25.やさぐれ姫の死にたがり

「先ほどから言っているけれど、私はここを離れる気は無いわ」


 ロミアとシグがマリヤッタの居る場所へたどり着くと、そこでは彼女が、自国の騎士たちと何やら言い合いをしているようだった。


「姫様、そんなことを言わずに。早くここを離れる準備をしましょうよ~」


 困った様子で言ったのは、まだ若い少女の騎士だ。確か、名をカメリアといった彼女は、眉を八の字にしながら、マリヤッタを説得する。


「あくまで避難は念のため、ということなんですから。ここの王様がたは、決して姫様を無下に扱われているわけではないんですよ?」

「むしろ、彼らは我々を厚く遇しているからこそ――あ、これは騎士団長殿」


 壮年の騎士が言いかけた言葉をやめ、ロミアたちに一礼する。

 それを手で抑えながら、ロミアは近づいていく。


「率直に聞こう。何故、王都を離れられたくないのだ?」


 単刀直入に、ロミアは尋ねる。

 歯に衣着せぬ問いかけに、マリヤッタは細めた双眸を向けた。


「理由、ですか? 簡単ですよ。面倒だからです」

「面倒? まさか、王都から移動するのがか?」

「いいえ」


 不審げな顔のロミアに、マリヤッタは視線を外す。

 そして、意味ありげな目で、ふっと笑った。


「これ以上、生きながらえることが」

「は?」

「私はもう、逃げ続けて生きる事が嫌になってきたのです。多くを失ってなお、無理をして生き延びる事に何の意味があるのでしょう? これ以上生きることに、何の意味も見いだせなくなってきたのです」


 静かに、マリヤッタは言う。

 その言葉に、ロミアは困惑した様子で、周囲のマクスブレイズの騎士たちを見る。

 何事か問うその視線に、騎士たちはなんとも言えない様子で渋面を作った。

 そんな中で、シグは部屋の端を見る。

 そこには、離れた位置でやりとりを静観するルメプリアの姿もあった。

 ただ、普段陽気な彼女の顔にも、今は妙に気まずい感じの者が浮かんでいる。

 そんな周囲の反応を尻目に、マリヤッタは続けた。


「私は王都に残ります。もしここへ魔物が押し寄せた場合は、そのまま果てるつもりです。この国に一応の警告を届けた時に、私の役割は終わったのです」

「なるほど。主張はよく分かりました」


 王女の言葉に、ロミアは頷く。

 納得した様子で、しかしその上で、彼女は厳しい表情を浮かべた。


「しかし、貴女には是が非でも避難させていただきます。貴女がその気でも、もし貴女の身に何かがあれば、一度貴女を保護した我らからすれば国の名折れとなります。一度庇護を約束した以上、何が何でも守らせてもらいます」

「その必要はないわ。私に、そこまでの価値はないもの」


 強めの語調のロミアだったが、マリヤッタも薄い笑みを浮かべたまま、引かない。


「見捨てて貰って構わないわ。民を、親兄弟を捨てた隣国の王女ごときに、そこまで気を回す義理は必要ない」

「義理はなくとも、義務はあります」

「ないわ。とにかく私はここを離れない。諦めなさい」

「ですから・・・・・・」


 困った様子で、ロミアは口を噤む。

 相手が他国の王女とだけあり、ロミアとてあまり強い台詞は言えない。

 そのことに、マクスブレイズの騎士たちも、なんとも言えぬ申し訳なさそうな顔をしていた。

 交渉は平行線、といったところで、シグは背後に振り向く。

 そこから、何者かがやって来るのに気づいたからだ。


「ふむ。話し合いはまとまらぬのか?」


 現われたのは、白金の髪を持つ騎士団服の姫騎士だ。

 その姿に、シグは目を丸める。


「姫様。どうしてここへ?」

「あぁ。マリヤッタ殿の様子が気になってな。念のため、見に来たのだ」


 シグの質問に答えると、ルシラは視線をマリヤッタに向ける。

 他の者たちは、彼女の到来に驚いて居る様子だったが、当人は意に介することなく、口を開いた。


「移動されるのは嫌だとは思う。ここへやっとの思いで着かれた直後に、避難を指示されるのは不本意ではあろうがな」

「姫様。マリヤッタ殿は、そう言っているのではなく・・・・・・」

「ん? では何故離れたがらないのだ?」


 不審がるルシアに、マリヤッタの意向を伝えたのはロミアだ。

 彼女が事の次第、マリヤッタの主張を伝えると、すぐにその顔を強ばらせた。


「――なるほど。事情は分かった」


 そう言って頷き、ルシラはマリヤッタに目を向け、歩み寄る。


「マリヤッタ殿」

「・・・・・・なに?」

「甘ったれるのも大概にせよ」


 そう言うや、ルシラは突然マリヤッタの胸ぐらを掴みあげた。

 それに周囲がぎょっとする中、マリヤッタは驚くこともなく、ルシラ共々目を細める。

 ルシラは言う。


「ここにいる者たちは、貴女のことを心から案じておられるのだ。それに足しい、自分は死にたいからここを離れたくない? 我が儘を言うのもいい加減になされよ」

「我が儘?」

「そうだ。我が儘だ。周りが案じて、気遣っておられるのに、貴女は王女で蟻ながらその配慮を無下になされようとしている。それは、人としてあるまじき振る舞いだ。貴女は、多くの人間に支えられて生きている事に気づいた方が良い」


 少し怒りの目で、ルシラが言う。

 だが、マリヤッタは動じない。


「貴女は、幸せ者ね」

「なに?」

「国民を失っていない、親兄弟を失っていないから、そういうことが言えるのよ。私と同じ立場になればきっと、貴女も生きる事が苦になるはずよ。自分の生に、嫌気が差して億劫になるわ」

「そんなわけなかろう。それ以前に、そのようなことに直面することはない」

「どうかしら? 王都が落ちて、貴女の父が亡くなっても同じようなことが言えるかしら」


 薄い嘲りの笑いを浮かべながら、マリヤッタは言う。

 そのやりとりの内容に、ロミアがまずい気配を悟ったのか、背後の補佐官へ目を向ける。


「・・・・・・シグ」

「はい」


 彼女の意を察し、シグが進み出る。

 そんな中で、ルシラはマリヤッタを睨む。


「なるほど。それが貴女の意見か。なるほど・・・・・・」


 言って、ルシラは手を挙げる。

 それに「あっ」とマクスブレイズの騎士たちが瞠目する中、振り下ろされるルシラの手を、宙でシグがつかみ取った。


「姫様、落ち着いて。手をあげるのは問題になります」

「止めるなシグ。私も、堪忍袋の緒が切れた」

「お気持ちは分かります。ですが、この程度の挑発に乗ってはなりませんよ」


 そう言って、シグは半ば強引に、ルシラを後ろまで引かせる。

 その動きを見て、マクスブレイズの騎士たちも、間に入る。

 二人が引き離されたのを見て、シグがルシラに言う。


「あちらは、姫様を怒らせて交渉を決裂させたいんです。姫への侮辱が、例え王への侮辱があっても、多少は耐えねばなりません」

「国民を馬鹿にされても、か?」

「場合によりますが、まだこらえるタイミングです」

「ずいぶんと落ち着いた臣下をお持ちね」


 なだめるシグに、そういったのはマリヤッタだ。

 儚げな顔には、それには似つかわしくない、軽い嘲りが浮かんでいる。


「結構、国辱もののことを言ったつもりだけど。それでも冷静さを保てる騎士がいるなんて」

「この程度、国辱ものに入りませんよ」


 笑って応じながら、シグは目を、マリヤッタたちからロミアに向ける。

 その視線に、ロミアは何かに気づいた様子で、何やら渋い顔をしてから、顎を引く。

 それを見て、シグは口を開いた。


「国辱ものというのは、そうですね・・・・・・。たとえば国民に助けられて国を出たのに、そのことも忘れて懸命に生き延びようとしない姫様に、そのことを散々なじった挙句、『所詮その国民の命もその程度のものか』と言った具合のことを散々になじるようなことをいうのです」


 シグが笑みを浮かべながら軽く口にしたその言葉に、マリヤッタの顔色が代わる。

 彼女だけではない。

 周りの騎士たちも同様だ。


「なんなら、詳しく述べましょうか? 貴女が祖国を貶されたいならお聞かせますが?」

「やめなさい!」


 そういうと、マリヤッタ立ち上がり、進み出てくる。

 それを見て、シグは驚くルシラを背後へ押しやり、前に立った。

 そして、笑顔のまま、目を尖らせるマリヤッタに対する。


「私への侮辱はともかく、祖国の民を貶す事は許さないわ」

「では、避難をご承諾いただけますか?」


 そう言って、シグは確認を取る。


「避難を拒むということは、貴女自らが、自らを逃げのびさせてくれた国民の想いを捨てる行為に等しいですゆえ」

「・・・・・・腹立たしい挑発ね。いいわ、乗ってあげましょう」


 そう言うと、マリヤッタはシグの前で足を止め、彼を睨みあげる。


「ただし、条件があるわ。今すぐ、貴方は手打ちにしていいわね?」

「それで気が済むのでしたら」

「お待ちください、姫様。流石に手をかけるのはおやめください。この者も、まだ具体的な国辱を口にしたわけではありません」


 マリヤッタの言葉に、騎士の一人が慌てて止めに入る。

 流石にその騎士は、シグが自分の身を犠牲にして説得していることに気づいたのだろう。

 諫言するその騎士に、マリヤッタは強い憤りの目を向けたが、すぐにそれをしまい込んだ。


「分かったわ。手打ちはやめましょう。ただし、代わりに・・・・・・一発ぶたせなさい」

「それで気が済むのでしたら」


 シグが、そう言って恭しく頭を下げる。

 マリヤッタは、それを笑顔で迎える。

 そのやりとりに、周囲が半ば安堵した直後である。

 マリヤッタは、懐からあるものを取り出す。

 それは、一本の扇子だった。顔を仰いだり口元を隠したりする、王族の持ち物であるそれは、一部が鉄でも出来ている、なかなか頑丈なものだ。

 それを手にしたマリヤッタは、それをたかだかと振り上げる。

 周りの者が気づいた時には、もう遅い。

 ゴッという鈍い音が響くと共に、シグは膝を折って倒れ込むのだった。

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