17.竜魔王の開幕宣言
遠方で小規模な爆発と黒煙が上がるのを見て、船団の騎士たちは、自分たちの攻撃が効果を上げていることを確信する。
それを見つつ、彼らは続けざまに攻勢へ出た。
「よし! 次弾を装填! 引き続き、射砲を続けよ!」
「了解!」
そう言って、船団の騎士は、甲板上に設けられた砲台の騎士へ、指示を伝達させる。
指示を受けるのは、巨大な砲丸を抱えたり、大筒の近くに位置したりする複数の騎士だ。
その横には、目を瞑り、とんがり帽子をかぶった魔術師の姿もある。
「標的、射程内に確認! 砲口をもっと上、八十六・七度に傾けてください!」
「了解。急げ!」
魔術師の指示に、騎士たちは大筒の先の位置を調整する。
彼らが取り扱っているのは、大砲であった。
それは、セルピエンテで開発された最新鋭の巨大火銃であり、射程は最大二キロにまで及ぶ。
抗争が盛んな大大陸でも、大砲という武器はまだ出回っておらず、いうなればそれは、世界でも異次元の兵器であった。
弱点としては命中精度が悪いのが挙げられるが、セルピエンテの騎士団は、それを魔術師の力で補っている。遠視と観天望気の魔術を使える魔術士により、着弾点や軌道を予測することで、命中精度を格段に向上させることに成功していた。
現に、騎士たちは魔術士の指示で、砲口を調整する。
「一致しました! 今です!」
「よし。撃てぃ!」
魔術士と騎士の合図を受け、大砲は轟音を上げて砲弾を発射する。
弾自体も、ただの鉛玉ではなく、小規模ながら当たれば炸裂するように設計された、練想術士開発の特殊砲弾だった
放たれた砲弾が、軌道上にいた、あるいはその付近にいた竜兵に続々と着弾していく。
人の拳よりも大きい砲弾が衝突すると、砲弾は爆裂し、竜兵に致命的とも言える損傷を与え、撃墜へと誘っていく。
この現象――謎のけたたましい轟音と共に仲間が次々と失墜していく様に、竜兵たちは動転していた。
「く、くそっ! 何が一体どうなって?!」
「轟音に気をつけろ! 人間ども、おかしな魔術を使ってやがる!」
爆発の正体を飛来物とは見抜けなかった竜兵たちは、咄嗟にこの現象が、敵の魔術による攻撃と類推して、警戒を呼びかける。
だが、実際にそのような魔術は、存在はしても使い手は少ない。
現代の遠距離爆破魔術は、その射程が一キロを越えるとなれば、よほどの腕利きの魔術士数名の協力か、世界で十人もいない、大魔道士クラスの人間によるものでなければ、的確に当てる事は不可能だ。
ここまで一斉に竜兵が撃墜できるのは、あくまでセルピエンテの開発した技術の結晶によるものだった。
そんなことが、しかし普通の竜兵に分かるはずがなく、彼らは違う推測の下で対応しようとする。
それを留めたのは、一体の異形であった。
「まったく、世話のかける部下どもだ」
周囲の竜兵に呆れながら進み出たのは、人型に程近い巨大な竜兵だ。
周囲の黒ずんだ緑色の鱗を持つ竜兵が多い中で、そいつは紫色の鱗を持ち、着込む鎧もどこか豪壮だった。
先陣まで飛行したその一体に、周囲の竜兵たちは息を呑む。
「と、トニトルス様」
「この程度の射撃に怯えるとは。よく見ろ。これは、敵による砲丸の射撃だ」
そう言って、その竜兵は前方へ手をかざす。
すると、前方の空間が揺らぎ、飛んできた何かが空中で縫い付けられる。
それを見て、竜兵たちは目を丸める。
「こ、これは?」
「これが我らを穿っていたものの正体だ。察するに、銃と呼ばれる兵器の大型の弾だろう」
そう言って、トニトルスは掲げていた掌を握る。
すると、空間が圧縮され、砲弾が潰れて爆発した。
砕け散って黒煙を上げる砲弾に、竜兵たちは息をのんだ。
「攻撃の正体は敵の遠距離攻撃だ。お前らには見切れぬのが厄介だが、恐れるほどではない。全員、前進して火竜弾を放て。遠距離の射撃には、我らの炎弾を返してやれ」
「りょ、了解しました!」
トニトルスの指示に、竜兵たちは従うために動き出す。
彼らは崩れていた隊列を整え直すと、一斉に前進していく。引き続き、人間たちの砲撃が続くが、それに怖じけてはいなかった。
「火竜弾、放射せよ!」
その合図とともに、前衛の竜兵たちは大きく息を吸い込む。
上体を反らした後、彼らは反対に前へ顔を出して口腔を開ける。直後、その口の奥から、発火した炎の弾丸が放射される。火炎球は、弾丸となって、人間たちの位置する船団へと突き進む。
一直線に向かう火竜弾――それが爆発したのは、しかし、船影の手前だ。
船の手前の空間で、火竜弾は何かに衝突したように爆ぜた。
その光景に、しかし今度は竜兵たちも動揺しない。
「ぐっ、人間どもめ! 魔術障壁とは小癪な真似を!」
「全軍、構わず攻撃を続けよ。我が内から奴らをかき乱してこよう」
悔しがる竜兵に、トニトルスはそう指示すると飛翔した。
「敵竜兵、火炎弾を発射してきた模様! 現在、魔術障壁で防戦中!」
「間隙を縫って砲弾を喰らわせるぞ! 接近戦に持って行かせるな!」
竜兵たちがひるまずに反撃をしてきたのを見て、騎士は指示を発した。
その声に、騎士たちは返事しながら動き回り、引き続き砲弾を放とうとする。
その時、突如上空から、何かが迸るように甲板に落下してきた。
落雷のような稲光とともに降り立ったそれに、騎士たちはぎょっと振り返る。
姿を見せたのは、紫色の鱗を持つ、巨大な竜兵だった。
その姿に、騎士の一人が叫ぶ。
「て、敵の一体が強襲! 応戦の用意を!!」
その指示に、甲板の騎士たちは慌てて抜刀し、その竜兵を取り囲む。
驚愕しつつも、また顔を畏怖で引き攣らせながらも、騎士たちは勇敢に竜兵へ挑もうと準備にかかる。
そんな彼らを見て、竜兵・トニトルスは嗤う。
「ふふっ、なかなかの度胸だ。うちの部下どもも、猛るだけでなくこれだけ肝が据わっていれば、な」
そう呟いた後、トニトルスは翼を広げる。
凶風が、周りに吹きすさんだ。
「覚悟しろ、人間ども。一人残さず、虐殺してやろう!」
恐ろしくおぞましい宣言は、そのまま甲板での戦いの宣戦布告となる。
そしてその台詞は、魔物たちによる騎士たちと王国の蹂躙と虐殺――大国の没陽が始まった、幕開けの台詞でもあった。
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