23.からかい上手のお父さん

「なるほど。私に残るようにと命令が来ましたか」


 エヴィエニスに工房へと呼び戻され、息子だけが残っているその場において、フェルズは納得した面持ちで顎を引いた。

 その態度に、エヴィエニスは双眸を細める。


「驚かないのですね?」

「ここに呼ばれた時から、そんな予感がしていました」


 苦笑いを浮かべながらフェルズが答えると、彼は視線をシグへ向ける。

 彼女と二人きりの時とは違い、真顔の彼を見てから、フェルズは視線をエヴィエニスに戻す。


「お気遣いありがとうございます、エヴィエニス殿。わざわざ時間を作ってくださり」

「いえ。ただ私は、部下に未練を残してほしくないだけです」


 そう言って、エヴィエニスは顔を背ける。

 だが、その態度にフェルズは笑う。


「いえ、そうでなく」

「?」

「奥手の私に代わって、息子を叱ってくれたのでしょう? 彼の顔を見れば分かります」


 その言葉に、一瞬エヴィエニスは気まずそうに表情を険しくする。

 どうして分かるのかと思うが、もしかしたらシグの顔に薄く出来た殴った後を、敏く見抜いたのやもしれない。

 だがすぐに、肩を下ろした。


「親子、ですね。まったく、かないません」

「いえ。ありがとうございます」


 怒るでもなく、フェルズは再び礼を口にすると、シグへと視線を向ける。

 いつもと違い真顔の彼に、フェルズは少し考えてから口を開く。


「シグ」

「なんでしょう」

「サージェちゃんを、あまり悲しませるなよ? あの子は、練想術士の中じゃ、数少ないお前の味方なんだから。それから――」


 少し迷いを見せつつも、フェルズは続ける。


「母さんを、ロミアをあまり困らせるなよ。私ほどじゃないが、お前は彼女を悩ます種だ。もっと我が儘に、自分を表現するようにしてみろ」

「? 意味が矛盾していますが?」

「そういうところだ。お前は、自分を偽りすぎる。それじゃあ友達も少ないだろうし、他の騎士たちからも妬まれるぞ。なんだって、お前はただでさえ敵を作りやすい立ち振る舞いを演じているんだからな」

「気のせいですよ」

「はい、嘘をついた。大体お前、本当はロミアの団隊の中で、互角の奴がいなくて悩んでいるんだろう?」


 フェルズが言うと、それを聞いてシグは目を細める。

 窺うような視線に、「そんな顔をするな」とフェルズは微苦笑する。


「もっと素直に、自分の言葉と態度で自分を伝えろ。本当のお前はだせば、きっと皆お前についてくるはずだ。恨まれる事だってなくなるんだから」

「過大評価しすぎですよ、父さん」

「いや。これは私だけの意見じゃないぞ? 母さんにこの前、こっそり相談されたことでもある」


 その言葉に、シグは驚いた様子で目を瞬かせた。

 それは、横で無言のまま会話を聞いていたエヴィエニスも同様だ。

 よもやロミアがそんな話をしていたとは予想していなかったのだろう、二人は驚く。

 その反応に、フェルズは納得しつつも微苦笑を携える。


「あいつだって、息子が気になってしょうが無いのさ。意地っ張りな所は、きっと遺伝だろうなぁ」

「・・・・・・からかいたいだけでしょう?」

「いや。俺だって心配だから言っている。とはいえ、心配事といえばそれぐらいだな」


 そう言って、フェルズは天井を仰ぎ見る。


「自分を偽って隠していることと、他人との人間関係・・・・・・特にサージェちゃんとの仲が気になってはいるが――」

「左様ですか」

「ははっ。そうイライラするな。怒った目は、母さんそっくりだ。俺には似つかないな、本当に」

「そんなことない」

「ん?」


 フェルズが首を傾げると、シグは父親を凝視したまま言う。


「そうやって他人の神経をよく逆なでするところは、父さんから受け継いだものだ。間違いなく。そして、その本性を隠すのが上手いのも」

「・・・・・・ははっ。そうか」


 皮肉を口にする息子に、フェルズはカラカラと笑う。

 全く動じない父に、シグは続けた。


「意地っ張りに見えるのも、嘘が多いのも、きっとそうさ」

「そうか。そうか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 二人の間に、沈黙が降りる。

 長く続き、互いに言葉を探すような雰囲気が出来るが、それにシグは終止符を打つ。


「そろそろ行くよ。あまり、休憩時間を頂いたら悪い」

「・・・・・・シグ」


 気まずくなって去ろうとするシグへ、フェルズはそれを呼び止めた。

 振り向いた彼に、フェルズはなんとも言えない目で、しかし口元は穏やかに微笑みながら、言う。


「私はな。お前が本当は優しい人間だって知っているからな。だから、安心できるんだ。私の勝手な思い違いだとしても、だ」


 そう言ってから、彼はにっこり笑う。


「これまでどおり、頑張れよ」

「・・・・・・うん。分かった」


 頷いて、シグは薄く微笑む。

 それは、普段の道化の笑みではなく、心の底から自然と漏れた表情だった。

 が、すぐにそれを消すと、シグはエヴィエニスに一礼した後、工房を後にする。

 彼が去ったのを見送り、工房には二人が残った。

 その中で、エヴィエニスが感嘆と憧憬の眼差しをフェルズへ向ける。

 自分でも出来なかった、シグの本当の表情を引き出したことへの感服だ。

 エヴィエニスの視線に対し、フェルズはそれに気づいていながらも、シグの去っていた扉の向こうを、じっと微笑みながら見つめていた。

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