22.怒りの姉弟子・鉄拳制裁

「――さて。何故私がここに貴方を残した理由が分かりますか?」


 二人きりになってから、エヴィエニスはシグに対して確認する。

 それに対し、シグは薄く微笑んでから、首を小さく振った。


「いえ。分かりかねます」

「理由は三つ。まずは部下の不手際を詫びるためです。サージェが、マクスブレイズの王女に無礼を働いた際の立ち回りの件です」


 言いながら、エヴィエニスはシグへ近づく。

 歩み寄ってくる彼女に、シグは首を傾げた。


「誰から聞いたのです?」

「クラーカとグルトーナからです。どうして貴方があんなことを言ったのか、私にはすぐに分かりました」


 そう言いながら、エヴィエニスはシグのすぐ眼前まで詰め寄る。


「あの子を庇ってくれてありがとうございます。それと――」


 そう言って、エヴィエニスはその氷のごとき容姿にそぐわぬ、にっこりとした笑みを浮かべた。

 それに、見とれる時間は無かった。

 バチン、と激しい音が響く。

 頬を平手打ちされたシグは、しかし笑みを携えたまま動じなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「これで、今回の件は帳消しです。あの子を悲しませたことへの」


 そう言うと、エヴィエニスは振り上げた手を下げる。

 それに対し、シグは何も言わない。


「あの子が優しい事は知っていますね? あの子は、練想術士たちに裏切りを働いた貴方に、今でもなお気を遣っています。周りの練想術士たちのように、憎悪は向けないように。それなのに、貴方は・・・・・・彼女を悲しませた」

「・・・・・・えぇ。それで?」


 冷静さを保とうと、静かに言葉を紡いでいく彼女に、シグは笑みを深めた。

 楽しそうというよりも、それは相手を挑発するような、道化の笑みだ。


「ならば、俺の事を嫌えばいいじゃないですか? そうすれば彼女も楽に――」


 直後、エヴィエニスは振りかぶっていた。

 ドゴッと言う鈍い音に、流石にシグも蹈鞴を踏む。

 拳を握ったエヴィエニスは、身体を震わせる。


「それが出来ないから、彼女は苦しんでいるんじゃないですか! 分からないとは、言わせませんよ!」


 瞳を燗と輝かせながら、エヴィエニスは怒声を放つ。

 そこには、深い憤りと悲しみがあった。


「私の前で、その軽薄な偽りの笑みは浮かべないでください。私は知っていますよ、貴方が何故、練想術の世界を逃げ――いいえ、離れたかを」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「でもそれを知ったら、あの子が悲しむから・・・・・・だから裏切り者を演じているのではないですか! そのことを知っている私に対してまでも、嘘はつかないでください!」

「貴女の勘違いです」


 笑みを浮かべたまま、しかしシグは強い光を瞳に宿す。

 少し威圧的な輝きに、しかしエヴィエニスは耐える中で、彼は言う。


「俺は、騎士になりたくなっただけです。練想術士ではなくね。だから、裏切りの事実は変わらない」

「――っ! 強情ですね貴方も!」


 そう言って、エヴィエニスは再びシグに殴りかかる。

 が、今度はシグも黙っておらず、拳を掌で受け止めた。

 そして、にっこり笑う。


「殴るなら、顔はやめてください。傷が目立ちます。服で見えない部分を殴ることをお勧めします」

「私が嫌いなのは、その道化の顔です。その仮面を壊したいだけです」


 そう憎々しげに言うと、しかしエヴィエニスはそれ以上危害を加える気はないのか、拳を引いて後ろへ振り返る。

 そして、シグから距離を置きながら、自分を落ち着かせるように、大きく呼吸をついた。


「・・・・・・失礼。取り乱しました。お互い、今の言葉は忘れましょう」

「そうですね。それがいいでしょう」


 何事もなかったようにシグが言うと、その言葉に再びエヴィエニスは強い苛立ちを見せるが、今度はすぐに落ち着きを取り戻す。

 呼吸をついて、話を変える。


「貴方は、この命令書の内容を知っていますか?」

「王都に残る練想術士の名前が載っている、と聞いています」

「・・・・・・良い報せと悪い報せがあります。良い報せは、サージェはこの中に含まれていません」

「そうですか」

「悪い報せは――」


 興味がなさそうに振る舞うシグに、エヴィエニスは一呼吸置いてから言う。


「残る練想術士の代表者が、貴方の父であるフェルズであることです」

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