紅の練想術教師――――――――――――――――――――――――――――
6.彼女の芯は賢女である
「練想術は、人の思い描いたもの、想像したものを実際に形にする技術であることは、皆さんも知っているかと思います」
黒板の前にある教壇に立ちながら、席に居並ぶ子供たちに講義を行なっているのは、サージェであった。
練想術士の工房の一角は、練想術を学ぶ子供たちの教室となっている。
そこで子供たちに学問を教えるのは、練想術を修め、一人前の術士と認められた者たちであった。
学校の教師代わりであるが、後進の育成もまた練想術士たちの大事な使命だ。
まだ若いサージェであるが、彼女もすでに術士として認められた人間である。
そのため、まだ歳の近い少年少女に講義するのも、何らおかしなことではなかった。
「練想術は、大変すごい技術です。人が想像したもので、論理的に構築できるものであれば、材料こそ必要ですが、いろんなものが作りだせます。それこそ、まるで魔法のような力です。けれどこれは、魔術とは異なります。では問題です。練想術と魔術との違いはなんでしょうか?」
サージェがそう尋ねると、答えが分かった生徒たちが挙手をした。
彼女が生徒の一人を指名すると、指名された生徒はハキハキと答える。
「魔術が血統などで使い手を選ぶのと違って、練想術は修練を積めば、誰でも習得可能なものだからです」
「うん、その通り。練想術は、誰でも使う事ができる可能性があるものなの。ただ、そうは言ってもやはり、他の勉強と同じで、子供の頃から勉強しておかないと、なかなか覚えるのには時間がかかるものではあるんだけどね」
サージェが困り笑顔で言うと、それを見て生徒の一人が「知ってまーす」と答える。
それにサージェは楽しそうに笑い、「じゃあ」と話を進める。
「そんなすごい技術だけど、どうしてセルピエンテ王国でしか使い手がいないと思う? もうすでに、この技術が開発されてから、五十年も経っているのに。分かる人、いる?」
そのような質問をサージェがすると、先ほどと違って、生徒たちは手を挙げない。迷っている様子であり、なかなかの難問であるようだった。
やがて、一人の少女が手を挙げた。
「はい。クラーカちゃん」
「えっと、国にとっての重要な技術だから、ですか? 他の国には、なかなか知られたくないから、とか」
「ふふっ。なかなかいい線をいっているね。でも残念。少しだけ違います」
頬に指を当てて、サージェは小首を傾ける。
「それだと、ただの技術の独占だけど・・・・・・真の理由はもっと深いの。たとえば、何でも作れるこの技術が世に知られたとします。そうなった場合に、心優しい王様はともかく、悪い王様がこの技術を手に入れたら、何をすると思う?」
言いながら、サージェは少し眉を顰める。
生徒たちも、彼女が何を言わんとしているかをおおよそ悟った。
「悪い国の王様は、この技術を悪用して、多くの人を苦しめるでしょう。それが具体的に何になるかは分からない。けど、例えば戦争の兵器だったり、自分たちだけのために庶民を苦しめる道具を作ったりするかもしれない。練想術はね、誰もが扱える便利な技術である反面、悪用することも簡単なの」
初めこの技術を開発した術士は、この技術が画期的な力であることに喜んだ。
しかしすぐに、そのことにも気づいたという。
多くの人間を幸せにするためにこの技術を編み出したその術士は、そんな自分の思いとは裏腹に、練想術が狡猾に使われることを危惧した。
よって、この術の運用に制約をかけたのである。
「だから、練想術がこの国より外には未だ伝授されないようにしているの。そして、使い手も制限することで、この技術が悪用されやすく広まらないように、術士同士で監視する体制を作ったんだ。勿論、将来的にはどうなるかは分からない。もしかしたら、練想術士たちの考えも変わって、多くの人にも技術を広めていくかもしれない」
閉鎖的な社会での運用を、現時点では取っているものの、それもいずれ時が経てば、権力者たちが独占する悪い未来が待っているかもしれない。
そうならないように、未来では技術の布教も行なわれるかもしれなかった。
ただ、それは今ではない。
「まだ、この技術を学べるものは限られている。だから皆さんも、この技術を学べる事に誇りと責任を持つ事です。くれぐれも、悪さにつかったり、自分勝手な理由で悪用したりしないように。わかったね?」
サージェが模範的な練想術士らしく念を押すと、素直な性分な生徒たちで満ちている教室では、「はーい」という理解の声が響く。
それを見て、サージェは微笑みを浮かべる。
素直な子供たちは、きっと自分の教えを守ってくれるだろう。
だが、それは現時点の話で確証はない。
いずれこの生徒の中に、欲望に負けて練想術を悪用する人間が出てくるかも知れない。
また、限られた者しか出来ない練想術を学ぶ事の誇りを忘れ、その道を違える者も出てくるかも知れない。
前者はともかく、後者は実際にいることを、サージェは知っている。
幼なじみのその少年は、同じ国の騎士団にいることでその罪を免れているが、練想術を教えた同志からすれば、それは重大な裏切りだった。
そのことに考えを馳せたために、サージェの顔には一瞬陰が落ちる。
しかしすぐに、切り替えて笑みを浮かべ直した。
「それじゃあ、次は少し具体的な技術について復習をします。テキストを開いてください」
そう言って、彼女は練想術の講義を再開するのだった。
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