14.届かぬ思い

 姿を見せたのは、白銀の髪を持つ、儚げな顔立ちの少女だ。

 美しさも兼ね備えたその少女に、三人が息を呑む中、ルメプリアだけがあっけらかんと反応する。


「あ、マリィ。貴女も抜け出してきたの?」

「違うわ。貴女を探してきたの。まったく、手間をかけさせて・・・・・・」


 少しだけ煩わしそうに言う彼女に、ルメプリアは途端に目を輝かせる。


「えっ! マリィが私を? 私を心配してくれたの?!」

「・・・・・・全然違うわ」


 げんなりした様子で、マリヤッタは応じる。

 その反応に、ルメプリアは「ちぇー」と残念そうに唇をすぼめた。


「あの・・・・・・貴女は?」


 気を取り直して、サージェがマリヤッタに尋ねる。

 すると、マリヤッタも気づいた様子で顔を向ける。


「あぁ。初めて見る人たちだったわね。私はマリヤッタ。マクスブレイズの・・・・・・マクスブレイズから来た者よ」

「そう。そこの王女様よ」


 微妙に言葉を濁したマリヤッタに、その意図をぶち壊すようにルメプリアが言う。

 その言葉を聞いて、三人はぎょっとした。

 すでに三人も、マクスブレイズから王族が来たらしいというのは、風の噂で知っていた。


「え、えぇ?! 王女様?!」

「た、大変失礼しました!」

「・・・・・・いいわ。別に気にしないで。そういう態度は煩わしいから」


 謝罪するサージェたちに、マリヤッタは面倒くさそうに言う。

 そんな彼女だったが、視線を外しながら、何故か急に自嘲的である笑みを浮かべた。


「それに、マクスブレイズはすでに滅んだ。私はその国の死に損ないにすぎない。そんな国の王女に、何の意味もないわ」

「へ? 滅んだ国? 何の話です?」

「あら、知らなかったの?」


 なんのことか、緊張もあって目を白黒させるサージェたちに、マリヤッタは自傷的な笑みを浮かべて、説明を開始する。

 まだあまり公になってはいないことだった、マクスブレイズが魔物によって滅ぼされたことを説明すると、それを聞いてサージェたちは息をのむ。

 そして、「それ、本当なんですか?!」と思わず尋ねる彼女たちに、「本当よ」と王女は認める。


「マクスブレイズは滅びた。だから私の、王女という肩書きには今、ほとんど意味はないの」


 そう言って、マリヤッタは半身を翻す。


「私の事を、高貴な身分の人間だとは思わなくていいわよ。厄介者だと思っていいわ。所詮私は・・・・・・いらない存在なんだから」


 自嘲的な笑いを浮かべて言うと、彼女は「行くわよ、ルメプリア」と、この場を去ろうとする。

 その言葉に、ルメプリアは複雑そうな渋い顔をしてから、続こうとした。


「待ってください」


 二人を呼び止めたのは、サージェだった。

 振り向く二人に、彼女は言う。


「無礼を承知で言わせてください。その、この世界に、いらないヒトの存在なんてありません」

「さ、サージェ?」


 突然の言葉に、クラーカとグルトーナは驚く。

 一方で、怪訝そうな顔をするマリヤッタたちに、サージェは続ける。


「どんな人にも、この世に生きている事に意味があるんです。意味も無く、厄介な存在なんていません。王女様は、国が滅んだから意味はないともおっしゃいましたが、そうだとしても、自身が生きていればそこに意味が生まれてくるんです」


 力強く、そう自分の言葉をサージェは口にする。「だから」、と彼女は続ける。


「そう自虐的にならないでください。生きていれば、きっと――」

「意味なんて無いわ。生きていることに。私でいることには何の意味も無い」


 サージェが何か続けようとしたのを遮り、マリヤッタは言う。

 やや、有無を言わさぬ迫力を込めた言葉に、サージェはともかく、双子の姉妹が息をのむ。


「私でなくても、構わない。私が生きながらえている事に何の意味もないのよ。所詮、『誰かの代わり』なのだから。むしろ・・・・・・」


 言いながら、マリヤッタは自傷するような冷笑を浮かべる。


「私のような存在は、害悪でしかない。私のように、誰かの犠牲の上に立つ人間は、その命は。ウジ虫に等しいわ」

「っ!」

「ま、マリィ・・・・・・」


 極論的な自虐に、サージェが喉を鳴らし、ルメプリアが慌てる。

 そんな二人の反応に、しかしマリヤッタは気に留めなかった。

 彼女は、話は済んだように再び踵を返し、その場を去ろうとした。

 だが、


「待ってください!」


 それを再び止めたのは、サージェだった。

 彼女は、しかし今度は、その目を燗と輝かせる。

 宿る意志は、憤りだ。


「今の言葉、訂正してください! 今の言葉は、許容できない!!」

「さ、サージェ?!」


 突然声を張り上げた彼女に、クラーカたちは慌てるが、止める間はなかった。

 サージェは、スタスタとマリヤッタの方へ歩み寄っていく。


「犠牲の上に立った人のことを、そんな言うに言う事だけは――」


 怒りの眼で、詰め寄っていく彼女であったが、その最中、二人の間に割って入る影があった。

 それは、突然の乱入だった。

 間に入った影は二つで、その姿にサージェは足を止める。

 その姿にサージェは驚きで目を丸め、マリヤッタはピクリと眉を震わせた。

 サージェには背を向け、マリヤッタに向き合った二つの影の正体は、セルピエンテの騎士であるシグと、ルシラであった。


「し、シグ?」

「失礼しました。彼女とは知り合いです。無礼な発言をお許しください」


 驚きの声を漏らすサージェだったが、それを無視して、シグはマリヤッタに頭を下げる。

 その言葉と態度に、サージェは息を詰まらせる。

 一方で、マリヤッタは目を細めた後、首を振る。


「構いません。気にしてはいません」

「寛大なお心に、感謝します。彼女には、似たように祖国を離れた知り合いがいるため、頭に血が上ったのでしょう。癇癪を起こしてしまったことを、代わって陳謝いたします」

「なるほど。合点がいきました」


 シグが説明すると、それにマリヤッタは頷く。

 そして冷たく、


「きっとその人間も、つまらない人物なのでしょうね」


 と言い放つ。

 その言葉に、サージェはまた目を見開くが、


「えぇ、そうですね。まったく、その通りです」


 肯定の言葉を返したシグに、彼女は目を向ける。

 そして、その横顔を見て、彼女は愕然とした。

 シグは、笑っているのだ。

 いつも練想術士たちに向けるような、軽薄な愛想笑いを浮かべていた。

 まるで、自分たちの心情よりも、目の前の異国の姫に迎合するように。

 その、信じられない光景に、彼女は両手の拳を握る。

 何かに耐えるように小刻みに震えて下唇を噛むサージェ・・・・・・それに気づいてか知らずか、シグたちは去って行く。

 そんな後ろ姿を、サージェは両腕をそっと、クラーカとグルトーナに支えられている上体で見据えていた事に気づいたのは、しばらくしてからだった。

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