生と死の狭間にて―――――――――――――――――――――――――――

32.敵中に生まれし活路

 レッドオーガの集団に突入すると、シグは敵が攻撃を仕掛けるに先んじて切り込んでいく。

 突然現われた一人の騎士に、レッドオーガたちは軽くみていたのだろう、油断して立ち向かったがため、彼らは続々と切り伏せられていく。

 血飛沫が舞い、悲鳴と怒号があがる。

 先ほど以上に鋭く激しく、突貫していくシグに、赤鬼たちは混乱に陥る。

 その様子を、背後から見ていたサージェだったが、今度はただ静観しているわけではない。

 彼女はシグのように敵には突撃しないものの、彼が生み出した空間まで進み出ると、赤鬼から充分に距離を置いて、杖を構える。

 そして、遠距離から杖を掲げた。

 そして、脳内での『想起』を開始した。


(周囲の酸素を凝縮、ラインを形成。同時に、魔導石による炎の発現――!)


 そう唱えると、彼女の持つ杖の、先端の赤い宝石の周りで炎が発生する。

 そして彼女は杖を振りかぶり、それを前方のレッドオーガめがけて振るう。

 直後、炎は一直線に空間を奔り、赤鬼に衝突して彼らの身体を炎上させる。突然の着火に、その赤鬼は悲鳴を上げ、その熱量に悶え苦しむ。

 すかさず、サージェは追撃する。


(水素の凝縮を開始――吹き飛んで!)


 そう念じた直後、赤鬼の周りで爆発が起きた。

 激しい音は、赤鬼の身体を粉々に吹き飛ばし、その肉体の一部をそぎ落とす。即死とまではいかないが、致命傷を与える事には成功した。


(うっ――やっぱり慣れない・・・・・・)


 敵を倒すサージェだが、魔物とはいえ生物の肉体を破壊するのには抵抗があるようで、内心気持ち悪さを覚える。

 生来心優しい少女であるだけに、魔物であったとしても、殺害という行為にまだ不慣れなのだ。

 だが、今はそんなことをいっていられない。

 一体倒したことにより、レッドオーガたちもサージェを敵と認識して、迫ろうとする。

 それを見て、サージェはすぐに攻撃の構えを取る。

 彼女が使う炎の技と爆撃は、魔術ではない。

 それは、武装練想術と呼ばれる、練想術の応用だった。

 魔術が魔力と呼ばれる、一部の者にのみ備わった特殊な力で様々な力を発現させるのに対し、練想術は脳内に理論をイメージすることで現象を操る。

 魔術が神秘の力であるのに対し、練想術は科学・化学の力なのだ。

 人間が発見し、学び、証明した力を、練想術士たちは技として用いる。

 脳内で想起した論理の知識を、実際に発現させる練想術を用いる戦い方――それが、練想術士の戦い方であった。


 そんな現象の操り主であるサージェへ、レッドオーガたちは迫ろうとした。

 だが、それをシグが阻む。

 サージェへ意識が向いたレッドオーガたちに、彼女への接近は許さないとばかりに、シグは刃をたたき込む。

 次々とあがる血煙に、サージェへ意識を向けていたレッドオーガたちは、シグへ意識を戻さざるをえない。

 そして、棍棒を振り上げ、彼をたたきのめそうとする。

 が、そんな攻撃をシグは背に目があるように的確に避け、サージェと共に反撃した。

 シグが切り込み、攻撃の足がかりを作ると、サージェは離れた位置から現象を操り、炎と爆発で敵を打ち倒していく。

 それに、レッドオーガたちは翻弄される。

 被害を覚悟でサージェに向かえば、数で押すことは出来たが、レッドオーガたちには咄嗟にそこまで頭を巡らせる知者はいなかった。

 徐々にであるが、彼らは押されはじめ、集団の中に穴が出来ていく。

 そんな中で、背後の丘の方角から、迫る気配があった。

 馬車である。

 シグたちが確認していた馬車が、戦場に到達したのだ。

 レッドオーガと、彼らが生み出した血と死の地獄に、馬車は突入してくる。

 それを見て、シグは戦況を確認する。

 馬車が突破するための道は、ほぼほぼ出来ていた。

 後は、この間隙を馬車が突っ切り、自分とサージェはそれを援護すればいい――そう考えた。

 その考えが浅はかだったとは、彼は気づくのが遅れる。


 戦場に到着した馬車たちは、あろうことか、レッドオーガを目前に、急停止をしたのだ。

 それは、この場におけるもっとも愚かな行為であった。

 敵を目前に、非戦闘集団が脚を止めれば、何が起こるかは目に見えている。

 だが、彼らは気づいた光景に恐れたのだ。

 必死に丘をここまできた彼らは、敵を目前にしてようやく、この惨状を目視したのである。

 それを見て、怯んでしまう。

 目の前にはシグたちが作った逃げ道があるのに、そこを突っ切るだけの機転と、勇敢さはなかったのだ。

 まだ若いシグは、そこまで一般の人間では知恵が回らない事に気づけなかった。

 結果として、馬車たちは足を止め、そして急な制止によって続々と衝突事故を起こす。

 そして一部が、中から馬車の中から飛び出して、不幸にもレッドオーガの目前までやってきてしまう。

 気づいたシグと、サージェが顔色を変える。

 それに、シグたちはすぐには間に合わなかった。


 レッドオーガの棍棒が、飛び出してきた老人の頭部に叩きこまれる。鈍い音とともに叩きこまれた凶打で、その者の身体は押し潰れ、地面に崩れ落ちる。

 即死とは行かなかったが、それでも頭部にレッドオーガの膂力の一撃を受け、老人は頭から血を流して気絶する。

 そんな男へ、赤鬼は棍棒を引き続き叩き続ける。

 何度も。何度も何度も――

 やがて、その老人は絶命した。

 その光景を皮切りに、壊れた馬車から飛び出してきた人々は悲鳴を上げる。

 そして、自分は助かろうと、各方向に一目散に逃げていく。

 一方向ならまだ守りようはあった。だか彼らは、四方八方へ逃げ出す。

 そんな獲物をみて、レッドオーガのうち、シグたちとの最前線にいない者たちは、殺到する。

 その一方向に、逃げ遅れた子供たちの集団がいた。


「――っ!」


 それに気づいた時、サージェは走り出していた。

 そして、彼女は勇敢にも、そちらへ向かおうとしていたレッドオーガの前へ立ちはだかる。


「――ッ!」


 シグは、その行為に激昂しそうになりながら、駆ける。

 サージェの前には、三体のレッドオーガがいた。

 彼女は杖をふるって、炎と爆撃でレッドオーガに対抗しようとする。

 迫った三体のうち、二体はそれでなんとか足止めする。

 だが、残り一体は咄嗟に地面を叩く。

 それによって生じた土つぶてが、サージェを襲う。

 つぶてと言っても小石の散弾に等しいそれに、サージェは悲鳴とともに吹き飛ばされた。

 そして、転がった際に杖を手放してしまう。


「しま――」


 無防備になった彼女へ、レッドオーガは迫る。

 そして、恐怖で顔が引き歪んだ彼女へと、棍棒を叩きつけた。

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