青年騎士と練想術士少女の奮起―――――――――――――――――――――
29.魔物たちの戦術
魔物が現われた――練想術士の一人が慌ててそう告げた時、シグは緊急事態を悟りつつも、心のどこかで甘く考えていた。
彼の想像では、四方八方から押し寄せたそれは、せめて十から百程度の小勢だと想定していたのだ。
その予想は、大幅に間違っていた。
現われた魔物たちは、群れではなく、軍勢だった。
そう、『軍勢』だ。
避難民たちの後背と、それと街道の遥か脇に見える山々から姿を現した魔物たちは、千から一万はいるだろうほどの大量の勢力を為していた。
そのあまりの多さに、気づいた人々や騎士の間からは、悲鳴と怒号が響き合う。
「一体、どこから湧いてきた?」
ロミアから馬を借りたシグは、そう言いながら避難民の前方へ駆ける。
彼と同じ馬には、彼の前で支えられながら、サージェも馬にまたがっている。
彼女は、こちらに向かってくる魔物たちの群れに、軽く震えていた。
「こんな数と魔物と、戦わなければならないの?」
不安とおびえの声を、サージェは思わず口にする。
馬を走らせながら、シグは険しい顔だった。
「こう言うのは騎士失格だが、全員を守る事は不可能かもしれない。だが、少しでも多くを守らなければいけない」
素直にそう語り、さらに言う。
「だが、お前は絶対守る。俺のそばを、離れるなよ」
「・・・・・・うん。信じてるからね」
いつもの道化を捨てて、真剣なシグの言葉に、サージェは心強く思う。
シグの腕前は、実は騎士以外でも有名だ。
まだ若いながら、ロミアの補佐を務めていることから、自然と噂は耳にしている。ただその腕前の有名さが、かえって練想術士たちの不興を刺激していたのだが。
やがて、シグは混乱した様子の人々の横を通り過ぎ、前方にいる騎士団の集団の元へたどり着いた。
「伝令! ロミア団長から、緊急時の対応を取るようにとのこと! 後方の指揮はロミア団長が執り、前方はライル団長の指揮で、魔物を防ぎつつ民を避難させろとの指示です!」
珍しくシグが声を張って、指示を伝える。
あえて大声で言ったのは、ロミアからの指示を明確に伝えることで、騎士の動揺を沈め、奮起させるためだ。
その判断は正しかった。
浮き足だちかけていた騎士たちも覚悟を決める。
「よし! では第一から第七は右方を、第八から第十四までは左方を守れ! 第十五から十九は前方の確保、残るは遊撃兼民衆の護衛として各自判断で動け!」
そう騎士団の中から声を放ったのは、指揮の長である中年の団長、ライルだ。
その言葉に、サージェは尋ねる。
「シグ。私たちは?」
「遊撃兼護衛だ。馬から下りるぞ。別の騎士に渡す」
そう言うと、シグたちは馬から下り、片側を守る別の騎士に馬を渡した。
現われた魔物の種類は、一定ではない。様々な種類の魔物だった。
大多数は人の姿を模した狼型・虎型の魔物であるワーウルフとワータイガー、中には豚型のオークやトカゲ型のリザードマンが混じっている。そして上空には少数であるが、半人型の鳥であるハーピーや、純粋な小型の鳥の食人カラスの姿もあった。
それら魔物の接近に、人々がパニックになる中、シグは冷静に彼らを遠視して、目を細める。
「おかしい・・・・・・」
「どうしたの?」
サージェが尋ねると、シグは言う。
「陸上の魔物の中に、武装しているものがいる。それと、あまりこの地域にはいないはずの魔物も混じっている」
言われ、サージェはそちらを確認する。
確かに、魔物の中には、鎧で武装した者もちらほら見える。
また、シグが言うには、この辺りにはワーウルフやワータイガーなどはいるが、オークなどは出ないとのことだ。
「それって、どういうこと?」
「・・・・・・かなり妄想に近いが、どこからか魔物たちが、この避難民集団を襲うためだけに遠方からやって来たのかもしれない」
その言葉に、サージェは息をのむ。
この場合、驚くのはその事実というよりも、ある可能性だった。
それについて、追及する。
「どこからかって、どこから?」
「北の・・・・・・いや、違うはずだ。マクスブレイズからの軍勢は、北の軍港で足止めされている。忘れてくれ、気にするな」
言いかけ、自分で否定しながら、シグはサージェに深入りしないよう求める。
サージェは、それに納得したわけではないが、頷く。
今はそれよりも、魔物から人々を救うことの方が重要なのだ。
すでに戦いは始まっている。
左右に散った騎士たちが魔物の軍勢と防戦を繰り広げ、彼らが足止めしている間に、避難民たちは先を急いで逃げている。
「敵との数は互角。おそらく足止めは上手くいくだろう。問題は、空から一部の魔物が突破してくるかもしれないから、それに注力して・・・・・・」
言いかけ、シグはふと口を閉ざす。
そして、何か考えはじめ、徐々に表情を強ばらせた。
「シグ?」
サージェが不審げに声をかけるが、シグはすぐには反応しない。
彼の脳裏には、ある懸念が浮かんでいた。
敵は、あらゆる方角から現われた。
そして避難の集団を、左右と背後から襲っているという。
ここで、一つの疑念が生じる。
(何故、包囲をしない? 何故、前方だけ敵の影がない? それでは、みすみすそこから人々を逃がすようなもの・・・・・・)
そう考え、シグはある可能性に気づく。
魔物は群れをなす時、当然ながら群れのリーダーを持つ。
人も同じ事だが、軍勢を為す時に大将を用意し、軍を率いる。
そこまで考え、周囲を見る。
彼らを率いる、大将らしきものはいるか?
すると、部将のように群れ全体を指揮するような、奮い立たせるために大暴れする個体は、ほとんど見受けられない。
全部が、おのおの好き勝手に暴れ回っている。
「くそっ! まずい!!」
「シグ? どうしたの?」
「奴らの中に賢い個体がいたら・・・・・・最悪の事態になる!」
そう言って、彼は周囲を警戒し、遊撃の準備を整えた騎士へ言う。
「アーノルド! ロビンソン! ここを任せて良いか?!」
「どうしたシグ? まだ我々が出るのは――」
「敵の狙いは、我らの突破先だ! そこに、敵の精鋭が待ち構えている可能性がある!」
不審そうな騎士に、シグは言う。
その指摘に、騎士たちは「あっ!」と気づく。
敵を包囲殲滅する時の戦術には、わざと一つ、突破できそうな脆い箇所を用意するというものがある。敵にそこを無我夢中で突破させ、疲弊して安堵したところを、隠していた精鋭が襲いかかることで、楽に殲滅するという戦法であった。
シグが、そんな敵の狙いに気づく。
賢い魔物には、それぐらいの知恵を働かす者も当然いる。
「分かった! シグ、急ぎ前方へ向かってそのことを伝えろ!」
「あぁ!」
言って、シグはサージェと共に、今度は前線へと向かいだした。
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