活路を開く者たち――――――――――――――――――――――――――――

41.雨中の撤退戦・開戦

 雨がしたたり落ちる中で、魔物たちは人間が避難方向を変えて撤退をしていくことに気づいたようだ。

 南の盆地で、通過する人間を待ち伏せして包囲殲滅をしようと考えていた魔物らは、それに気づくと追撃に入った。

 やがて彼らは、東西を結ぶ街道の途中で、防備を敷いて待ち構える騎士たちを捉える。

 足止めの部隊だろう、そう悟った魔物たちは、しかしその数を見て力押しを決めたようだ。

 彼らは姿が露わになるのも気にすることなく、真っ向から迫っていく。

 その数は、騎士が数百に対して魔物が数千、その種類はオークやリザードマンが中心に構成されていた。


「まだだ・・・・・・。まだ撃つな・・・・・・」


 雨粒の向こうから姿を現す敵影に、馬上の指揮官が指示を出す。

 雨対策の装備で鉄砲を構える騎士たちは、引き金に指をかけつつも気を静める。敵は姿を見せるが、まだ射程範囲に入ってない。

 やがて、微かな雨音に混じって足音が聞こえるほどになった。

 魔物たちは射程範囲だ。しかし、まだ号令は出ない。

 そうしたまま時が経ち――敵がいよいよ鉄砲の殺傷可能範囲に入った。


「――今だっ! 撃てぇぇええ!!」


 待ちに待った号令が飛ぶ。

 瞬間、構えていた騎士たちが一斉に銃弾を発射する。

 火を噴いた銃口から放たれた弾丸は、轟音と共に魔物たちの前線を一斉に撃ち倒す。

 ばたばたと、大音量と共に一気に仲間が倒れたことによって、魔物は途端に怯む。

 一斉発射は、ただ敵を倒すためでなく、けたたましい轟音によって、敵を足止めさせるのも狙いだった。

 それから、間髪入れずに騎士たちが撃ってこないのを見て、魔物たちは再度突進を開始する。

 が、その頃にはすでに次弾は装填済みだ。


「撃てぇ!!」


 再びの放射で、魔物はまたも百近くが負傷し、一部は即死する。

 それを目視すると、騎士たちは弾込めをしながら後退を開始、魔物たちとの距離を測る。

 それを見て、魔物たちは僅かな停滞の後に再び突進、一気に互いの距離を詰める。

 続いての弾幕は、先ほどまで以上に魔物たちを葬る。

 だが、流石に学習した魔物たちは、これ以上は弾丸を発射させないとばかりに、怯むことなく一気に距離を詰めてきた。

 それを見て、騎士たちはこれが銃による遠距離攻撃の限度かと悟る。


「よし――全員、奮戦せよ!」


 馬上の指揮官の指示で、騎士たちは銃から剣や槍などに武器を持ち開ける。

 そして、人間と魔物の方向が至近距離でぶつかり合う。

 騎士と魔物による乱戦は、こうして幕を開けるのだった。




 避難集団最後尾で、魔物と戦う騎士たちのうち、その右翼にシグはいる。

 そして、次々と迫る魔物たちを、あっという間に討ち倒していた。

 剣や斧を持って迫るオークやリザードマンの連合軍に、シグは馬から下りて切り込んでいく。

 背中の怪我の影響か、身動きに鋭さはないが、それでも充分素早い速さで敵へ迫ったシグは、敵が攻撃を仕掛けるよりも先に切り込む。

 相打ちを防ぐため、敵の武器を持つ腕を先んじて切り裂いた彼は、相手がそれで怯んだり苦悶していたりするうちに、相手の急所を的確に切り裂く。

 血飛沫と共に倒れていくその敵に、シグは視界を保ちながら、続々と中へ侵入していった。

 自ら乱戦へと身を投じるシグに、その動きを敵は嫌がる。

 乱戦で機敏に侵入してくる敵ほど、脅威に感じる者はいないからだ。

 好戦的なオークやリザードマンも、流石に距離を置こうとする。だが、シグはそれを許さない。瞬く間に距離を詰めた彼は、敵を切り裂き、そして切り裂いた敵を上手く肉壁にしながら、次の敵へと切り込んでいく。

 個人で集団に切り込む時の方法をよく心得ている――そんな動きで、シグはあっという間に魔物の死骸を積み重ねていった。


 五体、十体と敵に死の脅威を振り向くに至り、敵もシグの相手は危険性を把握したようだ。

 彼らは、無理せずに距離を置き、シグから逃げ出す。

 それを、シグは追わなかった。

 彼も、敵が退きだしたのを見て後退し、距離を置く。むやみ突撃すれば、敵に横やりを突かれたり、包囲されて死地に至ったりすることを、見越してのものだ。

 シグは、集団への戦い方、そして今すべき事をよく心得ている。

 今すべきなのは、民たちが撤退するまでの時間稼ぎであり、敵の殲滅ではない。余力は残しながら、敵と長時間渡り合う事こそが大事だった。

 敵も、そんなシグの好判断に、悔しがるが、しかし引き返したりすることはしなかった。

 退いた彼らは、その後四散し、周囲の別の戦場へ向かい始めた。

 それを見て、シグも次の行動を決める。


「他の部隊の援護に回る! 負傷兵は撤退するように指示を――」

「シグ! 大変だ!」


 周囲に指示を出そうとしたシグに、背後からやって来て声を掛ける騎士の姿があった。

 何やら慌てた様子のその人物に、シグや周囲の騎士たちは振り返る。


「どうした?」

「避難集団の一部が逃げ遅れたのを狙われた! 練想術士の一部も取り残されて戦っている! だが――」

「っ! どこだ?!」


 騎士の報告を聞き、シグは至急馬を引き寄せながら尋ねる。

 民の避難時間を稼ぐために戦っているのに、その避難民に被害が及んでいるのを見逃すわけにはいかない。

 相手の騎士は、答える。


「ここから北北東に二から三里の方角だ! 急がないと、本隊にまで――っておい、シグ?!」


 騎士の伝達を、シグは最後まで聞いていなかった。

 シグは馬にまたがるや、そちらの方角へ走り出す。

 それを見て、他の騎士たちも、慌てて彼を追うように続き出すのだった。

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