35.練想術士宗領・エヴィエニス
所変わって避難民集団の中盤では、横から迫る魔物たちを、騎士のグループが奮戦して押しとどめていた。
だが、その防衛網を決して盤石ではなく、魔物の中には騎士の上を飛び越えるもの、あるいは間を抜けて突破するものも少なくなかった。
そんな魔物の中で、空を飛ぶ女型の魔物・ハーピーが一斉に騎士たちを突破した。
狙ってやったのか、オークやリザードマンが攻勢をかけ、それを騎士たちが必死に止めている最中であった。
「魔物だ! こっちに来るぞー!」
ある老人が、そう大声で言った。
それはおそらく、警句として発したものだろうが、結果としてそれは逃げる人々に無用の混乱を招いた。
徒歩でいた若い女などは辺りを駆け回り、逃げ惑う馬車に轢かれる者も出た。馬車の中にいる者も慌てて外を見て、悲鳴を上げて逃げだそうと客室で暴れ回る。
そんな人々の狂乱ぶりを背に、徒歩で前へ出る女性がいた。
エヴィエニスである。
彼女は、その手に巨大な杖のような槍を手に、人々へ接近するハーピーを見上げる。
「一刻も早く、撃墜させなければならないようですね」
そうでなければ、間違いなく混乱は拡大し、魔物もその列へ突っ込んできて、人々に被害が出るだろう。
それを避けるには、一刻も早く、あの敵を壊滅させる必要があった。
「本気で行きましょう」
そう言うと、彼女はさらに前へ出た。
彼女の背後には、他の練想術士たちもいたが、彼らは出ない。
正確には、出ることを控えた。
その理由は、すぐに明らかになる。
突然、エヴィエニスが宙へ飛び立った。
人間が空を飛ぶ――それは、魔術士の一部でしか可能ではない所業であり、その光景をみた人の間では驚きの声が漏れる。
そんな声を尻目に、空へあがったエヴィエニスは、槍を構える。
そして、飛来してくるハーピーたちに立ち塞がった。
ハーピーたちは、目の前の空飛ぶ人に驚いた様子だったが、しかしたった一人の人間に恐れることはなかった。
むしろ数十羽がいる中で、矢面にたった女を嘲笑っている様子だった。
そんな彼女が、槍の穂先を向けたところで、何も恐れはしない。
だからこそ、反応が遅れた。
突然、槍の穂先が射出し、切っ先が向けられていた一羽へ突き刺さる。
胸を深々貫いた切っ先は、そいつが瞠目する中で螺旋回転し、胸を抉って、上半身を爆砕させた。
その現象に周囲のハーピーがぎょっとする中、一羽を葬った槍の刃が、周囲をうねるように回転しながら飛び舞う。
一見すると鞭がしなるような軌道で、槍の刃は宙を奔って魔物たちに突き刺さる。そして、回転した刃はハーピーの身体を次々に易々と切り裂き、血飛沫と悲鳴、怒号を舞わせながら、奴らを撃墜させていった。
風流槍、とエヴィエニスはその槍に命名している。
脱着可能な槍の刃を、風の流れを操りながら半径三十メートル以内であれば自在に操れるその槍は、練想術士として、風を操る技術に長けたエヴィエニスのみが仕える代物だ。
その戦闘能力は、練想術士の中でも抜きん出ており、彼女が若くして宗領を務めている証左の一つでもあった。
そんな実力を、ハーピーたちはまざまざと見せつけられる。
彼女は槍を掲げたまま宙に居座ったままだが、そんな彼女へ肉薄できる影はいない。
迫ろうとしても、その前に刃の餌食にされた。回転しながら飛来する槍の刃は、並みの斬撃より鋭く、また広範囲に自在に操られている。
これを見て、ハーピーたちは口惜しげに、前進を食い止められた。
そして、同時に下から射かけられる矢に、次々と餌食になる。
一度突破を許した騎士たちだが、彼らもすぐに追いつき、奴らを撃ち落としにかかった。
結果、ハーピーたちは進退に窮し、続々と撃墜され、逃げ散る者も残らず撃墜された。
それを見て、エヴィエニスは飛んでいた槍を空中で接着させ、陸上へと舞い降りる。
それを出迎えたのは、練想術士たちだった。
「お見事です、宗領」
「流石エヴィーだ。お前がいるだけで、一安心だ」
「私を褒めている場合ではありませんよ」
賞賛の声を上げる仲間に、エヴィエニスは険しい顔で言う。
「中盤がこの戦況です。後方はさらに激戦が予想されます。急いで人々を避難させなければ」
それは、本来は護衛の騎士の仕事であるが、今はそんなことをいっている場合ではない。
この状況では、騎士も防衛に手一杯なのだ。
今は、一人でも戦える者、その中でも冷静な者が、人々の避難を促す必要があった。
その意見に納得したのか、練想術士たちも顎を引く。
今は、騎士だけでなく、自分たちの力も必要だと理解していた。
そんな中、後方から一騎の騎士がやってくる。
騎士は、戦う者たちに何やら伝令を伝え、やがてエヴィエニスたちの元へもやってきた。
何やら、焦った様子である。
「練想術士宗領、エヴィエニス殿ですね?!」
「どうしました? ずいぶん慌てているようですが?」
「これ以上の防戦には参加せず、急ぎ人々と避難してください!」
その指示に、エヴィエニスは不審がる。
「どういうことです?」
「まだ周りには魔物が――」
「最後尾に、危険な魔物が現われました!」
切羽詰まった様子で、騎士は告げる。
「その者との交戦で、ロミア殿が負傷! そして伝言です! 『しんがりは受け持つゆえ、貴女は騎士たちと共に、この場を迅速に退却せよ』と」
「ロミア殿が?!」
エヴィエニスは、思わず聞き返した。
過去に、共に魔物討伐をした際、エヴィエニスはロミアの実力を目の当たりにしており、彼女の強さは、その豪傑ぶりはよく知っている。
並みの魔物、魔物の長の如きに、引きを取る人間ではない。
そんな彼女が手負いとなり、かつそんな指示まで出すとは、異常事態であった。
(くっ! 後方で何が起こっているのです?)
そう気になりつつ、しかし彼女はロミアの伝言に従う。
今は協力して、避難民を退却させることが優先事項なのは変わらないからだ。
エヴィエニスも協力する中、混乱する人々もなんとかまとまりはじめ、この場を後にし始めるのだった。
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