滅びた国より―――――――――――――――――――――――――――――

4.梁の上の少女

「おかえりシグ。早速だが、次の仕事が入っている」


 騎士団の屯所に戻り、団長であるロミアの元へ向かったシグたちに対して、出迎えた彼女は早々にそう口を開いた。

 彼女の矢継ぎ早の仕事の指示は別に珍しいことではなく、シグたちが驚くようなことはない。ただ、気の強い彼女が珍しく、周囲を気にしているのが少しばかり気になった。


「はい。それで、仕事の内容は?」

「その前に、落ち着いて聞いてほしいことがある。まだ、あまり公に出来ぬ悪い報せが舞い込んでいる」

「なんでしょうか?」


 一緒に居たハマーが怪訝な様子で尋ねると、ロミアは立ち並ぶ三人に近づく。

 そして、声をひそめて言った。


「北の大陸、神聖マクスブレイズ王国が陥落した」

「・・・・・・は?」


 ロミアの言葉に、三人は耳を疑う。

 それは、世界の情勢も知っている彼らにとっても寝耳に水の報せだった。


「し、神聖マクスブレイズって、確か北の大陸を統一していた大国ですよね? それが陥落ってどういうことですか?」

「まさか、東の大大陸から、帝国が侵攻を起こしたんですか?」


 ハマーと、続いてヴィスナが尋ねる。

 ロミアは首を振る。


「違う。それが・・・・・・現時点の情報では懐疑的なのだが、魔物の大量発生が原因らしい」

「魔物の大量発生?」


 シグが言葉を繰り返すと、ロミアは頷いた。


「そうだ。大量に発生した魔物たちの侵攻によって、瞬く間に王国が落ちたというのだ。俄かには信じがたい話だが、現時点ではそのような情報しかない。詳しい事は、これから登城するマクスブレイズの生き残り、王族の姫や騎士たちが語ってくれることになっている」


 そう言って、ロミアは珍しく見せていた戸惑いの表情を消して、団長としての威厳ある顔立ちを取り戻した。


「お前たちに頼みたいのは、彼女や彼女の従者の登城の補佐と、会談の際の周囲の警備だ。まだ、多くは国民に知らせるつもりはない。今のところ、国王はすぐに事を国民へも明らかにする予定だが、無用な混乱は避けるとのご意向だ。内容によっては、明らかにしない情報も出てくるかもしれない」

「それを漏らさぬための警備、ということですね?」


 シグが敏く、ロミアの考えを悟って確認する。

 ロミアは再び首肯した。


「そういうわけだ。くれぐれも、マクスブレイズの方々に粗相がないようにな」

「承知いたしました」


 団長の指示に、三人は誰とともなく頷いた。




 神聖マクスブレイズ王国は、セルピエンテ王国の北方にある大陸の国だ。

 そこは、セルピエンテと同じく大陸を統一した大国であり、セルピエンテが文明大国と呼ばれるのに対し、勇猛な戦士を多く輩出してきた戦士大国として知られていた。

 時には東に位置する、大大陸と呼ばれる巨大な大陸の戦争を仲裁するほどの軍事力を持った国であるが、一方で自らは大陸外への侵略を起こさない、内向的な国家でもあることが有名であった。

 セルピエンテとは友好的な関係でもあったその国が、しかし今、滅びたという報せは衝撃的だ。

 しかも、前触れ的な報せがほとんど無い状況で、である。

 よほどの出来事があったのだろうというのは予想されるが、現在伝わってきている情報では、ただ魔物の手による陥落というものしかない。

 詳しくは、生き残りであるという王族の話を聞くほかなかった。




 ロミア団長の指示で、シグたちは別の軍属の部隊にも事情を説明すべく、使者として王城内を移動しおえていた。

 ロミアの伝言を語ると、別の団の者たちもシグたちが見せたような驚きの反応を示したが、国王や大臣から示された命令の書簡を渡すと、すぐにそれに従ってくれた。

 元々対立の少ない騎士団であるため、指示一つで衝突や騒動が発生することはない。

 無事使者の仕事を終えたシグたちは、一旦ロミアに使者の任を果たしたことを告げ、続いて会談の警備の準備を行なう手はずとなっていた。

 そんな、移動の最中である。


「ねーねー。そこのお兄さん、お姉さんたち~」


 上方から声がかかり、三人はぎょっと顔を上げた。

 反射的に腰の物に手が伸びるが、それを抜くには至らない。

 声を掛けてきたのは、王城の天井付近の梁に腰掛けた、一人の少女であった。

 見も知らぬ少女だ。

 ひらひらとした軽めの素材の衣服に身を包み、無邪気そうな顔で三人を見下ろしている。

 三人は声の正体が少女だと分かると警戒を解きかけ、しかし面識もないその人物に緊張を解かない。

 滅多にない事だが、人間に化けた魔物が王城に侵入した先例がないわけでもないからだ。


「ここの城、建築から何年ぐらい経っているのかなぁ? 立派な城だけど、年季は入っているっぽいし、結構名のある建築家の設計だと思ったんだけど」

「貴女、何者かしら?」


 少女の問いかけをひとまず無視し、ヴィスナが尋ねる。

 クールなその目元には、相手を測るような思惑が浮かんでいた。


「城下の子が、ここまでやってきてそんな高い所まで一人で登るなんて、俄かには信じがたいのだけれど」

「ん、私? 私は、城下の子じゃないよ。というか、この国の人間じゃないし」


 朗々と、邪気無く少女は言う。

 そして、ひょいっと梁の上から飛び降りた。

 衣服の裾をはためかせて落下した彼女は、並みの建造物の三階はありそうな高さを難なく降り立つ。

 その人間離れした身軽さに、三人は呆然とした後、ますます警戒する。

 はっきりとした敵意は見せないが、相手がただものではないという認識のもと、少しずつ包囲に動き出した。


「この国の人間じゃない、というのは? 両方に意味があるのか、どっちだ?」

「両方?」


 シグが油断なく尋ねると、少女はきょとんとすると、すぐに思い当たったようで手を叩く。

 そして、ニッと笑う。


「あぁそうか。お兄さんたち、私が人間じゃなくて魔物の類じゃないかと疑っているんだ。すごいなぁ」


 納得しつつも何故か嬉しそうにする少女に、三人は警戒の中で困惑する。

 何が嬉しいのか、三人には分からない。


「あっちの騎士の人たちは、どんなに私がそうだって言っても信用してくれなかったし。それに比べて、お兄さんたちは優秀だね。すぐに私の正体が人間以外の何かだって感づいてくれて」

「・・・・・・魔物か?」

「違う違う。私は――」


 一瞬、鋭い視線を浮かべたハマーに、少女は手を振って何やら否定しようとした。

 そんな時である


「あぁ! いたー!!」


 三人の背後から、そんな大きな少女の声が響いてきた。

 大音声に、三人は内心驚きつつも、それを表に出さぬように、また眼前の少女から目を離さぬように振り向く。

 するとそこから、セルピエンテとは別の、どこぞの騎士団の制服姿の少女は走ってきた。


「こらー! 勝手にいなくなっちゃだめでしょ! 姫様が心配してたんだからー!」

「げっ。見つかった。じゃあね、お兄さんたち――」


 何やらまずそうな顔をした少女は、そう言って踵を返して逃げだそうとする。

 が、それを三人は許さない。

 シグとハマーは横から、ヴィスナは前へ回り込むと、逃げようとする少女を確保する。

 その素早い確保に、少女は面食らう。


「えっ、ちょっ、まっ?! 何で私を捕まえるの?!」

「捕まえるに決まっているだろ」

「不審者は確保が常識よ」


 驚愕する少女に、シグとヴィスナが冷然と言い返し、彼女を取り押さえた上で、先の騎士の少女へ目を戻す。

 そこでは、その少女も硬直していた。


「で、貴女はどちらです? この娘の知り合い――というより、この国の人間ではないようですが?」


 ヴィスナが代表して尋ねると、それを聞いて、その少女は慌てて我に返る。


「こ、これは失礼。私はですね――」

「ルメプリアが、迷惑をかけたようね」


 自身の正体を伝えようとした騎士の少女の向こうから、また新たな人影が現われた。

 今度は、一人では無く集団だ。

 また、知らぬ者だけでなく、セルピエンテの騎士がいくらかいるようだった。

 その声に、この場の人間が目を向ける中、進み出てきたのは、銀髪の少女だ。少女はとても儚げで、また美しいと言う言葉がよく似合う乙女だった。


「あっ、姫様・・・・・・」

「カメリア。事情は私が説明するわ。セルピエンテの騎士の皆様、身内の者が迷惑をかけました」

「・・・・・・失礼ですが、貴女は?」


 シグが、逃走のためか暴れようとする少女をがっちり固定しながら訊ねる。すると、銀髪の乙女は頭を下げた。


「マクスブレイズから来た、マリヤッタといいます。以後、お見知りおきを」

「マクスブレイズ王国の姫君だ。粗相をするではないぞ」


 丁寧にお辞儀するマリヤッタの横で、顔なじみ――壮年のセルピエンテの騎士団長がそう言い加える。

 その言葉に、三人は居住まいを正しかけたため、危うく捕まえていた少女を逃しかけたものの、幸いにも逃走される事を阻止できたのだった。

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