33.必死の功名
衝撃で、サージェは吹っ飛ぶ。
横へ、だ。
てっきり上から打撃を喰らうと思っていたサージェは予期せぬ衝撃に混乱する。
だが、すぐに顔を上げて、状況を悟る。
目を向けた先では、シグが膝をついた状態から立ち上がろうとしていた。
みると、肩から背中にかけてを押さえている。
そして、顔を苦痛にそめながら、口から血を流していた。
「シグ!」
思わず、声をかける彼女の前で、シグが落ちていた剣を拾い上げる。
そして、背後から迫るレッドオーガを睨みあげた。
「サー、ジェ。逃げろ・・・・・・」
苦しげな声で、しかしシグは言う。
「早く、後退しろ。命令だ」
「で、でも――」
「いいから・・・・・・行けぇ!」
そう叫び、シグは立ち上がる。
そんな彼へ、レッドオーガは棍棒を振り上げた。負傷したシグに、優位を確信しているのか、その顔には笑みが浮かぶ。
だが、それが愕然としたものに変わった。
棍棒を叩きつけようとしたレッドオーガに、シグは切り込んで腹部を貫いたのだ。
鋭く、かつ思わぬ反撃にレッドオーガは棍棒を落とす。
「時間は稼ぐ。だから、早く・・・・・・!」
レッドオーガを刺し、押し倒しながら、シグは言う。
そして、咳き込み、口から軽く血の泡を吹いた。
そんな彼へ、レッドオーガたちは迫る。
仲間を散々に倒した彼に怒っているのか、彼らの目には憤激の色がある。
奴らに対し、シグは薄く笑う。
悲壮で凄絶なその笑みは、手負いの騎士ながら戦う者特有の笑みだ。
「し、シグ・・・・・・!」
サージェが呼ぶが、シグは振り返らない。
彼女の声が耳に届いていないのか、あるいは無視したのか、シグは前進する。
その様子を見て、サージェは手を伸ばすが、へたり込んだまま伸ばした手は。当然届かない。
少女の手を無視し、騎士は手負いのまま戦場に戻っていく。
だが、それを押しとどめる者が、いた。
サージェの横を駆けた馬の影が、シグの目前で急旋回して、立ち止まる。
シグは、足を止め、馬上の人を見る。
「これだけの赤鬼を、食い止めていたのか・・・・・・見事だ!」
そう言ったのは、壮年の、髭を蓄えた男だった。
それは、騎士であるがセルピエンテの者ではない。
「後は我らに任せられよ! 受けた恩義は、ここで返そう!」
そう言って、壮年の騎士は剣を振り上げる。
直後、サージェの背後から多量の馬たちが横切って前進してくる。
見ると、そこからは五十以上の騎士たちが、馬上の人となって突撃してくるところだった。
その正体は、神聖マクスブレイズ王国の騎士たちであった。
状況を見て、自分たちも助太刀した方が良いと考えたのだろう。
彼らは勇敢にレッドオーガへ突撃していくと、あろうことか瞬く間に魔物たちを押し始める。
元々数が、シグたちの奮戦で減っていたとはいえ、それでもなお敵を圧倒するのは、なかなかに壮観であった。
その光景に、シグはほっと肩を下ろす。
「この分なら、任せても大丈夫か・・・・・・」
その言葉どおり、マクスブレイズの騎士たちがレッドオーガたちを撤退匂い混むまで、さほど時間はかからなかった。
「感謝します。ありがとうございました」
敵を蹴散らしたマクスブレイズの騎士たちに、シグはそう頭を下げる。
それに対し、馬上にいたマクスブレイズ騎士たちは笑う。
「気にするな。君の勇敢さに比べれば、まだまださ」
「状況からすると、逃げる民たちの道を開こうとしたのだろう? 失敗はしたようだが、大した勇気だ」
そう、マクスブレイズの騎士たちは口々にたたえる。
それに、かぶりを振るシグに、馬上にいた一人の少女騎士が歩み寄ってきた。
「そうそう、貴方に伝言ね。助けてあげるから、昨日の分はこれで帳消しにしてって、ある方から」
「ある方?」
少女騎士・カメリアの伝言に、シグは一瞬不審がるが、すぐに誰からの伝言か察したようだ。
「そうですか。こちらも礼を言っていたことを、お伝えください」
微苦笑すると、相手も同じ顔をする。
「了解。と、それより君、あの子に何か言ってあげないと」
言われ、シグは背後を振り向く。
そこでは、サージェがビクッと肩をふるわせていた。
そんな彼女へ、シグは笑みを消した後、しかしすぐに揶揄の笑みを浮かべる。
「どうした? そんなに怖かったのか?」
からかうような、相手を少し苛立たせるような言い方だった。
だが、
「うん・・・・・・」
相手は、素直に頷く。
「ごめんなさい。ごめん、本当に・・・・・・」
ふるふると震え、目に涙をためながら、サージェは謝る。
それを見て、シグは言葉の選択を誤ったことと、自分の見通しの甘さに自噴を覚えるのだった。
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