消沈の避難行―――――――――――――――――――――――――――――

37.避難行の再開と難題

「今日は、確認できただけで十七件、民の諍いがありました」


 王都から南方へ移動中の避難民の集団の中に張られたテントの中では、各位置担当の騎士たちが集まっていた。

 日は沈みかけたことで、今日の行程を終えた一行から、護衛と誘導を行なう騎士たちは集合していたのである。

 彼らはそれぞれ、担当区域の様子に述べ、それを要領にまとめたシグが、団長たちに報告した。

 団長たち、といっても、生き残った団長は二人しか居ない。

 ロミアとエドワードと呼ばれる団長で、二人はシグの報告に目を合わせる。

 それから、再びシグを見る。


「一昨日の襲撃によって、避難民の間では我ら騎士への不満が高まっているそうだな? 魔物から守ると約束したはずなのに、その約定を反故にしたと」


 エドワードがシグに言うと、シグはややあってから尋ねる。


「はい。諍いの原因の一部はそれです。騎士の対応に不満がある、と」

「内容は?」


 ロミアが尋ねると、シグは少し目を泳がせてから、口にする。


「元から避難には反対だった、やはり王都へ引き返せ、というのが二件。また、もっと自分たちの身を優遇しろ、という要求が三件。他に家族の行方が分からないと言うのが二件。いずれも、説得や解決しました。他は――」

「騎士に非があると思われる案件を聞いている」

「僭越ながら、ありません。他は、避難民同士でのトラブルがほとんどです」


 シグの回答に、ロミアは頭を抱えたくなった。

 騎士に落ち度があるならともかく、避難民が各々で自分勝手な主張や争いを起こしているのには、対処が難しい。


「中には、諍いに乗じて集団から脱走を試みた者や、盗みなどを働こうと下者もいるというではないか。まことか?」

「はい。どちらも、適正に処置はしました。会議前に結果は伝えたものだけで、新しく入っているものはございません」

「民たちとの行軍は、予定よりどれだけ遅れている?」


 エドワード、続いてロミアが尋ねる。

 シグは、手元の書類を漁り、瞬時に計算を行なう。


「あまり遅れてはいません。半日程度です。ですが、亡くなった者たちの死体も回収しての行軍ゆえ、これから遅れることや、トラブルも増えるかもしれません」

「トラブル? どんな?」

「死んだ者の身元を確認させろ、あるいは死臭をどうにかしろ、と言った類のです」


 シグが答えると、エドワードは納得する。彼はあまり考えていないことを、シグは気を回していたようだ。


「優秀な補佐が一人残っていて助かった。私の部下や、ライルの一行は全滅している。助かるよ、シグくん」

「僭越ながら、これは自分の手柄ではありません。後ろに控えている、各騎士の気配りと成果によるものです。自分は、考えをまとめただけです」

「謙遜するな。まぁよい。それより、これよりどうする、ロミア団長」


 シグの言葉を流し、エドワードはロミアに尋ねる。

 予定では、これから避難民は三日の日程をかけ、南の都市へ避難することになっている。

 その行程の確認だった。

 が、ロミアは言った。


「シグ。騎士たちから、何か意見はあったか? これより南へ向かうことへ、異議は?」

「・・・・・・一つだけ。マクスブレイズの一行から具申がありました。ここからは、何が起こってもおかしくはないゆえ、あらゆる事態を想定して、避難路は複数用意した方がよい、と」

「複数の避難路?」


 不審そうなエドワードに、シグは頷く。

 それを聞き、ロミアが口を開く。


「王都の南の避難路は安全・・・・・・そう思って避難は敢行されました。しかし、その避難中に魔物の大軍による襲撃は起きた。これは、当初の想定ではなかったことです。それにゆえにここから、何が起こっても不思議ではない」

「なるほど。極論、南の避難路や避難地が安全とも限らない、と」

「そうなります。もし万が一、目的地で、かつ避難場所である南の漁港都市に何かがあった場合、私たちは進退を窮することになる」


 そう言って、ロミアは机の上にある地図に目を通す。


「シグ。ここから真東に軍港があったな?」

「ありますが、そこは民の避難地には向きません。あそこは、都市間に等間隔に設置された軍事要塞でしかなく、港町ではありません。しかも、残っているのは僅かな兵だけです」

「構わん。そこへ早馬を。もしかしたら、人々が国外への避難で押し寄せるかもしれん。その際に、国外退去できるように出来うる限りの船を用意しておくように、とな」

「了解しました」


 慎重に、打てるだけ打つ手を取るつもりのロミアの意を察し、シグは頷く。


「他には? 何か用意する必要は?」

「そうだな・・・・・・南の漁港都市にも、今一度早馬を。避難民たちを迎え入れる用意と、警戒を怠らぬようにということ、それと避難誘導のために、いくら貨兵を回してもらえるように、ということをな」

「昨日も一昨日も送りましたが、よろしいですか?」

「何度も言わせるな」

「失礼しました。了解です」


 言って、シグは指示を出すべく動き始める。

 その後ろ姿を見て、ロミアはエドワードと話し出す。


「北方の戦況も気になるところですが、そちらには伝令を送らないので?」

「そちらへのこれ以上の伝令は不要でしょう。送ったところで、戻ってくる頃には、こちらは南の漁港都市群についています。何かあったら、向こうから騎士がくるでしょう」

「なるほど。では、ロミア団長は先にお休みください。夜半がすぎたら、私が休みますので」

「うむ。承知した」


 ロミアは頷き、そそくさその場を去ろうとする。

 その直前に、エドワードは訊く。


「怪我の加減は、どうですか? 無理はなさいませんように。この避難民の中では、貴女がもっとも強者であって、皆の希望なのですから」


 そういう彼に、ロミアは薄く苦笑する。


「どうかな。私よりむしろ・・・・・・いや、なんでもない」


 何やら言うのをやめて、ロミアはこの場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る