避難準備―――――――――――――――――――――――――――――――

24.騎士たちの内輪揉め

 騎士の駐屯所に、多くの騎士たちが立ち並んでいた。

 整然と居並んでいる彼らは、その視線を前方の一点に向けている。

 そこに立つのは、一人の女性の騎士だ。


「皆も知っての通り、王都に避難指示が出た。軍港で戦っている部隊は苦戦しているということで、国王は万が一に備え、前もって国民を安全な場所へ避難させる考えだ」


 騎士たちに告げるのは、団長の一人であるロミアだ。

 彼女の言葉に、騎士たちは内心動揺するが、それを顔に出して表現する者はいない。

 そんな彼らへ、ロミアは言う。


「軍港での部隊の事を心配している者もいようが、決して戦況が絶望的だというわけではない。避難指示は、あくまで念のものだ。その点は安心してほしい。それでは、これより具体的な我が団隊の役割について、ヴィスナから告げる」


 そう言うと、ロミアの横を通り、団長の補佐の一人・ヴィスナがお辞儀する。


「今回、我が団隊は三つの役割に分かれて動きます。具体的には、まず避難指示を受けて移動する国民に同行するグループ。次に避難する国民の避難地を先んじて確保して護衛するグループ。最後に避難した国民が国外へ退去する場合になった時、その避難先を確保するため、諸外国に交渉へ出向く王子の護衛に付き従うグループです」


 言いながら、具体的な内容が示されているのか、ヴィスナは手元の書類に目を落とし、続ける。


「具体的な配置は、各自に後ほど通達しますが、それぞれの代表者だけはこの場で発表します。国民の避難誘導はロミア団長が直接率います。続いて、国民の避難地を先に確保するのは、ルシラ王女をトップに据えます。そして王子の護衛には、ヴェーオル殿を責任者に使命します」

「――というわけだ。これより補佐官が各自に命令書を、そして一部の者には、特別に新しい騎士団服を授与する。以上だ」


 ロミアがそう締めくくると、団長の補佐官である騎士たちが、それぞれの騎士に向かって動き出す。

 各自は、その騎士たちから役目を通達され、内心では思うところあろうが、表面上は恭しく命令を拝受していた。

 そんな中で、騎士の一部が集団となって、一人の騎士の周りに集まっていた。

 中心になっているのは、王女でもある姫騎士ルシラだ。

 その周りに集まるのは、たくさんの女性騎士たちである。

 彼女らは、口々に祝意を述べる。


「姫様、代表者の任、おめでとうございます!」

「流石、いや、姫様なら当然ですね!」

「あぁ。ありがとう」


 周りからの祝意に、ルシラは嬉しいような、若干困ったような表情を浮かべる。


「ただ、本当は国民たちの避難に同行したかったのだがな。もっとも危険な部隊を他の者に任せるというのは、辛い」

「ふん。それは果たして本心かい?」


 ルシラが申し訳なさそうに言っていると、その言葉に反応し、やって来る騎士の姿があった。

 その人物は、まだ若いが、姫たちより少し年上の男騎士である。


「本当は、自分が安全な場所になって、ほっとしているのではないか?」

「はぁ? 何言っているのよ、ビアリ」


 騎士の言葉を受け、取り巻きたちが反発する。


「姫様がそんな卑屈なこと思っているわけないでしょ!」

「そうよ。少し女騎士にモテるからって、調子に乗らないでよ!」

「調子になど乗ってないさ。俺はただ、姫様が嘘をついているのではないか、と思ってね」


 周りの騎士たちの反論は意に介さず、その男騎士・ビアリは挑発の笑みを浮かべる。

 それに、ルシラの周囲がカッとなる中、ルシラ本人はというと、不審な顔をする。


「ふむ? 別に嘘などついてないぞ。私は最初、もっと前線に出たいと言ったのだが、父上に止められてな。父上ははじめ、リーグの護衛役に私をつけようとしたのだ」


 そう言って笑うと、周囲がその発言に「え?」と振り向く中、ルシラは構わずか気づかずか、続けた。


「だが、それに対し私がかなり駄々をこねてな。そしたら、なんとか避難地の確保の組に配置してもらったのだ。いやぁ、そこまで交渉するのにはなかなか骨が折れたぞ? 父上も大臣たちも強情でなぁ・・・・・・」

「・・・・・・何自分だけ特権で配置を換えてもらっているのですか」


 呆気にとられる周囲の中で、呆れた風に言ったのはビアリだ。


「行ないは立派ですが、騎士としてはあるまじき行為ですね。俺が姫の立場なら――」

「お二人とも、その辺に」


 言い争う二人に、制止の声がかかる。

 声に振り向くと、そこにはシグが、空気を読まない笑顔で立っていた。


「会話するならば止めませんが、諍いはご遠慮ください。団長の不快を買いますよ?」

「シグか。我々の配置を伝えに来たのか?」

「えぇ。ビアリさんは王子の護衛に付き従っていただきます。それから、姫様周りには、姫様に親しい者を全員回しておきました」


 そう言って、シグはルシラたちに近づく。


「それと姫様、それからラートゲルタさんには騎士団服が配布されます。お受け取りください」

「あらぁ、ありがとう~」


 シグが差し出す制服に、ルシラと、取り巻きの中から現われたラートゲルタが受け取りに来る。

 練想術士から受け取ったばかりの、新装備の騎士団服を受け取りながら、ルシラは彼を見る。


「ご苦労シグ。ところで、お前はどこに配属された?」

「俺は避難民の誘導組です。そこで、団長の指示を仰ぎます」

「なるほど。団長と一緒にいるならば、君の身は安全だな」


 そう言ったのは、ビアリだ。

 彼は、自分には何故制服が支給されないのか不審がっているが、すかさずそれに気づいたシグが「腕利きの方でも、護衛組には制服は支給されないんです」と説明すると、納得した様子だった。

 苦笑し、ビアリは小首を傾げる。


「ところで、少し私心で申し訳ないが、弟は・・・・・・」

「ハマーですか? 彼はビアリさんと一緒ですよ。王子護衛組です」

「そうか。俺に配慮してくれたのか?」

「いえ、そういうわけではないです。ヴィスナともども、団長の代わりとして、王子護衛でヴェーオルさんの補佐を行なうようにと指示されているだけです」


 シグが答えると、ビアリは「そうか」と頷く。

 神妙な顔つきの彼に、笑顔でルシラが声をかける。


「よかったな、ビアリ。弟と一緒に仕事できるのはうらやましいぞ」

「決してそんなことは・・・・・・って、実際はそう思ってないでしょ? 弟とは慣れて仕事従っていたくせに!」

「あ、それもそうか。しかし、私はあくまで騎士の本分をだな――」

「それだと俺が、騎士の本分を努めていないみたいじゃないですか!」


 憤りの声を上げるビアリ。

 それに対し、姫の取り巻きたちはひそひそと声を漏らす。


「え、違うの?」

「ビアリは姫様と違って、サボりたいだけじゃないの?」

「・・・・・・君たち、姫様の威を借りて調子に乗るのは大概にしたまえよ」


 聞こえるように陰口をたたく取り巻きたちに、ビアリは憤りを込めて言う。

 その言葉に、再び彼女らとビアリは口論を開始するが、先ほど止めに入ったシグはもう止めなかった。

 ただ、諦めたように失笑を浮かべる。


「シグ」


 そんな時、背後からヴィスナがやって来て、声を掛けてくる。

 シグは振り向いた。


「ん、なんだ?」

「団長がお呼びよ。至急、向かって。団員への制服の配給は、私とハマーが代わりにやるから」

「分かった」


 その要請に、一瞬不審を覚えながらも応じると、シグはロミアの元へ向かう。

 彼女の元へ向かうと、彼女は背を向けた。


「来たか。急ぎ向かうからついてこい」

「向かう、とは?」


 尋ねると、ロミアは少しばかり渋い顔をしてから、言う。


「マクスブレイズの姫、マリヤッタ様が言うことを聞かないらしい。その説得に向かう」

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