守るべきもの―――――――――――――――――――――――――――――
8.精霊少女との質疑応答
「離してよ~。別に一人で歩けるからさー」
抗議の声を上げる少女に、その腕を引いていたシグは目を落とす。
練想術士たちの工房の近くを離れ、二人は王城の回廊を進んでいる。
少女・ルメプリアを見るシグの目の色は、猜疑に深く染まっていた。
「本当でしょうね? そう言って、また逃げ出す気では?」
「そんなことはしないよ~。信用無いなぁ、私」
「それは当然でしょう。すでに何度も抜け出していますし」
「本当よ。信じてって」
「・・・・・・分かりました。ここは信じることにします」
「ありがとう。まぁそれに、少し別の事に興味が湧いているし」
「別の事?」
渋々ながら腕から手を離すシグに、ルメプリアは頷く。
その目を、子供らしい輝きで光らせる。
「ねぇねぇ、練想術って何よ? というか貴方、なにやらあの人たちと訳ありっぽいけど、以前に何があったのよ?」
「自称精霊様は、出歯亀でいらっしゃいますね」
きらきらした目で尋ねてくる少女に、シグは微苦笑を浮かべた。
呆れ気味に笑い、肩を竦めた。
「練想術に関しては、我が国に伝わる独自の技術としかお教え出来ませんね。あと、俺と彼らの関係は、個人の詮索ゆえにお控えいただきたいです」
「むぅ~。どちらもまともには答えない気だなー」
「えぇ。その通りでございます」
「まぁ、練想術ってのはどうせ、想像の具現化ってところでしょうけど。あと、貴方はその道の探究を外れて騎士をやっているってところなのでしょ?」
ルメプリアがそう言うと、おどけていたシグは目を細める。
ごまかすつもりであったが、心を読まれたように物事の正鵠を射られ、警戒心が喚起される。
軽い装束に言動だが、その実馬鹿ではない――むしろ鋭いところがあった。僅かなやりとりから、それらの事実を推し量ったとみられる。
少女の性質、洞察力の高さについて、シグは密かに訂正した。
実際に、シグの反応、表情の変化はわずかであったが、少女は見逃さない。
「おや? その反応は図星ですかなぁ?」
「なんのこと・・・・・・と言いたいですが、後者については素直に認めておきましょう。えぇ、俺はあの術士たちの裏切り者です」
完全にすべてを否定するのは無理とみて、当たり障りのない事実だけを、シグは肯定する。
その顔には、いつもの笑みが浮かんでいる。
「昔、その道を学んでいたんですけどね。裏切って騎士になりました。だから、あの道の者には恨まれています」
「へぇ。どうして裏切ったの?」
「秘密です」
「ふぅん。その様子だと、何かやむを得ない事情があったようだけど」
ごまかすシグに、ルメプリアは推察を口にする。
口は笑っているが、目は笑っていない。
相手の真意を見抜く者、特有の顔だ。
ただシグも、道化師のような笑顔で、それ以上の真意は見抜かせない。
道化の笑みに、やがて少女は、洞察を諦めたように肩を持ち上げる。
「まぁいいわ。詮索はここまでにしておいてあげる。精霊は、そんな無粋な真似はしないからね」
「そうですか。ありがとうございます」
偉そうな少女に、シグは恭しく頭を下げる。
国賓の一人とはいえ、少女に騎士が礼を尽くすのはいささか不思議な光景だ。
そんな、行動とは裏腹に礼節を重んじる騎士をどう思ったのか、少女は鼻を鳴らす。
「それにしても、この国は発展しているわね。まだ、現代の世界の各国を一望したわけじゃないけど、伝統と新技術が上手く融合しているように見えるわ」
「そうですか?」
「えぇ。城下の風景だけでも、それが伝わってくるもの」
そう言って、ルメプリアは回廊から俯瞰出来る、城下町に目を向ける。
「マクスブレイズとは比べものにならない。夜を迎えようとしているのに、こんなに明るい町の様子を見られるなんて」
「あぁ。それは、おそらくガス灯のおかげでしょうね」
ルメプリアの曖昧な表現に、シグはその正体を答える。
「我が国の発明品で、町の各所に設置された、小型の灯台のようなものです。管理者の指一つで明かりがつく、便利な灯火ですよ。まだ町の各所にしか設置されていませんが、小型化が成功したら、各家庭にも設置されるはずです」
「流石は文明大国ね。そんなモノを発明するなんて」
感心するルメプリアに、「光栄です」とシグは会釈する。
「けど、発明品だけじゃない。町、国全体が明るい。これは、よほど治政が上手くて治安が行き届いた場所じゃないとありえないことなのよね。この国を治めるもの、守るものは優秀と見えるわ」
「・・・・・・褒めてくださっているのですか?」
一応、シグは確認する。
ルメプリアは苦笑する。
「えぇ。わかりにくかったかしら?」
「いえ。嬉しく思います」
「誇らしい? この国に生まれたことは」
「勿論。でなければ、騎士にはなろうと思いませんよ」
今度はシグも即答する。
練想術の道を外れて騎士となったシグだが、別に彼は逃げるだけが目的で騎士になったわけではない。
人並み以上の愛国心がなければ、騎士になどなれなかっただろうし、今のような立ち位置を手に入れられなかっただろう。
彼の返答に、ルメプリアは「そうでしょうね」と頷く。
その顔は、少しばかり少女を乖離している。
まるで妄言ではなく、本当の精霊めいていた。
「だけど、注意した方がいいわ。栄枯盛衰と言う言葉があるように、どんな栄華にも必ず終わりがやって来る。それは本当に、唐突にくるの」
そう言って、少女は空を見上げる。
その顔は、やけに英明そうであった。
「あのマクスブレイズが滅びたように、平和と秩序を築いた国にも終わりは来る。それは、何百年後かもしれないし、明日かもしれない。それを知らずにいたために、すごく傷ついてしまった少女を、私は知っている」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だから、というわけではないけど。全部を護ろうとしないことね。護るべき、本当に大事なモノを一つ、見定めておくことね。何があっても守り抜く、信じ抜くものを持っておくだけで、人は無限に強くあれる。逆に持たざる者は、いともあっけなく壊れてしまうことだってある。そのことを、心のどこかに留めておいてほしいわ」
そういう少女は、どこか独白めいてはいるが切実そうだった。
その呟きを見て、シグは思う。
目の前の少女は、まるで本当に、人の行き先を想う精霊のようだと。
無論、この世界に精霊などいない。
魔術の使い手にはそれを本気で信じる者はいるが、多くの者は、精霊とは人間が妄想で生み出した神話の、あるいは宗教の架空の存在と認識していた。
「お心遣い、痛み入ります。胸に留めおきます」
「――うむ。よろしい」
笑みを浮かべながら了承するシグに、ルメプリアは満足そうに頷く。
そんな中で、彼女の視線がシグの背後に向く。
シグもすでに、近づいてくる気配には感づいている。ルメプリアを視界に収めたまま、彼は振り返った。
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