31.惨劇の跡地で
「これは――」
目の前の光景に、サージェは愕然とする。
シグと共に、はじめ突破をするために前へ急いでいた人々を追って、サージェは南へ急いでいた。
そしてその過程で、シグが多くの人間を救うのを目撃した。
彼と共に向かえば、被害は抑えられる――彼女はそう思っていたし、そう油断していた。
そんな彼女が、シグと共に南方にある小丘を登り、そこから下を見下ろした時飛び込んできたのは、血腥く、凄惨で、残虐的すぎる光景だった。
小丘の向こうは盆地となっており、普段ならば広い緑の平原が広がっていたことだろう。
しかし、今そこは紅と死臭に染まっていた。
目下のあちこちには、破壊された馬車や牛車が、そして、数え切れない程に多くの人々が転がっていた。
すでに、死骸である。
中には剣などを手にした騎士や杖を持った魔術士の姿もいるが、その多くは女子供や老人といった、民間人のようだった。
ほぼ全員血に染まり、血の池に沈み、五体満足でいる者はいない。
腕や足が吹き飛び、頭部が粉砕され、骨や臓器が顔をだしているものも少なくない。
そんな人々の死体の山が、風に乗って死臭や血の匂いを生み出していた。
そしてその惨劇の中に、多くのレッドオーガの姿がある。
彼らは、返り血を浴びてその身をさらに紅く染めながら、こちらに向かって歩みを進めようとしていた。
「骨が折れそうな数だな」
その数を見て、シグは言う。
彼は真っ赤になった刃から血糊を払い、そしてあの赤い鬼たちを見る。
その言葉に、サージェはぎょっと振り向いた。
「あれと、戦う気なの?! 一人じゃ無理だよ!」
数は、十や二十ではない。
少なくとも百体、下手すればその三倍はいるだろう。
この場に広がった死体は、間違いなく奴らによって築かれたもののはずだ。おそらくは、ここで民間人とそれを守ろうとした騎士たちが遭遇し、そして奴らの前にむなしくも命を散らされたのだろう。
おそらく抵抗もしただろうが、多勢に無勢で殺されたのみるのが妥当だ。
それを相手に戦う気のシグに、流石に彼の実力も見たサージェでも驚愕する。
彼女の目に対し、シグは淡く笑った。
「別に皆殺しにする必要はない。あぁ言った軍勢は、こちらを恐れさせれば勝ちだ。そうすれば、向こうも勝手に逃げ出す」
「それでも無茶だよ! 一体どれだけ倒せばいいと思っているの?!」
常識的に考え、サージェは言う。
もっともすぎるその意見に、シグは顎を引いた。
「別にすぐ突撃しようとは思っていない。直に後ろから、他の騎士たちも追いつくだろう。そこから、攻勢に出れば――」
そう言って、無謀に攻める気はない、とシグは言おうとした。
だがその時、背後から気配がした。
シグたちはそちらを振り向く。
するとそちらから、勢いよく駆けてくる馬車の群れが確認出来た。
おそらくは、民間人を乗せた馬車だろう。
それが、一斉にこちらへ向かってくるのが確認出来た。
それを見て、サージェは目を丸め、シグは頬を強ばらせる。
「な、何であんなに馬車が来るの? まだ南の安全は確保されていないのに!」
「分からん。だがこのままではまずい」
そう言って、シグは丘の下を見下ろす。
後で分かったことだが、その馬車は、騎士たちの制止を振り切り、後背と横から迫る魔物からとにかく離れようと、勝手に南下した集団だったようだ。
複数の馬車がそのような行動を取ったため、それにつられ、芋づる式に他の馬車も先を急いでやってきてしまったのだという。
だがそんなことを知らないシグたちは、当然焦る。
このままでは、馬車は護衛もなしに魔物の中へ突っ込むことになる。
そうなれば――何が起こるかは自明だった。
「と、止めなきゃ! 早くあの馬車を!」
「いや、無理だ。あのスピードの馬車は、急には止まれない」
「じゃ、じゃあどうするの?!」
完全にパニックになるサージェに、シグは苦い顔で言う。
「あの魔物の群れの中に、突破口を作る。それしかない」
「それって・・・・・・」
シグの出した結論に、サージェは顔を青ざめさせる。
結局、あの群れの中へ飛び込むしかないということだ。
「お前は来るな。危険すぎる。俺一人でなんとかするから――」
「・・・・・・嫌だ」
「は?」
「私も、戦う」
震えながら、しかしサージェは言った。
その言葉に呆気にとられたシグは、しかしすぐに目を細める。
「何を馬鹿なことを。お前じゃ無理だ」
「シグ一人だけ、行かせる事なんてできない。私も、戦うから」
「そんなに怯えているくせに、戦えるわけないだろ」
そう言って、シグは震えるサージェを見る。
「そもそも、お前にあの魔物を倒せるのか?」
「た、倒すもん」
「どうやって?」
「ぶ、武装練想術で」
そう言って、サージェは背に抱えていた杖を取る。
武装練想術というのは、練想術士が使う魔術のようなものだ。正確には違うが、およそ魔術のようなものと思って良い。かなり万能な力であり、戦闘能力は非常に高かった。
だが、それでもシグは疑念を向ける。
「お前、強いのか?」
「・・・・・・つ、強いよ」
「目を泳がせながらいっても説得力ないぞ」
「うぐっ・・・・・・」
「・・・・・・やはりここへ残れ。俺がなんとかするから――」
「置いて、行かないで」
立ち上がろうとするシグだったが、そんな彼を、サージェは掴む。
「怖いのか?」
呆れた風に言う。
この場になって、一人でいるのが嫌だというかという問いだった。
「怖いよ。シグが、一人で死にそうになるのが」
シグは、その言葉に振り向く。
サージェは、目を潤ませ、怯えていた。
自分の身を案じた恐怖ではない。
大切な人間を、失う事の恐怖がその目には宿っていた。
「私にも、戦わせて。シグを、手伝わせて」
「・・・・・・一つ、約束しろ」
呆れた風に溜息をつき、シグはサージェに顔を近づける。至近距離で見られてドキッとする彼女だが、シグは構わず言った。
「俺は万が一の時は自分を守れる。だがお前は、それが出来るか怪しい。だから、危険になったら第一に自分の身を守れ。俺のために無理をするな。いいな?」
少し威圧的に、聞かなければ許さないと言った調子でいう。
それに対し、サージェは頷く。
それを見て、シグは顔を離す。
「お前に傷一つついたら、他の連中に恨まれる。だから、絶対無理はするな」
念を押すように言うと、シグは丘を下り始める。
それにサージェは杖を抱えながら、シグに従うように進むのだった。
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