工房での心の読み合い―――――――――――――――――――――――――

21.騎士団長の無茶ぶりと練想術士の応え

 用意された机の上に、清潔に折りたたまれた衣服が並んでいる。

 そのうちの一つを手に取ると、ロミアは顔を上げて、机越しに立つ開発者を見た。


「これが、最新鋭の騎士団服か?」

「えぇ。ロミア殿の無茶ぶりにも、出来る限り応えた自信作です」


 問いに、少し含みのある言い方で応じたのはエヴィエニスだ。

 衣服の開発者の練想術士、その責任者である彼女は、言葉に睥睨してくるロミアを無視し、説明する。


「防刃と防弾に優れ、また魔術攻撃に対しても障壁めいた働きをしてくれる騎士団服――三年前、そんな無茶ぶりを受けた時は、頭を抱えましたよ」

「なんだ、その言い方は。とりあえず好きな風に言ってみろというでかい口を叩いたのは貴女ではないか」


 そう不満そうな顔をするロミアに、エヴィエニスは笑う。


「まさか、そこまでとんでもない要求をするとは思っていませんでしたから。まぁ、私もその時は若気の至りという奴で、何でも作れると言う過信がありましたからね」

「・・・・・・まだ二十代前半だろう、お前は」


 自省するような言葉に、ロミアは呆れ混じりの失笑を浮かべた後、自分より二十も若い彼女に、笑みを消して質問を続ける。


「しかし、作るのには苦労しただろう。何着、用意できた?」

「残念ながら、安定した量産は間に合っていません。多少精度に欠けているものが混じっている可能性はあります。ですが、半年前に作ったもの以上の出来であることだけは保証します」

「御託は良い。それで、何着だ?」

「約千着です。今ある在庫は」


 率直に答えると、それを聞いたロミアは思案する。


「となると、配分が難しいな。王都にいる騎士の中でも、腕利きの人間にしか配れないな・・・・・・」

「申し訳ありません。材料があればもっと作れたのですが、一部の材料は国内では北方地域にしかなく――」

「あぁいや、別に責めてはおらん。気にせんでくれ」


 手を軽く振って言うと、彼女は背後を振り向いた。

 そこには、数名の補佐官が控えている。


「ヴィスナ。王都にいる騎士団の団隊はいくつだ?」

「現在は六、と記憶しています」

「これから合流する団隊は?」

「南方からですか? それなら五団隊です」

「合わせて十一団隊か。やはり割り切れないな・・・・・・」


 少し悩んだ様子で、ロミアは考えを巡らせる。

 そんな様子に沈黙が・・・・・・続くと思いきや、補佐官の一人、ロミアの子息が口を開いた。


「恐れながら、注進します」

「なんだ」

「役割で分けてはいかがでしょうか。十一の団隊のうち、一団隊は、リーグ王子の護衛で同行すると聞きました。その団を引いて、残る十団、戦闘に臨むかもしれない団隊に百着ずつ配布すれば、等分出来るために公平かと」


 具体的な提案をするシグに、それを聞いたロミアは険しい顔になる。

 その顔を見て、シグ以外の補佐官は全身を緊張させる。


「算数の計算じゃないんだぞ? 千着といっても『約』だ。公平に割り切れるとは――」

「合わせると千十着なので、それなら等分に割り切れますよ」


 何やら怒声を放ちかけるロミアに、そうエヴィエニスが言う。

 その言葉に、ロミアたちは振り返った。


「とはいえ、精度に欠けるものの数までは把握しておりませんが」

「・・・・・・そうか。分かった。シグの案をとろう」


 すぐに意見を翻し、ロミアは言う。

 その態度に、シグ以外の補佐官たちは肩を下ろす。

 一瞬、ロミアの雷が落ちるかと覚悟したが、それがなかった事への安堵であった。


「では、これから引き渡しのために他の騎士たちを呼んでくる。先に話した通りだが、エヴィエニス殿には、一部の練想術士と共に王都を避難してもらう」


 ロミアがそう言うと、補佐官の一人が進み出て、命令の書類をエヴィエニスに手渡す。

 それを受け取ると、エヴィエニスは目を通し始めた。


「そこにある者が、王都に残る練想術士だ。悪いが王の命令だ。指示に従ってもらうぞ」

「・・・・・・一つ、確認してもよろしいでしょうか?」


 少し控えめに、エヴィエニスは書類からロミアに目を向ける。


「これが、正式な命令書であるとして、ロミア殿はこれを確認なさいましたか?」

「目を通してはおらん。だが、内容は知っている」


 素直に答えながら、ロミアはそれがどうしたと言った様子で眉根を寄せる。

 だがやがて、エヴィエニスの考えていることが読めたのか、薄ら失笑気味であるが、口元を綻ばせる。


「同情ならいらんぞ」

「・・・・・・分かりました。ですがお引き取りの前に、少しお願いがあるのですが」

「なんだ?」


 言って、エヴィエニスはロミアから、背後に控える補佐官の騎士の一人へ目をむける。


「そこの騎士、シグ・バーレイグをしばらく借りてよいですか。それと、こちらの練想術士、フェルズ・バーレイグを呼んできてください」

「・・・・・・公用か?」

「えぇ。公用ということで」

「・・・・・・いいだろう。分かった」


 少しだけ考えた後で、ロミアは頷いて踵を返す。

 工房を去って行く彼女に、他の騎士たちも続いていく。

 残ったのは、シグとエヴィエニスの二人だけになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る