7.しかし背は少女である
講義を終え、サージェは教室から工房に移って所用を済ませた後、帰宅の途に就くべく王城の廊下を歩いていた。
そんな中で、何やら子供たちが騒ぎを起こしている場面に遭遇する。
見ると、王城の庭で、子供たちが誰かを囲んで言い争いをしていた。
喧嘩、と呼ぶには状況が一方的である。
囲んでいる子供たちは大勢であるのに対し、囲まれているのは一人のようだ。
喧嘩と言うより、いじめの現場である。
正義感の強い彼女は、黙って見過ごせず、近づいていく。
「こら! 何をしているの?!」
彼女が声をかけると、その声に子供たちが振り向いた。
サージェの顔を見ると、子供たちは皆バツが悪そうな顔をする。子供は、練想術の教室に通う生徒たちだった。
「あ、サージェ――」
「サージェ、先生」
「大勢で一人を囲んで何をしているの! そんな悪い事しちゃだめでしょ!」
少し叱り気味に近づく彼女に、生徒たちは反射的に自分たちの行動に後ろめたさを覚えた様子だった。
が、すぐに何やらか思い出した様子で、囲んでいる相手を指差す。
「サージェ! この子をとっちめて! こいつ、盗人なんだ!」
「へっ、盗人?」
子供の言葉に、サージェは頓狂な声を漏らして眉を持ち上げる。
「そうなんだ。こいつ、俺らの練想術のノートを勝手に取ったんだ。その上中身を見始めて・・・・・・」
「先生! しかもこの子、練想術士の知り合いじゃないんです。それが勝手に、練想術について盗み知ろうとしている。危険です!」
少し年上の少女がそう告げると、サージェは少し焦りを覚えた。
練想術を部外者には教えてはならないということは、先に彼女自身の講義でも触れたことだ。
それを少しでも、程度の大小はあるが、漏れるのはあまりよろしくない。
サージェは、子供たちの間を通って、その子供の前へ行く。
子供は少女で、露出の大きな軽装をしていた。
「えっと、貴女。ちょっといいかな?」
「嫌だ」
「え?!」
穏便に話し合いに持ち込もうとしたサージェを、即座に少女は撥ね付ける。
それに面食らうサージェに、少女は言う。
「どうせ、そのノートを返して~とか言うつもりなんでしょう? 断るわ。何やら面白そうな勉強しているみたいだし、私にも教えてちょうだいよ」
「へ、は、えぇ?!」
予想外の言葉に、サージェは戸惑う。
こちらの言葉を先読みされたのはともかくとして、何やら自信げに笑いながら、言い放つ姿は堂が入っており、年齢より遥かに大人びている。
風格のある変わった少女であり、何やらただ者ではない。
「ノートの表題には、練想術ってあるけど、これ何? 昔は、こんな名前の魔術はなかったはずよ。何やらこの子たちも、まるで知られたらまずいこととでも思っているようだし、ひょっとして危険な魔術だったりするの?」
「・・・・・・えっと。貴女、一体何?」
子供にしては、やはりしっかりとした口調で話す彼女に、サージェは迷いながらも尋ねる。
それを聞き、少女は胸を張る。
「私? 私は精霊よ。精霊といっても、まだ起きてから間もないから、あまり記憶は戻っていないのだけれどね」
「・・・・・・サージェ。こいつ、頭おかしいんだ。さっきから、こんな馬鹿なこと言っている」
自慢げにはっきりと告げた少女に、子供の一人がうんざりした様子で言う。
どうも、子供たちはさっさとノートを返すように詰め寄っていたようだが、それに対して少女は、このような不遜な態度を取り、意味不明な発言を繰り返し、こちらの話を聞かないらしい。
そのため、実力行使でそろそろ取り返そうとしたところで、サージェがやってきたのである。
このことを聞き、サージェは強ばった笑みを浮かべる。
「な、なるほどね。そんなことが・・・・・・。で、でも皆、暴力はいけないよ、暴力は!」
そう言って、サージェはあくまで穏便に、少女に対して交渉を試みる。
「ねぇ、お願いを聞いてほしい――」
「まずはこちらの要求に応えなさいよ」
「貴女の持っているノート、私たちの弟子の大事なもので――」
「練想術とはなぁに?」
「詳しくは教えられないから、まずはノートを――」
「まどろっこしいわね。年の割りにチビのくせに、偉そうに」
「背の高さは関係ないでしょう!」
身長の話になり、サージェが不意にキレる。
年の割に子供っぽい外見であることを常々気にしている少女であるがゆえに、少女の一言は導火線を伝うまでもなく、直接火薬に火種が投下されたようなものであった。
交渉は破談になり、サージェもとうとう憤りを浮かべながら少女に対して構える。
「わ、私の身長を馬鹿にしてぇ・・・・・・。こうなったら、力尽くで捕まえるよ! それで、そのノートは身ぐるみ剥いででも――」
「国際問題になりかねないから、それはやめてくれ」
「ひゃあ?!!」
怒りの形相で周りが見えていなかったサージェは、真横からの声に悲鳴を挙げる。
そんな彼女の横を、何事もなく通り過ぎたのは、軍服姿の騎士であった。
サージェが思わず尻餅をつく中、騎士の青年は、軽装の少女の前へ向かう。
その姿に、少女は顔をしかめた。
「むっ、貴方か。また私の邪魔をしに来たの?」
「いいからとっとと帰りますよ、自称・精霊様。それと、そのノートは返してもらいます。ただのノートに見えるが、国の宝なんでね」
そう言うと、青年は少女の手から素早くノートを奪い取り、彼女が文句をいう間も与えず、ノートを背後の子供に渡す。
「ほら。もう取られるなよ」
「うん。ありがとう、シグ兄ぃ!」
喜色を浮かべ、子供は騎士に感謝の言葉を返す。
それを受け、青年・シグは淡い苦笑を浮かべる。
「その呼び名はやめろ。俺はもう、そんな立場じゃ――」
「シグ! 騎士の暮らしはどう?! 王女様にまた勝ったって本当?」
「工房来た時はこっそり寄って来なよ! 大人の人にはバレないように匿うからさ!」
「護身術教えて、護身術! 騎士の人なら皆が身につけて居るんでしょう?」
シグを見て、子供たちは皆、彼の周りに集まり出す。
そして何やら、彼と話がしたい様子で、声を掛け始めていた。
うんざりはしないものの、困った様子で佇むシグである。
そんな彼を、少し離れた位置でサージェは見ていた。
はじめは呆然としていた彼女だが、やがてその光景に、そっと下唇を噛む。
「相変わらず、好かれているよね、彼」
サージェに言葉を投げかけたのは、生徒の一人だ。
生徒とはいっても、歳はサージェのほんの少ししか違わない。彼らの中では最年長の少女だった。
「大人は裏切り者だって言うけど、子供たちにはあぁやって好かれている。どっちが本当の彼なんだろうね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
投げかけられる言葉に、サージェは応えられない。
暗い桃色の髪の生徒の少女が目を向けると、サージェは立ち上がった。
そして、深呼吸の後、シグに目を向ける。
「シ――」
「シグ。こんなところで何をしているのですか?」
「ひひゃあ?!!」
声を掛けかけたサージェの真横で、今度は女性の声が放たれた。
驚きからすってん転ぶサージェに、横に立つ生徒の少女が呆れる中、声を放った女性は微塵も動じずにシグを見据え、射貫いていた。
その声に、シグの周りに居た子供たちの顔が強ばる。
シグ自身は微塵も動じなかったが、目を向けて彼女と視線が合うと、内心上体を反らしそうになった。
「エヴィー・・・・・・。いや、エヴィエニス殿」
「何故貴方が、工房の近くに来ているのです。また、ロミア殿の使者ですか?」
涼しい声でそう尋ねたのは、練想術士たちの長で、練想術士の中では宗領と呼ばれる職にある女性、エヴィエニスだった。
彼女の、絶対零度と言われる瞳で貫かれ、しかしシグは笑みを取り繕う。
「国賓の一人が、勝手に抜け出しましてね。探しに来ていたんです。もう見つけたので帰りますよ」
「そうですか。確かに、長居はせぬ方がいいでしょう」
エヴィエニスは、感情の薄い顔つきのまま顎を引く。
にこりという、笑みすら浮かべない。
敵意こそないものの、淡泊としていてどこか冷徹だ。
「練想術士には、貴方を嫌う者も多い。貴方は、練想術士たちの裏切り者ですからね。皆の思いも、私にはよく分かります」
冷たく、ぐさりと言葉の刃を、エヴィエニスは突き刺すように告げる。
その一言にシグは表情を変えないが、代わりにサージェが喉を軽く鳴らす。
それに気づいてか知らずか、エヴィエニスは続けた。
「ですが、騎士との無用な争いは、こちらも望まぬところ。用が済んだのであれば、早急に去りなさい」
「分かりました。では、失礼します」
柔和な笑みを浮かべたまま、シグは軽装の少女の手を掴むと、有無を言わさずにこの場を後にしていく。
そんな彼の去り際を、エヴィエニスはじっと監視する。
この事の終幕に、子供たちと腰を抜かしたサージェは、身体を強ばらせたまま黙って見つめることしか出来なかった。
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