虹色庭園での邂逅―――――――――――――――――――――――――――
13.ひとり、多い
「「うわぁ。すごーい」」
目の前に広がる光景に、桃色の髪の姉妹は明るい驚きの声を重ねる。
声が漏れたのは、セルピエンテの王城の一角、花の庭園だ。
そこでは、一つの花弁に様々な色を持つ花が咲き誇っており、一瞬この世とは思えないような幻想的な光景を生み出していた。色彩で輝く花、虹色の花などが種類ごとに咲き並ぶ空間は、訪れた者を驚嘆と感激させる。
現に、ここへやってきた姉妹も、その光景に感嘆していた。
その反応を見て、後に続いて花園へ入ったサージェは微笑む。
「すごいでしょ。王城の中でも、とりわけ綺麗な場所なんだから」
我がごとのように、サージェは自慢する。
彼女はその手にバスケットを抱えており、中には美味しそうなパン類が詰まっていた。
そんな彼女へ、姉妹は振り返る。
「ねぇねぇ、本当にここで昼食取っていいの?!」
「本当に入っていいの?! 許可取れている?!」
双子であり、ほとんど同じ顔の二人が尋ねると、サージェは笑って頷く。
「勿論。今日はここで、お食事会です」
「「わーい」」
サージェの言葉に、姉妹は両手を合わせて喜んだ。
今日は気分転換に、花の庭園で昼食を取ろうとサージェが提案したのは少し前のことだ。
日頃修行を頑張っている後輩で、とりわけ仲のいい二人を誘い、サージェはそう持ちかけて連れ出したのである。普段は入れない場所に入れると聞いて、好奇心旺盛な双子の姉妹はあっさりついてきた。
そして、目の前の景色に、予想通りの反応を示してくれたのである。
この反応は、サージェとしては嬉しい。
軽いピクニック気分としてやってきた三人は、それから花園を進み出す。
「本当にすごいねーここ。噂には聞いていたけど」
「正式な練想術士になれば、自由にここにも入れるんだ。すごいなー」
「そうだよ。なんたって、この花を作り出したのも同じ練想術士なんだから。二人も正式な練想術士になれば、いつでも入れるようになるよ」
「やった。じゃあ、早くなれるように頑張れなきゃね!」
「うん!」
目の前の素敵な光景に、やる気を出した様子の二人を見て、サージェは嬉しくて眼を細める。そう言ってもらえると、先輩冥利につきるというものだ。
「そういえば、スネールちゃんもここには入ったの?」
「あ、そうだよね。スネールちゃんも、入ったことあったの?」
「スネールちゃん? いや、たぶんないんじゃないだろうかな?」
姉妹に尋ねられ、サージェは答える。
話に出たのは、サージェの妹弟子で、姉妹の先輩にあたる人物の名だ。
「やった! じゃあ、先に私たちは入れたんだ!」
「えへへ~。今度自慢の手紙を送ろう。旅の自慢ばかりしているから、実は近場でこんな場所があるなんて知らなかったって悔しがるんじゃないかな~」
「ほうほう。グルトーナさんもワルですなぁ」
「いやいや、クラーカさんこそぉ~」
少しばかり意地悪い笑みを浮かべて、姉妹は企みを話し合う。
そのやりとりを聞いて、サージェは少し気の毒な心地になりかける。
渦中の人物は、現在大大陸で旅をしている練想術士の少女だ。国からの任命で、旅をしながら練想術が生み出した技術『だけ』の伝教を任された人物で、よく旅の自慢を手紙で送ってくる少女でもあった。
そんな彼女へのささやかな意趣返しを考える意地悪な姉妹と共に、サージェは花園の中央近くまでたどり着く。
そこで、サージェは「ここにしようか」と提案する。
彼女の提案に「賛成~」と手をあげ、姉妹は敷物を広げた。
「ところでサージェ。今日のメニューは?」
「サンドイッチだよ~。私のお手製です」
「なんと! 先輩の手料理とは恐れ多い!」
「じゃあ食べるのやめる?」
「ううん。食べる~」
独特のノリで言葉を交わし合いながら、サージェたちは笑いあう。
仲が良い証拠なのだろう、三人の間から笑顔が絶えない。
「それじゃあ、いただきますか」
「うん! じゃあ私はこれを」
「私はこれ~」
「じゃあ、私は――」
「これ、もーらい!」
四人はそれぞれ自分の分のパンを取り――気づく。
一人、多い。
「「「ん?」」」
「ん?」
サージェたちが振り向くと、そこではあどけない顔立ちの少女がサンドイッチを頬張ろうとしていた。
その姿に、三人はややあってぎょっとする。
「って、貴女は――!」
その正体に気づき、姉妹の片割れ、カチューシャを着けた方のクラーカが立ち上がる。
「あーっ! この前の侵入者!」
そう言って、指を差したのはリボンの髪飾りをした方のグルトーナだ。
二人に存在を触れられ、少女はサンドイッチを頬張りながら首を傾げる。
「どうしたの、君たち。そんなに驚いた顔をして?」
「いやいや。普通いきなり入ってきたら驚くでしょ」
「しかもそれ以前に、ここ部外者以外立ち入り禁止だし」
惚ける相手に、姉妹は冷静に言葉を返す。
それを聞いて、少女・ルメプリアは「そっかー」と後頭部に手をやる。
「どうりであまり人が居ないと思ったわ。それなら、納得ね」
「そうそう――って、なんでここにいるのよ!」
「んー・・・・・・かくれんぼ?」
「は?」
追及への答えに姉妹が目を細めると、ルメプリアは小首を傾げる。
「騎士の人から隠れているの。それで人が居ないここにいたのよ」
「えっと・・・・・・なんで隠れているの?」
そもそもの問いを、サージェが口にする。
「え? なんとなく?」
「なんとなくって・・・・・・何か悪い事しているんじゃないわよね?」
「そんなことしてないわよ。失敬な!」
ぷくーっと、頬を膨らませながらルメプリアは言う。
その幼い反応に、三人はどう反応すべきか非常に迷う。
戸惑う三人に、ルメプリアは息をつかさずに畳みかける。
「ね、ところで聞いて良い? この前も聞いたけど、練想術って何? いったいどんな魔術なの?」
「・・・・・・素直に答えると思っているの?」
尋ねられてから、少しはっとした様子でグルトーナが言葉を返す。
その顔には、強い不審が浮かんでいた。
それを聞いて、ルメプリアは首を振る。
「ううん。たぶん答えないだろうとは思っている」
「じゃあ何で聞いたのよ・・・・・・」
「うーん。試しに?」
どこまでもマイペースな少女に、姉妹はなんとも言えぬ表情で押し黙る。
そんな二人を歯牙にかけず、ルメプリアはサージェを見る。
「ねぇ、じゃあさじゃあさ、ここの花々は何? すごい色鮮やかなものが多いけど!」
「こ、これ? これはこの国の人たちが生み出した新しい新種の花だよ」
迷いながらもサージェは答える。
「新種の花? このチューリップもバラも?」
「うん。そうだよ」
「人が、自分たちで工夫して作ったの?」
「工夫して、というよりも、新しい技術を駆使してと言った方が適切かな?」
「・・・・・・ふぅん。つまり、練想術とやらを使った、と」
何気なく、ルメプリアは納得した様子で頷く。
それを聞いて、サージェたちはぎょっとする。
「貴女、今なんて・・・・・・」
「ん? 違うの? てっきり、練想術の産物だと思ったけど」
「ど、どうして分かったの?」
「うーん。会話の流れで?」
尋ねるクラーカにそう返し、ルメプリアはにっと笑う。
その自慢げな笑みに、しかしサージェたちは警戒感をこみ上げさせる。
鎌をかけたとは思えない。この少女は何かしらの確信をもって、そう推測してきたのだろう。そういう声色と雰囲気だった。
「貴女、何者なの?」
「だから、この前も言ったじゃない。精霊だって。少しは信じなさいよぉ」
グルトーナが尋ねると、ルメプリアは返す。
不満そうに返す彼女に、しかし姉妹はふざけているのかという顔をした。
精霊などというのは、一部の宗教や魔術師の間でのみ語られる存在だ。
目の前のこの少女が、その形をした人物が、そうだとは到底思えない。
「そういう冗談はいいから。真面目に答えなさいよ。じゃないと、騎士を呼ぶわよ?」
「真面目も何も、私は本当のことを――」
「ここにいたのね」
反論しようとするルメプリアだったが、そこにこの場の誰でもない声が響く。
サージェたちが振り返ると、そこには新たな少女が姿を現わしていた。
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