第2章
決断と風説――――――――――――――――――――――――――――――
18.民たちの盾
軍人と文官が、立ち替わり入れ替わり、王の間を出入りしている。
普段は謁見の時しか使用されない王の間は、今はしかし多くの机が立ち並び、騎士や大臣が座しながら、届く情報や書類を処理していた。
その中央には国王であるシーヴァルト十四世――リング・シーヴァルトが控え、騎士の将官ならびに大臣たちが持ってくる報告に目を通していた。
情報や書類がもたらすのは、北部の戦況だ。
魔物の襲来からすでに三日が経ち、海上での開戦から、セルピエンテの騎士団は徐々に後退を余儀なくされていた。
戦況は、決して圧倒的な劣勢ではない。
ただ、魔物たちの軍の物量がすさまじく、交戦を続けるには兵の疲弊が激しすぎるのだ。
そのため、戦況を保つために戦線を後退させるほか無く、現在は陸上の三海里手前まで後退し、交戦していた。
そんな戦況の中で、大きな報せが入る。
報せは、慌てて入ってきた騎士たちがもたらした。
「報告! 魔物が防衛網の一部を突破! 軍港に攻め入り入ったため、交戦中の全軍が海上から軍港へ引き返したとのことです!」
「続いて、報告! 海上で防衛に当たっていた、リビュール騎士団長、ゴルド兵長らが戦死したとのことです! 同時にその麾下百名以上が討たれたと!」
名のある将官の討ち死の報に、大臣たちは顔を青ざめさせ、騎士たちは表情を厳しくした。
そんな中、口を開いたのは壮年の騎士団長だった。
「国王。海上戦から軍港戦に移ったということは、戦況の悪化が予想されます。敵の多くは、報告では水上戦慣れしていないとのことでした。それが陸上に上陸してきたとなると、一気に攻め手を強める可能性もあります」
「厄介なのは、敵の物量ですね。この三日、敵はまったく攻勢を緩めていない。敵の兵数がいかほどか分からない中での戦いに、将兵たちの士気も下がっていくと思われます」
続いてそう言ったのは、女性騎士団長であるロミアだった。
「戦況を予想するならば、少なくとも半日は持つでしょうが、最悪両日中に軍港が占拠され、兵士たちが撤退せざるを得ない状況になるかもしれません」
「援軍を送っても、か?」
ロミアの推測に、国王は尋ねる。
騎士団長は、皆同じ見解なのか、厳しい顔で頷く。
「すでに、北方地域で送れるだけの援軍は送りました。これ以上戦力を割けば、軍港を突破された時を想定した十一段階の防衛網が崩れます」
「では、軍港の兵士たちを見捨てるというのか!」
大臣の一人、まだ若い一人が怒気をあげて騎士に言う。
正義感が強いが血気盛んなのだろう、騎士たちの冷静だがどこか冷徹にも見える判断に反発しかける。
それに対し、老年の騎士団長が頷いた。
「そういう言い方にもなるな。だが同時に、兵士を捨てるか、避難する国民の安全と時間を捨てるかの選択にもなってくる」
「さらなる増援を送れば、軍港は持ちこたえられるかもしれない。しかし、その可能性はあくまでごく僅かです。兵を割きすぎて損失を増やしてしまえば、その背後の防衛網も脆弱になり、突破が用意になる。王都まで敷いた十一段構えの防衛網が容易に突破されれば、現在こちらに避難中の国民たちにも被害が出ます」
魔物との開戦が明らかになった後、セルピエンテでは国民の避難が開始されていた。
はじめ、国民たちは魔物たちの襲来、それの前兆であった隣の大陸のマクスブレイズの滅亡を聞いて愕然としたが、国王や騎士たちが必死に避難を呼びかけた結果、急ぎ避難の準備と行動に移った。
普段からの治政と信頼関係から、国王や騎士の指示に反発するものは少なく、非戦闘員である老人や女子供を優先的に、北方から王都への、南方への避難が順次進んでいる。
不安があるとすれば、民たちの移動速度であるが、現在は騎士団が総力を挙げて馬車や牛車などを動員し、移動速度を速めようと尽力していた。
そんな国民の安全を確保するために、その背後の防衛網を崩すわけにはいかない。
そのように諭されると、若い大臣は口惜しげに黙り込んだ。
それを見ると、大臣の一人が騎士団に尋ねる。
「この戦い、勝てそうか?」
「・・・・・・分かりません。ですが、人間との戦いであるならば、おそらく軍港を落とされはしても、王都までの進軍で相手は勢いを失い、それから逆襲して敵を撤退させるのは容易であったでしょう」
中年の騎士団長が、そう答える。
「しかし、相手は魔物です。今回の勢いが、軍港を突破された後も続くようならば・・・・・・敵は王都まで達するかと」
「どうにか出来ぬのか?」
「敵を懐深くまで引き込んで、一網打尽にする作戦をいくつかは考えていますが・・・・・・かなりの損害は免れないかと」
「勝とうと思うな」
方策を述べる騎士たちに、そう言い放ったのは国王であった。
「この戦いに勝とうと思うな。魔物を上手くはめて、倒しきろうと思うな」
「国王?」
「な、何を・・・・・・」
突然の言葉に、臣下たちが瞠目する中、国王は言った。
「勝とうと思うな。守りきろうと思え。この戦いは、我らが愛すべき国民たちを守るのが最大の目的だ。何があっても、民たちを守り切るぞ」
滔々と、強い意志を持って王は語る。
その言葉に、騎士や大臣たちは息を呑む。
国王は、そんな周囲に淡い笑顔を浮かべた。
「我ら施政者は国民の盾だ。例え我らがこの王都で散ろうとも、国民の多くが生き残り、遺志を託せば、またいずれ国は立ち直る。敵を退けられるのが最善だが、次善として、国民や未来を担う若者たちは魔の手から逃がしきろう」
「・・・・・・それは、国民を国外へ退去される指示と受け取ってよろしいですか?」
大臣のうち、最も年配の人物が、代表して確認する。
それに、国王は顎を引く。
「そうなるな。手は早い内に打っておいた方がよい」
「分かりました。では、そのために必要な手順を具申します」
「うむ」
「まず、避難先は大大陸の親善国家を想定します。次に、王族・貴族などの使節を送り、避難を容認させます。交渉は難航するでしょうが、短期間でなんとか成立させなければなりません」
「リーグ王子と切れ者の大臣数名を使節にしましょう。第一王位継承者が自ら来て陳情したとなれば、親善国たちも無下には出来ぬでしょうから」
大臣たちは、咄嗟ながら知恵を絞って注進する。
続いて意見を口にするのは、騎士たちだ。
「国民の避難は、まず王都までが戦場になると考えましょう。ここより以北の人間を主に、領地の南へ移動させます。南の各漁港都市に一旦避難させた後、王子や大臣がたの交渉が成り次第、その港から避難・疎開を開始します」
「避難する国民は、残念ながら選別せねばなりません。一部のものは、王都の防衛のために、防衛を行なう兵士の生活の維持のために残って貰わねばなりません。避難させるのは女子供や老人を主とします」
「避難に際して、騎士団も分散させましょう。南方に駐在する騎士団を呼び寄せて、一部を王都以北の防衛に、その他を国民の避難の護衛に当てます。その基本的な陣立ては、これから考えることにしますが・・・・・・」
内政・外政についての方針を大臣が、国防や避難の手立てについては騎士たちが、それぞれ様々な案を出し合う。
それを見ながら、国王は思う。
自分は多くの優れた臣下に恵まれていると。
そして彼らは、自分の意をよく汲んで動いてくれている。
このことを誇らしく思うとともに、同時に感じることがあった。
先ほど、自分たちは国民の盾にならねばという趣旨の発言をしたが、自分自身も臣下の盾にならねばならない。
この優れたものたちを、自分が身に変えても守らねばならないと。
そう、考えるのだった。
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