避難開始―――――――――――――――――――――――――――――――
26.避難路を行く
「さて。じゃあ俺らは行くとするよ」
王都全体に避難指示が出された翌日、王城の騎士団の駐屯所には、多くの騎士たちが集まっていた。
その多くが、遠出用の制服や装備を身に纏っており、そうでない者たちと会話を行なっている。
互いを激励しあい、これから向かう任地での活躍を誓い合っていた。
それは、シグやハマー、ヴィスナたちも同様だ。
「王子の護衛、頑張ってな」
「あら。シグにしては珍しく素直ね。もっとふざけた口調をしてくると思ったけど」
シグのまともな声に、ヴィスナが意外がる。
その反応に、シグ本人は微苦笑した。
「そっちの方がよかったか?」
「いえ、ありがとう。頑張ってくるわ」
「とはいえ、大変なのはシグの方だろうけどな。避難中、何もなければよいが・・・・・・」
笑うヴィスナに対し、ハマーはシグを見ながら心配そうに言う。
「何もないことを祈っていてくれ。けど、まだ前線が頑張ってくれているから、よほど避難中にトラブルは起きないと思うが」
「そうだな。注意するのは、避難民同士のトラブルぐらいか・・・・・・」
「ハマー、ヴィスナ。行くぞー」
シグが頷いていると、遠くから別の騎士――おそらくビアリあたりの呼び声がかかる。
その声にハマーが返事をすると、二人は半身を翻した。
「じゃあな。団長を頼む」
「あぁ、そっちも、王子の護衛を任せた」
「私からも、頼むぞ」
言葉短く互いの健闘を誓い合う三人に、別の声がかかる。
声に振り向くと、やって来たのはルシラとラートゲルタだった。
ここから離れようとしていたハマーたちに、ルシラは顎を引く。
「弟のことを、よろしく頼んだ」
「承知しました。では――」
ルシラに対し頭を下げると、ハマーとヴィスナの二人はこの場を離れる。
そして、これから王子や外交使節団の護衛に赴くグループと合流したようだ。
そんな二人を見送り、シグはルシラの視線に気づき、振り向く。
「姫様たちも、そろそろ出発ですね。お気をつけて」
「うむ。それにしても、だ。その・・・・・・なんというか、だ・・・・・・」
「はい?」
何やら言いにくそうにしているルシラに、シグは不審がる。
いつもはっきりとした物言いが多い彼女には珍しい態度に、シグがラートゲルタを見ると、彼女は笑う。
「ふふっ。姫様は、シグの顔の怪我のことを心配されているのよぉ。昨日は殴られて、大変だったんでしょぉ?」
「お、おい! ラートゲルタ!」
ラートゲルタの暴露に、ルシラは慌てるが、ラートゲルタ当人は笑いながら気にもしない。
そんな二人に、シグは思わず苦笑した。
「えぇ。まぁ、自業自得ですので、お気になさらず」
「いや、そういうわけでもないだろう。まったく、マリヤッタ殿も困ったものだ」
唇を尖らせながら、ルシラはシグの顔を今一度見る。
彼のこめかみ当たりには、昨日マリヤッタに殴打された痕が、痣となって残っていた。
その痛そうな傷に唇を歪めた後、彼女は言う。
「無理はするなよ。ヴィスナたちが居ない中、ロミアを補佐するのは大変だと思うがな」
「無理するつもりはないですよ。無理だとも思いませんが。そちらも、任務お気をつけて」
そう言って、シグは頭を下げる。
慇懃なその態度に、ルシラは顎を引く。
「あぁ。それとまた、マリヤッタ殿を怒らせるなよ。あの方は、傷口を抉ってきそうだから心配だ」
「そう心配なさらず。あぁいったことは、非常時以外は言いませんので」
「非常時には言うのか・・・・・・」
軽い笑みと共に言うシグに、ルシラは若干頬を強ばらせる。
その時、どこからかシグを呼ぶ声が聞こえた。
「では、俺はこれにて」
「うふふ~。気をつけてね~」
「はい。お二人も」
手を振るラートゲルタに頷き返してから、シグは頭を下げてこの場を去る。
そして、これから開始される人々の避難の護衛に対する準備を開始した。
急な集団避難の命令は、王都の人々の多くは動揺して混乱し、中には反対して苦情を言う者もいたが、避難の必要性と、避難する人間の多くが老人や女子供に限ることなどを仔細に説明すると、半ば強引にさせられた者もいたが、納得して避難を受け入れていた。
そして、避難が告示された二日後、人々の群れが王都の南門から南へ向けて移動を開始していた。
徒歩の者もいるが、多くは騎士が用意した馬車や牛車に乗せられ、騎士の先導に従って移動している。
子供などの中には、どうして避難されているのかが分かっておらず、馬車に乗れて喜ぶ声やはしゃぐ声なども聞こえていた。
そんな声を聞きながら、シグは避難の誘導として、道から外れたりする人間を呼び止めたり、不安そうな顔をしている人間を励ますような声をかけていたりしていた。
そんな中、である。
「おーい。シグ~」
声がかかる。
そちらに目を向けると、そこには馬車の中から顔を出す少女・ルメプリアの姿が確認出来た。
ということは、馬車にはマクスブレイズの一行がいるようだ。
「これは、ルメプリア殿。道中、お気をつけて」
「うん。あ、それから、あまり大声では言えないけどさ~」
「はい」
馬車が通り過ぎようとする中、彼女は急いで用件を言う。
「昨日はごめんね~。マリヤッタったら、素直じゃないから言わないだろうけど、昨日殴ったこと、実は気にして――」
そう言っていたルメプリアだが、途中で後ろから引かれたらしく、馬車の中へと消えていく。
そして、何やら騒がしい言い争いの声が聞こえてきた。
そんな馬車を見送り、また会話の内容をなんとなく想像し、シグは薄ら苦笑する。
しかしそこで仕事を止めることはせず、引き続き避難誘導を続ける。
その中には、避難に慌てる者や苛立ち八つ当たりしてくる者もいたが、それらを出来うる限り穏便に済ませ、シグは順調に避難を誘導した。
それが大体済んだところで、通りの向こうから、ロミアが姿をみせた。
その背後には、数十人の集団と、数百人の騎士が見える。
「シグ。そろそろ行くぞ。ただ先に、練想術士の者たちを行かせるが」
「了解しました」
頷いてから、シグはそちらに目を向ける。
そこには、避難に参加することになっている、練想術士たちの姿があった。
彼らは皆何やら会話しながら歩いていたが、ふと視線をシグに合わせ、途端に目つきを鋭くする。
そこには、警戒と敵意が濃く浮かんでいた。
そんな彼らに、しかしシグは眉一つ動かさず、恭しく頭を下げて見送る。
彼らがそんなシグを気持ち悪そうに見て通り過ぎていく中、シグはなんとなしに顔をあげる。
そして、一人の少女と目が合った。
「あ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
こちらに気づいたサージェに、シグは何もなかったように無言で、再び頭を下げる。
そんな彼を見て、サージェも何も言わず、この場を離れていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます