12.滅びた国の王城で
元はそこは、白い勇壮な壁で覆われた、巨大な王城であった。
しかしそこも、今では黒ずんだ瘴気に覆われ、壁の所々が風穴を開けている。
時刻はまだ昼であるのにもかかわらず、空は闇に染まり、紫雲を漂わせ、稲光が迸っていた。
どこからか聞こえる不気味な鳥や獣の鳴き声もあって、そこは人間の感覚では、生理的恐怖を感じさせる空間を形成している。
ここがほんのひと月も前まで、人々の繁栄で賑わっていた場所だと言われても、信じるものはほとんどいないだろう。
かつて神聖マクスブレイズ王国と名乗っていた国家の王都は、今や魔物たちの、魔物たちによる、魔物たちの住み処と成れ果てていた。
そんな魔都の王城に、今、魔物の群れの頭たちが集まっている。
そしてまるで人間のそれのように、議論を交わしていた。
列を為して鎮座したそいつらは、すべてがそれぞれ違った外見、違った大きさをした、おどろしい魔物どもである。
「――というわけで、我らが次に狙うのは、大大陸であるべきかと」
そう口を開いたのは、蛇のような形をした人型の魔物であった。
衣服こそ身につけていないが、人間のようなフォルムをしたそいつは、また何故だろうか、人間と同じ言葉を発していた。
「多くの国家や大地があるため、征服には時間がかかるでしょう。ですが、まだ人間らが、我らによる行動を把握仕切れていない今このときを最大に生かすのであれば、攻めるべきはかの大陸かと」
「その意見に賛成じゃ!」
蛇型の魔物に賛同したのは、鷲のような頭を持つ魔物であった。
「大大陸は国家同士が紛争中だ。結束もとれていないと配下どもからの報告がある。この大陸からは西からも東からも攻められるし、攻め放題じゃ」
「そうじゃそうじゃ! 人間ども、餌どもがどこからでも取れる!」
鷲の頭の魔物に、どこからか別の魔物も賛成する。
別の、また別の魔物も、多くのものが同じ意見のようだった。
――この光景は、魔物を知る者がみれば、多くは驚愕しただろう。
何故ならば、まず魔物は意思疎通を図って人間を襲うという常識はない。魔物は群れをなす事はあっても、ほとんどの種類の魔物が、個別に人畜を襲うのが一般的だからだ。
次に、魔物が戦略を立てて人を襲う事もほぼない。共闘する魔物がいても、そこに作戦と言う概念はほとんどなく、咄嗟の戦術はあっても、戦略を立てることはまずあり得なかった。
そのほかにも、魔物が人語を操っていることや、その内容が理知的であること、また他の魔物と協調するように議論していることなども、専門家が見れば口をそろえて「考えられない」という筈だろう光景であった。
それを可能にしているのは、実はそんな魔物たちのより奥にいる複数の存在だった。
王城の奥、そこから黒い瘴気が漂い、漏れ出している。
よりどす黒く禍々しいその一帯に、他の魔物よりも遥かに凶悪な、危険な空気を纏った異形どもの姿があった。
「どうする? 魔物の首領どもは、大大陸を攻めるべきと推しているが」
「確かに、距離的にもそちらが近い」
「国同士、人間同士も結束しておらぬ。我らに脅威は薄い」
「魔神軍師殿。いかが考える」
異形たちの眼が、その中の一体の異形に留まる。
そいつは、蛸のような頭部に、触手のような足の髭を蓄えていた。
「ふぉふぉ。ワシは、南の文明大国から攻め落とすべきと考えておるよ」
「ほう。それは何故?」
「聞くところによると、あそこでは現代の最先端の技術の多くが開発されておるらしい。今の人間どもに普及した技術では我らの敵にはなりえぬ――これは先の一連の戦いで分かったことじゃ」
「先に、これから生まれるだろう最新鋭の技術の源を潰すと?」
「左様じゃ」
大仰に蛸の異形が頷くと、それを聞いて笑い声が漏れる。
声の元へ、異形どもは振り向く。
漂う瘴気の根源は、この空間の玉座にあった。
その玉座には今、一体の巨体が座っている。
「良い考えだ。あそこには、この国の姫たち、そしてあの娘も向かったはずだ。追い立てて、嬲るのもよかろう」
「決まり、ですな」
瘴気の源が凶悪な笑みを浮かべて悦に入っているのを見ると、蛸の異形は魔物たちの方へ向かっていく。
異形たちの会話も聞こえていたのか、魔物たちは皆こちらを振り向いていた。
「よいな者ども。次の狙いは決まった。ここより南の大陸、セルピエンテ大陸とその王国を侵略する。至急征服の準備に取りかかるぞ!」
「無論、方針は?」
「大虐殺――皆殺しじゃ!」
その言葉に、魔物たちは歓喜の叫びを上げる。
「なお次の戦いは、前の戦いとは異なり戦略を用意する。各自が戦略通りに動くことの試金石ともなる! すべての魔族たちよ、己が本分と力を存分に示すがよい!」
おおおおおおおおお!!
魔物たちは、喜び狂い、猛るようにして叫ぶ。
その光景は勇壮でありながら、おぞましい異形が結束する姿に対するゆえに恐怖の光景でもあった。
それを満足げに見て、蛸の異形は玉座に振り向く。
「御心に添いましたかな、大魔神様」
その問いに、その邪悪なる根源は嗤う。
「善い。喜悦の極みなり」
示威するような言葉とその覇気は、多くの魔を魅了し、そして多くの者を畏怖させ、震撼させ、絶望させるだけの威力が伴ったものであった。
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