3.しかし訳あり者である
練想術士の工房へ書類を届ける――その仕事を終え、シグは騎士団屯所への帰路についていた。
その最中、彼はまだ帰還への時間の猶予があるのを見て、廊下の端へ向かう。
町を見下ろせる窓から外を見て、彼は嘆息した。
その顔には、普段は楽観的で気障ったらしい彼からは想像しにくい、暗澹たる、苦っぽく深刻そうな重い表情が浮かび上がっていた。
何やら思い詰めた様子の彼だったが、しばらくその場に居ると、誰かが近づいてくるのに気づく。
すぐに表情を切り替えたが、振り向いたところで、それは無用のものだったと悟った。
「よう。どうした、暗い顔をして」
現われたのはシグと同年代の男女二人組で、そのうちの一人が手を挙げる。
騎士団の同輩だった。顔なじみで、シグとは仲の良い二人である。
名をハマーというその青年に、シグは笑みを浮かべた。
「何のことだ?」
「とぼけるなよ。何か、嫌な事でもあったんだろ?」
ごまかそうとするシグに、ハマーはそう尋ねる。
続いて、一緒に居た少女が口を開いた。
「団長の言いつけで、練想術士の工房へ向かったと聞いたわ。どうせそこで、また辛辣な対応を受けたのでしょう?」
「・・・・・・ちっ。隠すだけ無駄か」
少女の指摘に、シグは早々に観念した。
認め、シグは周囲にあまり人が居ないのを確認すると、また窓の外へ視線を向けた。
再び思い詰めた顔になる彼に、ハマーと少女は顔を合わせてから、彼の隣まで歩み寄る。
横に並ぶ二人に、シグは口を開いた。
「知っているだろ。俺が、元は練想術士の卵だったって」
「あぁ。でも、それを辞めて騎士団に志願したんだってな」
「そうだ。その件で、俺はあそこの人間に恨まれている。自分で言うのもなんだが、俺は元は練想術士として期待されていたんだ。それを、途中でやめて騎士団に入ったもんだから、彼らからすれば背信行為に映ったんだろう」
そう語るシグの顔には、普段ではあまりない真剣さがある。
一見すれば、やや妙な話であるが、その理由を少女が触れた。
「確か練想術士は結束が固く、その分裏切り行為には敏感なんだそうね。曰く、練想術は国の機密だから、容易に外へそれを持ち出すことを嫌っているだとか」
「あぁ。だから、彼らには未だに目の敵にされているんだ」
「なるほど。それにへこんでいたって訳か」
得心いった様子でハマーが頷くと、それにシグが横目を向ける。
「へこんではいないさ。でも、少しだけ辛い」
「同じじゃないか。もう結構経つんだろう? 未だに恨まれているとなれば、そりゃあ弱音の一つも二つも吐きたくなるよ」
同情の言葉を返すハマーに、少女も頷く。
「そうね。でも、貴方の立場も複雑ね。父は練想術士、母は騎士団長だし」
「少し嫌みっぽいな、それ」
「そうかしら? 事実に触れただけだけど」
涼しい顔の少女に、シグもハマーも苦笑を浮かべた。
シグの身の上は、すでに彼の口から触れたようなものだった。
彼は騎士団に属す騎士で、父に練想術士、母に騎士団長を持つ人物だ。
騎士団長と言っても、王国には複数の騎士団長がいるのだが――という話は完全に余談となるであろうことなので、あまり深くは語らないでおこう。
とかく彼は、そんな両親の元に生まれ、幼い時は練想術士となるべく修行を行なっていた。
ただ彼は、それを途中で辞めて、騎士団に志願した。
悪く言えば、練想術士としての道を裏切って、騎士になったわけである。
練想術は、ここセルピエンテ王国にのみ伝わる先進的な技術であり、想像する物体を具現化するという、魔術のようにも思える大変な技術であった。
ただし、使い手を選ぶとされる魔術とは異なり、練想術は幼少から訓練すれば理論上は誰でも習得可能であるものだ。才能の差異こそあるが、それでも万人に使える可能性がある技術として、王国では一部の者たちに使役されていた。
一部、と言い方から推測は立とうが、使い手もごく少数であり、まだまだなり手は少ない。
発明からまだ五十年も経っていないからそれも当然で、使い手は王国内でも百人に満たなかった。
そのため、閉鎖された社会でもあり、一度道を違えて背信したものへの風当たりは強い傾向がある。
シグに対する練想術士たちの風当たりの強さも、これに起因する所があった。
「一見すれば、練想術士の道を辞めて、母方のコネを頼りに騎士団に入った風にも見えるし、難儀だよな。実際には、実力で今の立場を築いたわけなのに」
「今では、そうだけどな。昔はそうは見えなかったから、仕方ない」
「大変だよな。素は真面目なのにな、シグは」
ハマーがそう言うと、シグは「そうかな?」と軽く、おどけるように笑う。
それを見て、少女が肩を竦めた。
「まぁ、練想術士の人たちの恨みの誤解を晴らすなんて、考えるだけ無駄よ。先入観に染まった人間は、たとえどんなに正論を唱えたところで納得しないもの。自分が絶対に正しいと思って、曲がる気も無い人間の意思を変えるなんて、不可能だもの」
「ヴィスナ、お前、根も葉もないこと言うな・・・・・・」
ハマーがそう言うと、少女は「そうかしら?」と首を傾げる。
どうやら、本人にはあまり意識も悪意もないらしい。
そのやりとりに、シグは思わず笑う。
そして呟く。
「まぁ、全員が全員、俺の敵じゃないのだけが救いだけどな」
「ん? なんか言ったか?」
たまたま聞こえなかったのか、ハマーが尋ね返すと、シグは首を振ってごまかした。
「いいや。それより、早く帰ろう。ここであんまり道草食っていると、母さん・・・・・・団長に叱られる」
シグが言うと、ハマーもヴィスナも頷く。
シグの母、団長のロミアは、気性が荒いことで知られる烈女だ。
普段からきついが、特に説教の時は、その強烈さで恐れられていた。
そんな彼女を怒らせないようにという意識を共有しつつ、三人は屯所への帰路につくのだった。
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