27.素直じゃない者たちの心配り

 王都からの避難の道中は、緊張感に包まれながらも無難に進んでいた。

 普段から整理された街道に沿って行なわれる移動は、想定よりも順調な速度で、その五分の二を消化する。

 途中、人里の少ない山間などで、野良の魔物の群れなどに警戒する必要もあったが、現在のところは、被害は見受けられない。

 むしろ心配なのは避難民同士の諍いであるが、順調な進行ではそのようなことも起きておらず、彼らも避難というよりは、ちょっとした観光気分に落ち着きつつあった。

 そんな人々に、心配は与えないようにしながらも、適度な緊張感を求められる騎士たちのグループで、シグは進んでいた。

 が、その途中でロミアから呼ばれたため、彼は避難民集団の中列へ向かう。


「どうしました?」

「あぁ。少し妙な事態だ」


 シグを呼び出したロミアの目には、警戒感が浮かんでいる。


「周囲に念のために出している、哨戒の騎士の一部が帰ってこない。何かあったのかもしれん」

「帰って、こない?」


 不審な顔をするシグに、ロミアは頷く。


「あぁ。だから、念のため別の手で周囲を警戒する。練想術士の元へ向かってくれ。そこで、エヴィエニス殿に周囲の警戒をお願いしろ」

「了解しました」


 ロミアの命令に、シグは従うためにこの場を去ろうとした。

 が、その時シグは、ロミアに腕を捕まれる。

 少なからず驚き、シグが振り向くと、ロミアはじっと、自分の顔を見ていた。


「? なんです?」

「あぁ、いや、その・・・・・・なんだ」


 怪訝に思って尋ねると、何故かロミアは言葉を詰まらせる。珍しいことだ。

 ややあってから、ロミアは意を決した様子で口を開く。


「この護衛中、何があるか分からん。よほどのことでも無い限り大丈夫だろうが、どこからか人の群れを見た、人食いの魔物が現われるとも限らん」

「えぇ。この集団に危害を加える者がいるなら、それですね」

「そうだ。どんな不測の事態が、今後起きると限らん。だから、だ」


 そう言って、また少し迷ってから、告げる。


「サージェちゃんに、きちんと謝ってこい」

「・・・・・・は?」


 思わず、シグは眉間に皺を寄せて、頓狂な声で首を傾げる。

 疑問の視線を相手に向けると、ロミアは慌てて言う。


「いいから。ともかく、そう、団長命令だ」

「あの・・・・・・ものすごく私意が入っている命令に聞こえるのですが」

「ええい、うるさい。なら、母としての命令だ」


 シグの追及に、面倒にもなった様子で、ロミアはシグを睨んだ。


「この先何があるとも限らないんだ。この国を離れることになったら、それこそその処理で忙しくなる。だから、まだ時間がある今のうちに、謝ってこい」

「何を?」

「何をじゃないだろう。謝ることといったら、一つしかないだろ!」

「いや、たくさんある気がしているのですが・・・・・・」


 そう口にするシグに、ロミアは真顔で固まった後、目を細める。

 明らかに責めるような視線だ。


「お前、幼馴染みにどれだけ悪さしたのだ?」

「そんな目で見ないでください。自覚あるだけ、マシでしょ?」

「そんなわけあるか! まったく、そのふてぶてしさ、誰に似たのやら・・・・・・」


 思わず怒鳴りつけた後、ロミアはぶつくさとぼやく。

 そんな、母の珍しい態度に、シグは、笑ってから頭を下げる。


「まぁ、とにかく行って参ります。それと、これは独り言ですが」

「?」

「なんとなく、父さんが好きだっただろう一面が見られて嬉しいし楽しいよ、母さん」


 そう言ってから、シグはこの場を離れる。

 その際、彼の背中には鋭い視線が突き刺さっていたが、確認するのは怖いので、振り向くことはしなかった。




 練想術士の集団にシグが到着すると、案の定彼は、練想術士から刺々しい視線を向けられた。

 敵意の眼光に、しかしシグはいつものこととして歯牙にかけず、彼らの中を突っ切り、ロミアの言葉をエヴィエニスへと伝えた。


「――分かりました。では、周囲の警戒の処置を、ここに居るメンバーで行なっておきます」

「はい。ありがとうございます」


 そのように礼を言ってから、シグは考える。

 用件の一つは済んだが、もう一つの用件をどうするべきか・・・・・・どうやってサージェと話し合う許可や状況を作って貰うかを思案する。

 ここに来るまでも、いろいろ手立ては考えたが、いい案は見つからず、そのままここへたどり着いてしまっていた。

 思案するシグに、なかなか帰らない彼を不審に思ったのだろう、エヴィエニスをはじめ、周囲の練想術士たちは視線を注ぐ。


「どうしました?」

「あぁいえ・・・・・・その・・・・・・」


 言ってから、シグはなんとなく、練想術士の中にいるサージェを探し、見つけて視線を固定する。

 彼女も、こちらの様子を窺っており、その目には疑念と、少しばかりの警戒感が浮かんでいた。

 その顔を見て数秒後、である。


「――その。いえ、なんでもありません」


 迷いながらもそう言って、シグはあろうことかこの場を去ろうとした。

 考えた末、妙案が見つからないのをいいことに、逃走を図る。


「待ちなさい」


 そんなシグを、エヴィエニスが呼び止める。

 足を止め、振り返ってみると、そこでは彼女が、双眸に少しの怒りと呆れを浮かべていた。

 やや怖いその目に、気づいた周囲がぎょっとする中で、シグは咄嗟に、いつもの軽い笑みを浮かべる。


「なんでしょう?」

「・・・・・・団長がたの元にも、一人ぐらい練想術士を置いておいた方がよいでしょう。一人、遣わせておきます――サージェ」


 おもむろに言ったエヴィエニスは、そう言うと視線を愛弟子に向ける。

 その声に、サージェは驚いたようだ。

 目を丸くする彼女に、話を聞いていたことを前提に、命じる。


「そういうわけです。彼と共に、ロミア団長の元へ行きなさい」

「・・・・・・うん。分かり、ました」


 エヴィエニスからの命令に、サージェは特に反発はしないものの、甚だ不審そうな顔でシグとエヴィエニスの両者を見る。

 そんな中で、エヴィエニスはシグに目を据えた。


「ということです。くれぐれも、彼女に粗相はしないように」


 くれぐれも、というところを強調し、彼女はサージェをシグに預ける。

 その言い方に、シグは微苦笑を浮かべた。


「勿論です。ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことは何もしていません」

「そうですね。ありがとうございます」


 ぷいっと顔を向けるエヴィエニスに、シグは微苦笑を浮かべ直しながら礼を告げる。

 そのやりとりに周囲は不審がるが、ともかくシグは、サージェと二人で話す時間を得ることが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る