女たちの退路―――――――――――――――――――――――――――――

34.女傑・ロミア

 シグたちが前線にて、レッドオーガを退けていた頃、避難民集団の後方では、戦闘が激化を辿っていた。

 周りから襲い来る魔物たちを、騎士たちは必死に食い止めていたが、その防衛網も徐々に綻びを見せ始め、突破されつつあった。

 現に、そのうちの一団が、騎士たちの防衛戦を突破し、退却しようとする民衆の群れに突っ込もうとしていた。


「ゲギャギャギャギャ! 皆殺しだ、人間どもめ!」

「「皆殺し! 皆殺し!」」


 狼型の魔物・ワーウルフと、虎型の魔物・ワータイガーの群れだ。

 奴らはそれぞれ三十頭ほどの集団で、また巨大な一体の個体を先頭にして、避難民の集団に追いすがる。

 巨大な個体は、奴らの群れを率いる長であった。

 彼ら群れは、ここに来る前にすでにいくらかの人間を血祭りにあげてきたのか、牙や爪に血糊を付着させている。

 そして獰猛な嗤いと共に、悲鳴を上げて逃げる人々に襲いかかろうとしていた。


「おいワータイガーの! ここでひとつ賭けねぇか?!」

「何をだぁ?!」

「どっちの群れが、より多くの人間を殺せるか? 負けた方が勝った方をたたえ、魔王様に戦果を告げて、取り立てて貰うように進言するって奴よぉ!」

「おう、いいぜ! もっとも無駄な賭けだろうがなぁ!」


 互いに危険な嗤いをしながら、彼らは人の群れに迫る。

 騎士でもない人間など、恐れるに足りない。

 今すぐに八つ裂きにその肉を喰らってやると、彼らはそういう算段であった。

 逃げる人々の群れを、逆行してくる影があったのはその時だ。

 中年の女の騎士である。

 その騎士は、たった一人で人々の群れの最後尾を抜けると、魔物たちの目の前で馬を下り、そして地面を蹴る。

 向かう先は、魔物たちの方向だ。

 それを見て、魔物たちは胡乱がった後で、凶笑する。


「見ろ、死にたがりがいやがるぜ!」

「ぎゃはは! よし。その望みを叶えてやろう!」


 たった一人で、五十をくだらない魔物たちに挑みかかるその女騎士に、魔物たちは嘲弄の笑みを浮かべ肉薄する。

 そして、それぞれの長を先頭に、躍りかかった。


「ぎゃはは~! 死ねぇ!」


 人間にも分かるように、そう叫びながら襲いかかる、ワーウルフとワータイガー。

 それに対する返答は、一条の螺旋回転の斬撃だった。

 刺突のように鋭き突き進んだそれは、躍りかかった魔物たちの間隙を穿ち、彼らを吹き飛ばす。

 その身体をバラバラに吹き飛ばしながら、閃光は魔物たちの方へ潜り込む。

 その光景に、息を呑む後陣の魔物たちは、思わず速度を緩め、横へ避けて距離をおこうとする。

 だが、遅かった。

 虐殺の幕は開いていた。

 飛び込んできた女騎士は、そのまま魔物たちの真っ只中に突っ込む。

 そして、長を失って動揺する魔物たちの掃討を開始した。





 通り雨のように、惨劇はあっという間に終了した。

 もっとも、降ったのは水滴ではなく血液であり、それが街道に沿ってドバッと広がる。

 それに伴って、魔物の砕け割れた肉体も散乱し、場は一瞬で死骸の山、地獄絵図と化していた。


「相変わらず、怪物じみた力ですね、団長は」


 そう言ったのは、この場に遅れて登場した騎士の一人であった。

 中年のその騎士は、周りがぎょっとする中、そんな言葉を地獄の中央にいた女騎士へかける。

 その言葉に、女騎士は振り向くと、鼻を鳴らす。


「ふんっ。つまらん揶揄だな」

「おや? 戦場で聞きたいブラックジョークが、何か他にございましたか?」

「ジョーク自体が不愉快だ。他の者も戸惑っているだろう」

「戸惑っているのは、むしろ団長が生み出したこの地獄絵図――いえ、なんでもございません」


 静かに目を細めた女騎士・ロミア団長に、その騎士は両手を挙げて無抵抗を意思する。

 それを見て、ロミアは呆れたように笑った。


「相変わらずの減らず口だな。まぁいい。ビリー、中盤の戦況は?」

「はい。彼らはエドワード団長を中心にまとまっております。また、練想術士たちの中で、エヴィエニス殿を中心とした魔物討伐従軍経験者も動いてくれているようです。最前線にはライル団長がいますし、前方から中盤の戦場離脱は時間の問題かと」


 ビリーと呼ばれたその中年騎士は、先ほどまでの軽口とは違って、冷静に状況を告げる。

 もっとも、それが正確なわけではない。

 すでにレッドオーガたちによって、最前線の騎士たちは壊滅し、多くの人間が犠牲になっていた。

 しかしそんな情報はまだここには届いておらず、彼らは、退却方向は無事で安全だと言うこと前提で、話を進めてしまう。

「問題は、ここより後方ですね。今の魔物が、ただ防衛網を突破した一団だということであればいいのですが・・・・・・」


「防衛網自体が瓦解されたとなると、すでに多くの騎士が犠牲になったかもしれない、ということか」


 険しい顔をしたロミアは、それをすぐに振り払おうとして、しかしある者に気づく。


「おいビリー」

「なんです?」

「あれはなんだ?」


 そう言って前を顎で示すロミアに、ビリーをはじめとした騎士が目を向ける。

 そこからは、何かが近づいてくる。

 正体は遠くて分からぬが、土煙が立っていた。


「・・・・・・あれは、騎士ではないですね。新たな敵かと」

「全員、戦闘配備につけ」


 そう言って、ロミアは血糊を払う。


「ここは我らで食い止める。壊滅・潰走させる必要はない。できる限り敵を足止めさせる。よいな」

「承知しました」


 その言葉を受け、ビリーは背後を見る。

 彼女の意思はすぐにその場の騎士全員に伝えられる。

 こうして、ロミアをはじめとした騎士たちの、しんがりの戦いが始まった。

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