは、自分を世話してくれた先輩たちを見殺しにするに等しい選択だからだ。

 心優しく、甘い彼女には、それを即決出来ない。


「いいから行け! 命令だ!」


 急かす先輩の練想術士たちに、しかしサージェは決断出来ない。

 そんな中で、ゴブリンたちはその諍いを好機とでもみたのか、一斉に押し寄せてきた。槍や弓矢を手に、彼らは一斉に距離を詰めてくる。

 構える練想術士たちに、サージェもやや背後でなし崩し的に構えを取ろうとした。

 その横手を、馬が突っ切る。

 サージェがそれを見て目を見開くと、馬上の騎士は振り返った練想術士たちの横も越え、ゴブリンたちに勢いよく突っ込んだ。

 突然の騎士の登場と突撃に、ゴブリンは面食らう。

 そして馬の突進で一気に蹴散らされると共に、慌てて馬上の騎士へ矢を放つ。

 だが、矢を放った時にはすでに彼は馬から下りていた。


 馬上から飛び降りた騎士は、その勢いのまま旋回し、手前のゴブリンたち数匹を一斉に薙ぎ払う。鎌の刃のような鋭いつむじ風に、ゴブリンの身体は切断され、中身をぶちまけながら激しく吹き飛ぶ。

 血潮が弾け、血の雨が舞ったことで、ゴブリンたちはぎょっと後退しようとする。

 それを、騎士は猛追する。

 逃げるゴブリンたちの間を、まるで地を這う電撃のごとく駆けながら、彼はゴブリンの最前線を破壊していく。一瞬の停滞もなく素早く駆け抜けた黒い稲妻の閃撃に、ゴブリンたちは畏怖し、慌てて逃げ散る。

 前線のゴブリンたちがもみくちゃになって退く中、ゴブリン数十体以上を血祭りに上げた騎士は、馬に飛び乗って、練想術士たちの方へ戻ってくる。

 その騎士に練想術士はいつもの嫌悪を浮かべるのを忘れた。

 自分たちを救った騎士は、彼らの前で停止すると、馬を飛び降りながら言う。


「この中で、馬に乗れる者は?!」


 聞いてくるシグに、練想術士たちは不審な顔をする。


「乗れる奴はこいつで逃げろ。ここは俺が引き受ける」


 そう言って、彼は再びゴブリンたちに振り向く。

 ゴブリンらは、初めはシグの乱入と暴力におののいていたが、今はその目に怒りも灯し始めている。仲間意識の強いゴブリンたちは、目の前で仲間を奪った騎士に憎悪を燃やしているのだろう。

 シグがそんな敵に怯むことなく向かいあう中、シグがやって来た方向からは、続々と仲間の騎士たちがやってくる。

 それに気づいた練想術士は、助かったと思いかけ、しかしその数に驚く。

 やって来た騎士の数は、二桁を満たないからだ。


「早く行け。時間は稼ぐ」


 背を向けたまま、シグは言う。

 その前には、依然として数百に及ぶゴブリンたちがいる。

 目の前で今しがたのシグの戦いぶりを見た練想術士たちも、流石にためらう。


「む、無茶だシグ。この数でこれを捌くには――」

「いいから行け! せっかく開けた包囲の穴が閉じるぞ!」


 有無を言わさず、シグは怒号を放つ。

 その鬼気と迫力に、練想術士たちは呑まれる。

 いつも軽薄な笑みで練想術士たちの暴言を受け流していた青年が見せる迫力に、彼らは従うほかない。

 ある意味それは、母親譲りの迫力だったが、そんなことを揶揄する暇もなかった。

 練想術士たちが急ぎ引き返す中、しかし一人だけ、シグに近づく者がいた。


「し、シグ・・・・・・」

「――行け」


 声を掛けたサージェに、シグはしかし冷たく言い返す。

 それを見て、サージェは思わず尋ねる。


「怪我は、大丈夫なの? 死なないよね? ねぇ?!」

「・・・・・・おい。早く連れて行け」


 サージェの問いに、シグはまったく答えず、サージェが逃げないのを見て戻ってきた練想術士に、そう命じた。

 そいつに、サージェは引っ張られ、しかしサージェは残ろうとする。


「シグ! お願い! お願いだから、一つだけ守って!」


 後ろから退かれ、強引に退かされながら、サージェは言う。


「死なないで! 生きて、追って来て! 絶対だよ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 サージェの言葉に、シグは応えない。

 そんな中で、彼女は仲間の練想術士たちに連れられてこの場を後にしていく。

 残ったのは数人の騎士と、数百のゴブリンたちだ。


「悪いな。サージェ」


 目を細め、口元にあるかなしかの苦笑を浮かべながら、シグは呟いていた。


「お前には結局、謝れそうにない」


 そう言った直後、シグに向けてゴブリンの矢が飛んでくる。

 それを、軽く首を傾けるだけで回避すると、シグは地面を蹴って、敵に突入する。

 彼が死地へ飛び込んだのをきっかけに、戦闘は幕が開いた。

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