30.シグの実力

 シグの直感と判断は賢明で迅速だった。

 周囲から襲いかかろうとする目の前の魔物に囚われることなく、すぐに魔物たちの狙いに気づいたのは流石といえる。

 しかし、それでも彼が気づくのはやや遅かった。

 シグが最前線にたどり着く頃には、すでに人々がパニックになり、阿鼻叫喚していた。

 原因は、複数に及ぶ巨大な影だ。

 赤黒い硬質な肌を持ち、人の数倍の大きさを持つ巨体が、棍棒を手に人々を追い回している。

 魔物の一種・レッドオーガだ。

 赤鬼とも呼ばれる奴らは、並みの騎士では数人がかりで相手しなければならないほどに危険な膂力と凶暴さを持つ大型の魔物である。

 それが今、集団となって人々を襲っていた。


「ど、どうしよう、シグ?!」


 逃げ惑う人々と、人々を追い回す赤鬼の群れに、サージェは混乱し焦燥する。

 対して、シグは剣を抜いた。


「俺の側から離れるな。ところで、魔物と戦ったことはあるか?」

「こ、小型の弱い魔物なら。でも、こんな大きい相手は――」

「分かった。無理は求めないから、できる限り俺の側を離れるなよ」


 繰り返し言い、シグは早足で前へ出る。

 それを見て、サージェは後に続く。

 剣を手にしたシグは、赤鬼の群れ、その中で手近な斜め前方の集団に向かう。

 そこでは、女子供の集団が、今まさに赤鬼に襲われそうになっていた。手近にある馬車が破壊されていることから、そこより逃げてきたのだろう。

 悲鳴を上げる彼女らに、襲いかかるレッドオーガ――まさにその瞬間。

 赤鬼の棍棒が、それを持った腕ごと宙を舞う。

 血飛沫と共に舞い上がったそれが、くるくると飛ぶ中、女子供の前に、シグは立ち塞がった。

 レッドオーガ三体の前に、シグはただ一人で立ちはだかる。

 それを見て、女子供たちは驚くとともに、救世主を見るような目で、シグを望む。


「遅くなりました。早く鬼の居ない方向へ」


 よく通る声で言うと、シグはレッドオーガへ歩み寄る。

 たった一人で、複数のレッドオーガへ・・・・・・それは、一人で十人に挑むに等しい行為だった。


「シグ!」


 慌てて、サージェが叫ぶが、その時にはすでに、レッドオーガたちも反撃に出ていた。

 腕を切られた個体をはじめ、彼らは一斉に、シグへ棍棒を振り上げ、手を伸ばす。

 捕まれば死は免れないそれに、シグはなんと前進していった。

 素早く飛び込んだ彼は、剣を翻して伸ばされた赤鬼の掌底を切り裂き、その腕に飛び乗る。鬼の巨大な二の腕に乗った彼は、素早くそこを駆け上がり、鬼の顔面へ剣を叩きつけた。

 切るというより叩きつけると言った重い斬撃は、鬼の表情を爆破させ、その頭部を粉砕する。その鬼は血潮と脳漿をぶちまけながらのけぞり、勢いよく背中か大地に沈んだ。


 その砕けた顔面を足場に、シグは背後のレッドオーガへ向かう。

 先頭の一体が瞬殺されたことに瞠目する彼らへ、シグは矢のように飛びかかる。そして、相手が反射的に防御を固めようと腕を上げる中、その腕を空中で身体を旋回させ、勢いよく叩き切った。

 切断まではいかなかったが、それでも腕半ばを切り裂く斬撃に、レッドオーガは蹈鞴を踏むように後退し、ガードをこじ開けられる。

 空中から着地したシグは、そこから間髪入れずに地を蹴って、レッドオーガの腹部へ剣を突き立て、抉るようにして剣を縦に薙ぎあげた。

 ぱっくり開いた原から腹部にかけての傷口からは、血の奔流ととも内臓の一部が顔を出す。それに赤鬼が悲鳴を上げる中、シグは身体を回転させながら蹴りを放ち、自身の数倍ある赤鬼を、いとも簡単に吹き飛ばした。その瞬間傷口は音を立てて割れ、腹部からは臓物が吹き出るとともに、赤鬼がその場から立ち上がるだけの能力を奪い取る。


 巨体が音を立てて沈む中、最後の一体は、半ば怒り、半ば錯乱してシグへ襲いかかった。

 棍棒を両手で持ち上げたそいつは、勢いよくシグへ、それを叩きつける。

 しかし、シグは慌てない。

 彼は軽くステップを踏むかのような余裕さで横へ移動してそれを躱すと、粉塵があがり、土つぶてがまき散る中で、鬼の懐へ潜り込む。そしてその喉元へ、剣を突き立てた。

 右腕一本による刺突で喉を切り裂いた彼は、その剣をさらに横へ薙いでレッドオーガの喉を掻き切る。それに鬼がくぐもった声を上げる中で、左足を右の脚で絡め取り、鬼を横手へ転倒させた。

 三体のレッドオーガが地に沈んだのを確認すると、シグは背後を確認する。

 そこで、女子供たちが逃げていき、サージェも無事な様子を確認する。

 自分の戦いぶりを見てのものだろう、サージェは目を見開き、茫然としていたが、シグはそれよりも何より、彼女の安全を見て胸を撫で下ろす。

 そして、その余韻には浸らない。


「行くぞ。まだ、逃げ遅れている人がいる。助けなければ」

「う、うん」


 サージェが頷くのを見て、シグはさらに前線へ、戦場へ向かう。

 前方では、悲鳴と怒号が続いている。

 逃げ惑う人々、戦う騎士たちを救うべく、シグは進まなければならなかった。




 シグの戦いぶりは、凄まじい。

 彼が若手の騎士の中でも腕利きだと聞いていたサージェだが、まさかここまで強いとは思わなかった。

 彼は、数人力はある赤鬼たちを、あのおどろしい怪物たちを、皆ことごとく切り伏せていく。

 その戦いぶりは力強く、頼もしく、そして味方ながら恐ろしさを感じずにはいられないほどだった。

 そんな彼の戦いぶりで、救われた人間は多く居る。

 彼らはシグが立ち塞がる間に逃げ出し、後退していき、なんとか安全を確保しているようだった。

 この調子なら、被害は最小限に抑えられる――サージェはそう思った。

 それが間違いだと気づくのには、さして時間はかからなかった。

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