滅びの始まり―――――――――――――――――――――――――――――
15.道化騎士の真意と王女の教訓
「貴方は、優しいのね」
マリヤッタがおもむろに口を開いたのは、花園を離れてしばらくしてからだった。
その言葉が向けられた相手は、シグだ。
言葉を向けられ、シグは怪訝な顔をする。
「はい? 何のことでしょうか?」
「惚けなくていいわ。さっきの、ずっと怒った目で貴方を睨んでいた女の子」
薄らと笑いながら、マリヤッタは言う。
おそらく、サージェのことだろう。彼女本人は気づいていなかったが、サージェは最後、去って行くシグたちを、正確にはシグを凄まじく鋭い怒気で染まった双眸で睨み据えていた。
彼女のことに触れ、マリヤッタは言う。
「あの子を、庇ったんでしょう? 私との諍いに巻き込まないために、あえて自分に怒りの矛先を向けさせて」
含みある冷笑を浮かべながら言うと、それに対し、シグは目を瞬かせてから、微苦笑を浮かべる。
「まさか。そんな気は毛頭ないですよ」
「ごまかさなくてもいいわよ。分かっているから」
「・・・・・・そうなのか?」
二人のやりとりに、疑問を抱いた様子でルシラが尋ねてくる。
少し天然が入った彼女に、マリヤッタは顎を引き、シグはバツが悪そうな顔をする。
しかしそれも一瞬で、すぐにシグは愛想笑いを浮かべた。
「いいえ。マリヤッタ様の勘違いです」
「・・・・・・じゃあ、そういうことにしておきましょう。ただ、一つだけ言っておくわ」
「なんでしょう」
「あぁいったことは、極力やめておきなさい」
冷笑を消して、マリヤッタは告げた。
「人間は、いつ死に別れるか分からない生き物よ。相手の事を思ってとはいえ、自分から相手との間に溝を作る真似だけはやめておいた方が良い。でなければ、死ぬまで後悔することに、生き残った者は一生悔いることになるでしょうから」
それは、ある種の忠告なのだろう。
彼女の言葉に、シグは笑みを浮かべたまま、会釈する。
「ご忠告、ありがたく頂戴します。以後、気をつけます」
「そう。その割には、あまり感じ入っていない様子だけど」
「それは失敬」
「冗談よ。気にしてないわ」
「駄目だぞシグ。マリヤッタ殿のご厚意を無駄にしては」
警戒にやりとりする二人に、ルシラが口を挟む。
「しかし、マリヤッタ殿はお優しい。シグのことを、こうも気にかけてくださるとは」
「・・・・・・そんなのじゃないわよ」
ルシラの賛辞に、マリヤッタは笑みを消してそっぽを向く。
いかにも不機嫌そうな顔をする彼女に、しかしそれを照れ隠しの類と理解したのか、ルシラは笑う。
「いやいや。そうお恥ずかしく思わずとも」
「違うといっているでしょう」
「いえいえ」
「だから違うって・・・・・・」
「ふふふ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
微笑ましい様子で見てくるルシラに、マリヤッタは内心うんざりした様子で顔を背ける。
付記しておけば、そこに気恥ずかしさは一切無い。本当に辟易としているだけだ。
勘違いした様子のルシラに、マリヤッタは悪態の一つでもつこうかと思案した、そんな時であった。
何やら慌てた様子で、こちらに向かってくる一団の姿があった。
見知った顔である。
シグとルシラは、反射的に居住まいを正し、その人物を迎える。
やってきたのは、騎士団長の一人であるロミアと、その部下たちだった。
「これは団長。いかがなさいました?」
「あぁ、シグに姫様。緊急事態だ。少しマリヤッタ殿と話がさせてほしい」
「えぇ。構いません」
ルシラが頷くと、ロミアはマリヤッタと共に少しこの場から離れる。
そして何か話し合い始める中、シグとロミアの前にも、騎士がやってきた。
ハマーと、ヴィスナである。
「何かあったのか?」
「あぁ。まずい事態だ」
シグがハマーに聞くと、彼は小声で頷く。
それにシグとルシラが不審げな顔をすると、答えたのはヴィスナだった。
「魔物が出たの。それも、大量に」
「魔物が? どこにだ?」
小声ながら、シグたちは警戒を露わに尋ねる。
つい先日に、マクスブレイズが魔物たちの発生で滅びた事を知ったばかりである。似たような事態が起きたかと、警戒する。
それに対し、ハマーが答えた内容は、二人の予想とは少し異なったが、驚嘆に値するものだった。
「海の方から、大量の船に乗ってきたらしい。今、国境警備隊が交戦中だ」
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