16.魔軍来襲
セルピエンテ北方の海は、普段はその美しさから『蒼海』と呼ばれる。
海の青に空の色が混ざり合って輝くその景色は、とても幻想的で、見る者を常に魅了してきた。
だが、その美しい海が、今は黒く滲んでいる。
大勢の汚れが、大群となって海の上を漂い、浮かんでいた。
浮かんでいるのは、とにかく大量の死骸、死骸、死骸。
そしてその体液や血液が、斑点のように水面に広がっている。
それは、人のものでなく、大抵が異形の生物のものだった。
周りには小型の漕ぎ船が散乱と転覆をしており、死骸の一部はその上や、その端に倒れこんでいた。
そんな死骸の群れが、やや離れた位置の軍船からは確認出来た。
軍船では、慌ただしく人々が甲板の上を行き来し、怪我人の確認や介抱、陸地への連絡などを行なう中で、将官クラスの人間が、海上に浮かぶ眼前の死骸の岩礁を臨む。
「凄まじい数だ。これだけ大量の魔物が、よもや船に乗って攻めて来ようとは・・・・・・」
そう驚嘆するのは、中年の騎士団の団長補佐官たちだった。
「もしこの魔物たちが、もっと高性能な軍船を操りやって来ていたらと思うと、正直ぞっとしますな」
「うむ。そもそも魔物が船に乗って大陸間の海を渡ってくること自体が異常なのだが、こちらに攻め入ってくるなどもっと想像したことがなかった」
そう言いながらも、彼らは内心安堵する。
魔物を乗せた水軍が大量に現われたのは今朝の早い時間、そして昼過ぎである今の今まで、セルピエンテ王国の海上国境警備隊は、彼ら軍団と激しい水上戦を繰り広げていたのだ。
結果だけ先に言えば、勝敗はセルピエンテ騎士団の大勝だった。
突然の来襲であったものの、事前に国境の警備を固めていた彼らは、充分な備えと戦術を持って、押し寄せる魔物の水軍を撃退したのだ。
真っ向から白兵戦を挑みに押し寄せてきた魔物たちを、騎士団はその数を見て真っ向勝負は危険と判断し、自国専有の兵器による攻撃で応戦したのである。
その結果、押し寄せる野蛮な盗賊と最新戦術の軍人の戦いのように、多少の被害はこうむったが、セルピエンテ騎士団は魔物を海の藻屑と変えた。
「この程度の敵であるならば、水上戦に精通する我らの敵ではない。引き続き、この海域で敵を撃退するぞ」
「報告! 報告!」
余裕を取り戻しつつあった中年の騎士だったが、その時慌てた様子の大声が船上に響いた。
声は船を支える柱の上、そこにある見張りのスペースに立つ騎士のものだ。
「敵影です! 新たな敵が大量に!」
「方角と数は? 種類は?」
「南三時の方角です! あれは鳥――否、小型ですが・・・・・・竜と思われます!」
「魔竜か?!」
その言葉に、騎士たちは顔色を変え、報告にある方向を見る。
するとそちらの方角から、大量の影がこちらへやって来るのが確認出来た。
それは、一瞬確かに鳥の大群に見えたが、違う。
鳥のような大きさだが、距離はあるはずだった。
つまりは、その影はそれだけ巨大だということである。
加えて、空の下の水平線からは、陽の光に揺らめきながら、徐々に明らかになる船影もあった。
そちらの数も凄まじい。
先ほど撃退した小型船でも数千単位の魔物が乗っていたが、今度の船影もそれだけの数を乗せられるほどに、数は少ないが大きかった。
それを確認し、騎士の一部が顔を青ざめさせる中、中年の騎士は言う。
「こいつは、また骨が折れそうだ」
「目標捕捉! 人間どもの軍船を確認。先遣隊は壊滅の模様!」
空を飛来する小型の竜たちの中、先頭にいた一頭が後方の竜たちに伝える。
人間よりも遥かに発達した視力を持つ彼らは、先頭がその光景を確認すると、続く者たちもはっきりとその光景を目に移した。
「本当だ! 先に出た豚とトカゲども、海上にぷかぷか浮いてやがるぜ!」
「所詮は劣等種族ってところか! ざまぁねぇぜ!」
味方の部隊が戦死しているのを確認した竜兵たちは、しかし嘆くことなく、むしろその結果を嘲笑う。
「まぁいいさ! 華々しい戦果は俺たちが挙げさせてもらおうか! 人間どもは皆殺しだ!」
「「「皆殺し! 皆殺し!」」」
一体の竜兵の発言に、他の複数が唱和する。
猛る竜兵たちは、その猛々しい風貌どおりの、凄絶たる戦果を挙げるべく飛翔していく。
「さぁてどうしてくれようか? まずは、人間どもじゃ手も足も出ないところから、火竜弾をぶち込んで――」
遠方に位置する人間の船団をどう料理するか、それについてある竜兵が思案していたところであった。
遠方から、なにやらけたたましい轟音が響く。
「ん? なんだ、この音は?」
そう、先頭の竜兵が呟いた直後――
竜兵の軍団の先陣にいた竜兵の一体が、突然爆発して黒煙を上げ、それで尾を引きながら水上に向けて落下していった。
降下ではなく自由落下というやつで、完全に制御を失ったそいつは、海面に向けて撃墜されていく。
「な、なんだ?!」
目を剥いた竜兵が、今度は犠牲になった。
爆音と共にはじけたそいつは、またも黒煙を上げて、海面上へ落下していく。
苦悶の声すら上げずに落ちていく様は、そいつがその爆発で即座に意識をうしなったか、あるいは即死したかを如実に伝えていた。
「なんだ?! 一体、何が起きている?!」
竜兵たちの間に、瞬く間に動揺が広がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます