28.謝罪と怒りの訳
ロミアの元へ向かうため、二人は移動する。
特に急いでいるわけではない。
シグの目的はサージェと話して謝ることにあるから、むしろその行程はゆっくりの方がよい。
だが、二人は早歩きであった。
そうしているのは、サージェだ。
ゆっくり歩こうとするシグに、彼女は容赦なく、早足で進んでいる。
間違いなく、二人きりでゆっくり進むのが嫌なのだろう。
早歩きの彼女に、シグは固い笑みで、声をかける。
「そんなに急くな。別に慌てているわけじゃ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「サージェ?」
反応がない相手に、シグは声をかける。
だが、依然として相手は返事を返さない。完全に無視を決め込んでいて、スタスタと先へ進んでいく。
それを見て、シグは頬を掻いた。
「ひょっとして、怒っている、か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
依然として無言と無視、気まずい空気が流れる。
少しの沈黙を挟んだ後、シグは意を決し、言う。
「その・・・・・・すまん。いろいろと」
「・・・・・・何が、すまないなの?」
ようやく、サージェは言葉を返す。
振り返った彼女は、頬を膨らませ、シグを憎らしげに睨む。
「私、分からないなぁ。具体的に言ってくれないと」
「・・・・・・とにかく、すまん」
ただひたすらに、シグは謝る。
が、その反応はかえって火に油だったようだ。
サージェは、言葉に不満を表すように、険しい顔のままそっぽを向く。
なかなか続かない会話に、シグは言葉に迷う。同時に、今まで彼女を疎んじていたツケが、今になって回ってきたのを、ひしひしと感じていた。
仕方なしに、一つずつ触れる。
「えっと・・・・・・その、この前の庭園で、ひどいことを言ったことから、か」
「・・・・・・何がひどいと思うの?」
「エヴィーのことを、侮辱したこと」
言葉の内容を思い出し、シグは言うと、サージェの顔色を確認する。
適解を選んだつもりであったが、サージェはなぜだか不満顔だ。
「それだけ?」
「え?」
「それだけなの? 謝るべき理由は」
「・・・・・・それから、その、エヴィーを励まし続けたお前の行為を侮辱したことや、あの姫様の味方のように振る舞いをしたこととか、あとは・・・・・・」
「そうじゃない」
理由について、思いつく限りのことを口にしていたシグに、サージェは痺れを切らした様子で声を荒げる。
その反応にシグが口を噤む中、サージェは言う。
「そうやって、私と一緒にした過去のことには目を背けて。私が一番怒っているのは、そこだよ」
「・・・・・・えっと、それはどういう・・・・・・」
「シグはさ、私と一緒にて、頑張っていた自分のことには目を向けてないでしょ。私が一番怒っているのは、そこ」
ふくれっ面で、サージェは自分の不満を語る。
その様子と顔立ちは、可憐な容姿に相まって妙に愛らしい。だが、流石にそのことを触れるのは、逆鱗に触れるのと同義であるので、シグは黙って彼女の言葉を聞く。
「エヴィーを一緒に励ました自分と、その際私と一緒に奔走したことも考えていないことが、一番不快なの。分かった?」
「・・・・・・ごめん」
少しばかり威圧的に叱るサージェに、シグは素直に謝った。
流石に、ここで軽い笑みを浮かべるような真似はしない。
できる限り誠実に謝ると、それについてサージェは顎を引く。
「じゃあ、『そのことについては』許してあげる」
「ありがとう。あと、それから、そうだな・・・・・・」
一応、許してもらったシグだが、あくまで許されたのは庭園での言動についてだけだ。
謝ることなら、まだまだ山ほどあり、そのどれから謝っていくべきかについて、彼は迷う。
珍しく、その顔には困った表情が浮かんでいた。
「ふふっ・・・・・・」
不意に、サージェが笑う。
「? どうした?」
「いえ。いい気味。そうやって、シグが迷い悩んでいるのを見ると、胸がすっとする」
微笑みながらサージェが言うと、シグは思わず苦笑を浮かべた。
「なかなか性格悪いな、お前」
「シグに言われたくない。でも、一つ聞くけど」
「なんだ?」
「どうして、謝ろうと思ったの、今」
問いただされて、シグは言葉に詰まる。
果たして事の次第を素直に言うべきか、視線を落として考えた。
やがて、彼はやはり素直に伝えるべきと考え、意を決する。
「・・・・・・母さん、団長に言われて、さ。あと、父さんやエヴィーにも、前に注意されたから、かな」
「そう・・・・・・」
「あと、これからいつ、言えなくなるか分からないからかな」
不穏な言葉に、サージェは振り向く。
その視線が直視出来なくて、シグは目を背けたまま、続ける。
「この避難の中で、なにがあるかは分からない。だから、まず謝ることだけ謝っておこうと思って・・・・・・」
「私は、謝罪が聞きたいわけじゃないよ」
怒っていた筈のサージェは、そこで寂しい顔をする。
哀しみが、滲む。
「本当に、聞きたいのは、本当のこと」
「・・・・・・そうか」
「教えて、くれないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何のことかは、具体的には言わない。
しかしそれでも、何のことかは以心伝心で分かった。
それは、二人が幼馴染みであるがゆえ、言葉のニュアンスから通じるものだ。
シグは、無言のままだ。
ためらうというより、そこからは固い意志を感じる。
「今でも言えないなら、無理には聞かないよ。でも・・・・・・」
いつの間にか、早足でなくなっていたサージェは、横に並ぶシグの袖を、きゅっと掴む。
「本当の理由を、その口から聞くまで、私は許さないから。絶対にいつか、いつか話してよ。私が知りたいのは、それだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シグは、相変わらず無言。
しかしその内心では、自嘲の笑みを浮かべる。
(許されなくてもいいと思っている、なんて言ったら、また怒られるんだろうな。今度は、それこそ本気で)
心の裡でのみそう呟く。
彼自身、贖罪は求めていない。サージェに許して貰いたいわけではないし、彼はむしろ、恨まれることを臨んでいた。
二人の間で、しばらくの間沈黙が下りる。
「サージェ! いるか!」
静謐を破ったのは、背後からの声だ。
二人が振り返ると、そこからは何やら慌てた様子で走ってくる、練想術士の男の姿があった。
それに、サージェが不審がる。
「どうしたの?」
「急ぎ、ロミアさんに伝えろ! シグ! お前に頼むのは癪だが、サージェを何が何でも守ってくれ!」
「どうしたのです?」
尋ねながら、しかしシグは何か察した様子だった。
腰のものに、意識が向いている。
「周囲から、やばい気配が続々と押し寄せている! たぶん、魔物だ!」
「どちらから?!」
「言えない! というより、あらゆる方向から押し寄せて来てやがる!」
男の言葉に、二人は一瞬戸惑いを覚える。
どういうことだ、と具体的な説明を求めたかったが、すぐにシグは、具体的に言わないのではなく言えない状況なのだと悟った。
「至急団長に伝えます! サージェ、走れるか?」
「え、あ、うん。分かった」
「俺は他の騎士たちのも伝えてくる! サージェを頼むぞ!」
そう言葉を交わすと、練想術士と別れ、シグたちは走り出す。
彼らは急ぎ、ロミアの元へ向かった。
「――何があった?」
慌ててやって来た二人に、ロミアは胡乱げな顔をする。
ただ、彼女も何か緊急事態が発生したのを察知したのか、鋭い目だった。
シグは、すぐに告げる。
「周囲で魔物が出現したようです。数と方角は未知数。具体的には、まだ分からないようです」
「分からないほど、とみていいか?」
「おそらくは・・・・・・」
その言葉に、ロミアは頷く。
「避難民の先頭方向へ向かえ。後方は私が指揮する。前方は、事前に示した通りの、至急時の指揮系統で動け」
「承知しました」
「それと、団長命令だ」
あえて、と言った様子で、ロミアはシグとサージェを見る。
「そこの練想術士と共闘しろ。そして、絶対に彼女を死なすな。良いな?」
「・・・・・・はい!」
気を遣った、あるいは念を押した彼女の言葉に、シグが頷いたその時――
人々の悲鳴とおぼしき声が、どこからか聞こえてきた。
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