5.となりの姫

「そうか・・・・・・マクスブレイズが落ちたと言う話は真であったか」


 王城の王の間において、玉座についていたセルピエンテ王国国王・シーヴァルト十四世は天を仰ぐ。

 王の間では今、セルピエンテ王国の重鎮たちと、神聖マクスブレイズ王国より逃れてきた姫君や騎士たちが謁見していた。

 国王が嘆息すると、マクスブレイズ側の姫・マリヤッタが頷き、言葉を紡ぐ。


「魔物たちの侵攻によって、我らの国土は蹂躙されました。父上は少しでも多くの民や、私を始めとした血族を逃そうとなさり、結果・・・・・・」

「辛い事を聞くが、事の経緯を聞かせてもらえぬか? マクスブレイズほどの国が落ちたその経過を、私は知っておかねばならぬ」


 慈悲深く民政家として知られているシーヴァルト十四世は、しかし同時に施政者としての危機意識を働かせているのだろう。

 大国が滅んだ詳細を、彼はマクスブレイズの姫や騎士に尋ねる。

 その要求に、マクスブレイズの一行は皆眉を顰めるが、当然の問いとして、マリヤッタは動じることなく語り始める。


「事の始まりは一瞬でした。大陸の辺境で、魔物が湧き出るように大量に発生したのです。それに気づいた駐屯の騎士たちから報告が王都に届いた頃には、すでにその地域を始めとした騎士や村、町は壊滅と占領をされてしまいました」


 苦々しく、微かに震えながら、彼女はその悪夢を告げる。


「魔物たちの攻勢は凄まじく、国土は瞬く間に魔物によって蹂躙されました。王国の防備はその展開が間に合わず、大挙して王都付近まで迫りました。事の次第を見て、父上はせめて私たち子女を始め、国民の多くを逃がそうとしました。結果、その命をお散らしになられたのです・・・・・・」

「魔物の発生から、王都が陥落するまでの期間は?」

「十日にも満たなかった、と記憶しております」


 問いに対する騎士の回答に、大臣たちはざわつく。

 妄言でなく事実であれば、凄まじい侵攻速度だ。

 マクスブレイズの大陸の大きさを考えれば、魔物の移動速度を考慮しても、最大速度で侵攻してきたと思うほかない。

 そんな速度で、魔物が破竹の勢いで攻めてきたのであれば、防衛の体制など整えられるはずもなかった。


「思うに、魔物を率いる存在、魔王が同時に複数出現したのではないかと。魔物を率いるその存在が居るか居ないかで、彼らの行動力は桁違いに異なります。先例でもないですが、そうでもないと、今回の魔物の侵攻速度は説明がつきません」

「魔王が複数? そんなことがあり得るのか?」

「普通ならばありえません。ですが、そうと考えれば説明がつきます」


 大臣の問いに、騎士の一人が苦々しく答える。

 魔物を率いる邪悪な存在、魔王は世界各地で史上幾度と無く確認されている。

 だが、それが同地域に複数も出てくる例は、未だかつてなかった。

 しかしながら、思考を柔軟にしてそうとでも考えない限り、今回のような、大国・マクスブレイズのあっけない陥落は考えづらい出来事なのだ。


「避難した国民の多くはどうなられたのです? 無事、大大陸あたりにでも逃げられたのでしょうか?」


 話を変えて尋ねたのは、この場に列席していた少年であった。

 セルピエンテの王族の一人で国王の子息、名をリーグという王子である。

 聡明で利発であることで著名な童顔の少年の問いに、マクスブレイズの人間の表情が強ばる。

 騎士の少女が、何気ない動きで、中央にいる姫の背中をさすった。


「・・・・・・逃げられたのはごく僅かでした。避難する民草たちの多くは、その途中で魔物に追いつかれ、護衛の騎士共々虐殺されました」


 やがて口を開いた騎士の言葉に、セルピエンテの人間は息を飲んだ。

 矢継ぎ早に、騎士の一人が言う。


「我らの一団は、守るべき民に逆に守られ、辛うじて国を出る事ができました。我々が出国する間に国を出られた民はともかく、その後の民がどうなったかは、確認するすべがございません」

「そうか。辛い事を聞いてしまったな・・・・・・」


 苦々しく、国王は言う。

 いかに苦しく無念であったかは、マクスブレイズ一団の表情と空気が察せる。


「すみません。軽率に尋ねてしまって」

「いえ。王子の疑念は、遅かれ早かれ浮かんだものです。王子に責はございません」


 リーグが陳謝するのに対し、マリヤッタが応じる。

 鈴の音のような声を震わせる返答は、傍目からも無理しているのが分かった。


「シーヴァルト殿下。ぶしつけながら、お願いしたい事があります。今しばらく、王女様の庇護をお願い申し上げます。それに加え、国土回復のためのご支援も賜りたく存じます」

「・・・・・・なに?」


 騎士の一人が申し出たその懇願に、大臣が片眉を持ち上げる。

 騎士は続けた。


「我らは、第一に王女の身を守りたいと思います。ですが、それと同時に祖国を魔物の手から取り戻したいと思います。そのためのご支援を――」

「それは、安請け合いすることが出来ん」


 騎士の陳情を、意外にも即座に断ったのは国王自身だった。

 その反応に、しかしマクスブレイズの騎士は驚かなかった。


「私は、マクスブレイズを最大限評価しているからこそ言わせて貰うが、かの国を取り戻すための支援を容易には決められん。かの大国すら即座に打ち倒すほどの魔物の群れを、あっさり打ち倒せるとは思っておらんからだ。魔物どもを討ち倒すには、相応の準備と犠牲を覚悟せねばならん」


 そのように滔々と語った上で、国王は言う。


「我が国の方針としては、まずその魔物たちが我が国家へも雪崩れ込む事を想定し、防備を固めることが最優先とする。また、もしもの時に備えて国民を逃がす手はずを整えることも優先事項である。そして他国との連携、共闘や難民受け入れの協定も結ばねばならん。マクスブレイズの国土回復などは、残念ながらも最も後回しにすべきことでしかない」


 聞きようによっては冷徹だ。

 しかし、施政者としては最適解である。

 その言葉に、マクスブレイズの姫や騎士たちも反発はしない。

 むしろ、そういう判断は予想していたことであった。


「しかし父上。せめて、マリヤッタ殿の庇護だけは確約なさいませんか?」


 冷然とした王の言葉に反応し、そう具申したのは、セルピエンテの姫騎士、ルシラであった。


「国土を追われた彼女を、無下にする事は到底出来ません。せめて、彼女の保護だけは受け入れてください。でなければ、セルピエンテ王国の汚点にもなりましょう」


 そう進言する彼女に、一同は国王の反応を見た。

 国王は、顎をさすってしばし沈思する。


「・・・・・・そうだな。国を追われて傷を負い、苦しい思いもしていよう。せめてこの国にいる間は、この国を我が家と思ってお過ごしになられるといい」


 そう言った後に、王は王の間にいる人間を見回す。


「我が国としては、まずマクスブレイズを滅ぼした魔物に備えることを念頭に対策を行なう。具体的な方策は後日話し合うことにして、今日はここまでにする。よいな」


 王が力強く言うと、それを聞いた大臣や王族たちは顎を引いた。




「ルシラ王女」


 シーヴァルト十四世とマリヤッタ王女を始めとしたマクスブレイズ一行の対談が終わり、解散となった王の間の外で、ルシラは声を掛けられた。

 声に振り向くと、そこにはマクスブレイズの一行がいた。

 言葉を掛けてきたのは、その中の騎士のようだ。


「会談の際、我々を慮っての発言をしてくださり、ありがとうございました。おかげで、姫様を守る我らの願いも果たせそうです」

「なんだ、そんなことか」


 感謝してくる騎士に、ルシラは腰に手をやる。


「何も遠慮することはない。国を追われ、愛すべき国民に守られたお命だ。この国を祖国と同じと思い、心安らかに過ごされるといい」

「・・・・・・はい。感謝いたします」


 相手を思ってルシラが言うと、しかしその言葉に騎士は顔を強ばらせる。

 それに、ルシラが内心怪訝な気を抱く中で、マリヤッタは視線を背ける。


「では、私たちはこれで。重ねて感謝します、ルシラ王女」


 丁寧にお辞儀をして、マリヤッタは騎士たちと共にこの場を去って行く。

 それを見送り、ルシラも自分の持ち場に戻ろうとした。


「姉上。今の言い方はまずいと思いますよ」


 彼女を引き留めたのは、弟の王子、リーグの声だった。

 ルシラは振り返る。


「まずい、とは?」

「国を、愛すべき民を失った御方に、そのことを思い出させる言い草と、この国をそれと同等に思うように促すということは。些か酷というものです」


 そう諭され、ルシラもようやくそのことに気づく。

 慌てて彼女らは去った方に目を向けるが、すでにその姿はなくなっている。


「私とした事が・・・・・・失言だったか」

「今度また、謝っておきましょう。きっと、次の出会い頭に言えば溝にはならぬはずです」


 リーグがそうフォローすると、「そうか」とルシラは顎を引く。

 そして彼女は、今ひとたび自分の失言を反省するのであった。

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