9.とある騎士の幼女趣味疑惑

「シグ。ルメプリア殿を見つけたなら早く帰ってこいと言っただろう」


 気配の正体は複数いた。

 その正体は、同輩の騎士であるが王族でもあるルシラとその弟のリーグ、それからマクスブレイズから賓客である王女マリヤッタと同国の騎士たちであった。

 苦言を呈したのは、そのうちの姫騎士・ルシラだ。

 彼女たちに対し、シグは頭を下げる。


「申し訳ありません。見つけたのは少し前でしたが――」

「許してあげて。私がお喋りをお願いしていたの」


 言い訳めいた事情を語ろうとしたシグに、意外にもルメプリアがフォローを入れる。

 それに、ルシラやシグ本人も軽く驚く。


「彼は顔や口に似合わず良い騎士ね。考え方が柔軟だし、人の話をよく聞いてくれる。きっと近いうちに、大役を任せられる騎士になるわ」


 そう賞賛するルメプリアに、ルシラはシグを見る。

 何があった、と言う視線だが、シグは少し迷った後、どう説明したらよいかという様子で微苦笑を浮かべる。


「ルメプリア様。ともかく、マリヤッタ王女の方へ」

「分かっているわ。ありがと、話を聞いてくれて」


 そう言って、ルメプリアはマリヤッタの方へ戻っていく。

 彼女が戻ると、マリヤッタはシグの方へ会釈する。


「ありがとうございました。では、私たちはこれで・・・・・・」


 簡素だが丁寧にそう言うと、マリヤッタは少女の手を引いて、この場を去って行く。

 マクスブレイズの騎士たちもそれに続いていき、何やら暴れるルメプリアを、取り押さえるなどしていた。

 それを、シグとルシラたちは見送った。


「――で、何があった?」


 ルシラは、マリヤッタたちが声の聞こえない場所までいなくなってから、改めてシグに尋ねる。

 訊かれたシグは、特に隠す事ではないと感じたのか、ルメプリアが練想術を学ぶ生徒たちと一緒に居たことや、その後少しこの場で話を交わしたことなどを答える。

 それを聞いて、ルシラはなんとも言えない様子で押し黙る。


「何か、問題でも?」


 王女の表情に、シグは尋ねる。

 ルシラは言う。


「お前、実は幼女趣味があるのか?」

「ないです」


 即答し、同時に少し不快感を覚えるが、それは出さずいつもの笑みをする。


「何故、そう思ったのか、訳がわかりませんね」

「いや・・・・・・お前って、よく子供に好かれるし。実はそうなのかな、と」

「好かれるのと好きなのとは、話が別な気がしますが」

「それもそうか・・・・・・」

「姫様だって、同性に好かれますが、自分もその趣味があるわけではないでしょう? それと同じです」


 沈黙するルシラに、シグはわざと余計な一言を加える。

 一種の当てつけであり、それにリーグ王子がややぎょっとしていた。

 それに、しかしルシラは気にした素振りはなく、むしろ胸を張る。


「うむ、そうだな。だが、慕ってくれる女騎士たちは誇らしく思うぞ」

「・・・・・・左様ですか」


 嫌みめいた揶揄が失敗したことに、シグは内心で舌を打ち、視線を外す。


「姫様は、何故騎士団に入ったんでしたっけ?」


 急に話題を変えると、ルシラは勿論、一緒に居たリーグ王子も不思議そうな顔をする。

 が、ルシラはあまり迷わなかった。


「決まっている。国民や騎士たちを護るのも、王族の使命だからだ」

「・・・・・・なるほど。嬉しく思います」


 はっきりと断言するルシラに、シグは笑う。

 今度はいつもの笑みではなく、素直に感じ入った様子の笑みだった。


「先ほど、ルメプリア様と話して思ったのですが・・・・・・」

「なんだ?」

「もしかしたら、我が国にも魔物たちの毒牙が迫るかもしれません。それに、警戒せねばならないでしょう」


 すでに、騎士団長のロミア越しにマクスブレイズの事情を知っていたのか、シグはそんな警戒感を表に出す。

 それを聞いて、ルシラは頷く。


「あぁ。マクスブレイズのような大国ですら滅んだのだ。その突発的な魔物の決起が、我が国でも起こらないとも限らん。それに、マクスブレイズの魔物たちが、我が国に押し寄せることも考え得る」

「国境の警備と、国内の巡察強化、どちらも大事ですね」


 王女に続き、リーグも言葉を付け足す。

 まだ幼いながら、聡明な少年だ。


「姉上もシグも、ますます大変だと思いますが、よろしくお願いします。共に魔物から、この国を守り抜きましょう」


 そう言う少年に、シグとルシラは、互いに頷いた。

 ルメプリアは、シグに言った。

 護るべきものを見定めておけ、と。

 だが、それは本来必要もない確認だった。

 護るべきものはこの国と人々――そのことに違いはないのだ。

 シグはそう自分に言い聞かせ、回廊の外に広がる町の景色を今一度見るのだった。

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