2.また裏切り者である

 カタカタと、薄い光に包まれた円陣の上で、木材が自律的に動き続けている。

 人の手も借りず、動き続ける材木は、勝手に組み立てられ、釘が突き刺さり、固定されていく。

 その、少なからず怖気も感じかねるだろう光景は、しかしやがてその物体が完全に組み立てられるに至ると、感動へと変わる。

 作り出されたのは、木製の大きな箱であった。

 二段階層に分かれた木箱で、少し知識があるものが見れば、それは木製の冷蔵庫と呼ばれる生活の利器だと判別できたはずだ。

 完成したそれに、臨むのは二人の女性であった。

 一人はその冷蔵庫を作り出した人物で、完成をみて、杖を手に大きく深呼吸をつく。赤髪の、大きく明瞭な丸い目を持つ可憐の顔立ちをした少女で、元は少し童顔気味で快活である顔立ちを、今は疲労で汗ばませている。

 もう一人は、白銀の髪を持つ美人な女性である。少女が太陽ならば、彼女は氷の惑星というところで、美しく輝きつつも冷気と威圧を伴う相貌をしていた。

 彼女は怜悧な表情で冷蔵庫に近づくと、その出来を手で開けて調べ始める。

 赤髪の少女が緊張の面持ちでそれを見る。

 やがて、美女は淡く微笑んだ。

 そうやって笑えば、美しくも冷徹とは遠い、暖かみを感じられる人物であるということが分かる。


「完璧です。欠点は見つかりません。また、練想術士として腕をあげましたね」

「本当?!」


 美女の言葉に、少女は喜色を浮かべる。

 その腕に、抱えられている杖を握る手に、思わず力が入った。

 美女は頷く。


「えぇ。依頼に応えるには充分な出来です。お疲れ様でした、サージェ」

「えへへ。ありがとう、エヴィー・・・・・・じゃなかった、師匠」


 笑顔で顔を綻ばせていた少女は、そこでふと何かに気づいて慌てて取り繕う。

 それに対してエヴィーは、正確にはエヴィエニスという名の女は、苦笑する。


「別に訂正しなくていいですよ? それより、疲れたのではないですか? 少し休憩でもしてきてください」

「うん。分かった。ありがとうね、エヴィー!」


 再び感謝を言葉にしながら、少女・サージェは頭を下げた後、工房と呼ばれるこの場を出ていく。

 安堵から、手を当てた胸を撫で下ろしつつ、職場の休息用スペースに向かう。

 憩いの場である工房の外の場へと向かうと、そこにはすでに多くの人間たちが屯っていた。


「ようサージェ、お疲れ」

「お疲れ様、サージェちゃん。依頼の品はうまく出来た?」


 工房から出てきた彼女を出迎えたのは、同じ職場の人間の同輩たちだった。

 彼らのねぎらいの言葉に、サージェは笑顔を浮かべる。


「うん。上手くいったよ。お気遣い、どうもありがとうございます」

「それは何より。サージェちゃんも腕をあげたわねぇ」


 謝辞を述べたサージェに、同輩の一人である年配の女性が口を開いた。


「作業時間も短くなったし、何より精度もあがってきているそうじゃない」

「本当にな。エヴィーも鼻が高いんじゃないか。妹弟子がここまで上達しているとなるとな」

「えへへへ。そ、そうかなぁ?」


 手放しに褒めちぎられ、少女ははにかむ。

 まだ十六歳という幼さでありながら、サージェの腕前は同僚たちが認めるだけのものがある。

 工房――練想術士たちの正式な職場へと加わったのはつい最近であるが、事前に顔馴染みでもあった彼女は、職場の人間たちとも上手く馴染んでいた。

 とにかく人なつっこく、可憐な少女である。

 その点が、より周囲の評判を上げているのは間違いなかった。


「そうさ。流石はプロソフェル家の正当な、練想術宗家の跡取りだな」

「う、うん。ありがとうございます」


 ある種持ち上げるような褒め方をする同僚に対し、サージェは少し言葉に迷いながらも応じる。

 そのやや困惑した様子を見て、他の同僚たちは「おいおい。サージェが戸惑っているじゃねぇか」とか、「あまりサージェちゃんを困らせちゃだめよ」と茶々を入れる。

 その言葉に、発言主が舌を出しておどけると、周りの人間たちは笑い合った。

 サージェも、その中に混じって笑う。

 場は、非常に陽気で和やかな雰囲気に包まれていた。

 だが、そんな場の空気が、一瞬で変質する出来事が起きる。

 原因は、ある人物の来訪だった。


「すみません。エヴィエニス殿、いらっしゃいますか?」


 その声に振り返った人間たちは、すでにその声で顔に険を走らせていた。

 皆の視線が注がれたのは、職場の出入り口の扉の向こうだ。

 王城の廊下にも繋がるそこから現われたのは、人の良さそうな顔立ちをした青年だった。

 騎士団の装束に身を包んだその青年に、その姿を視認した人間たちは目つきを鋭くする。


「お前か。何の用だ?」


 さっきまで笑っていた男が刺々しくそう尋ねると、騎士団の青年――シグは物怖じする事無く、愛想のよい笑みを浮かべる。


「騎士団からの書類を持ってきました。目を通していただきたいのですが」


 その言葉に、皆は顔を合わせて目線のやりとりをしてから、振り返る。


「彼女は工房の中だ。今なら話せるだろう。だが、粗相はせずにさっさと帰れ」

「はい。分かりました」


 鋭い言葉に、しかしシグは少しも動じることなく、頭を下げてから職場の中に入ってくる。

 そして、そのまま工房の方へと向かおうとした。

 だが、ふとその足が止まる。

 サージェの少し前の位置だ。


「おい。お前、大丈夫か?」

「え?」


 シグが声をかけたのはサージェだ。

 その声に、彼女は目を丸める。


「なんか、少しだけ辛そうだが。ちゃんと休めているか?」


 少し笑いを交えながら、シグは言う。

 その言葉に、サージェはやや驚きながらも作り笑いを浮かべる。


「う、うん。大丈夫。お気遣い、ありがとうございます」

「・・・・・・そうか。ならば、いいんだが」


 ぎこちなく返す少女に、青年は少しだけ苦っぽく唇を歪めるが、そこで練想術士の誰かが咳払いをつくと、すぐに笑みを浮かべ直す。


「失礼。じゃあ、お仕事頑張って」


 そう言うと、シグは工房の中へ入っていく。

 視界から消えた彼に、この場の誰かが舌を打つ。


「あいかわらず厚顔な奴だ。どの面下げてこの場にこれるんだか」

「フェルズの息子だからって、身内のつもりなんでしょう。彼も可哀想だわ。あんなのが息子だなんてね」


 先ほどまで陽気だった者たちが、一斉に陰口をたたき出す。

 サージェも口には出さないが、いつもは快活なその顔に、少なからず陰を落としていた。

 ただ彼女の場合、他の者が嫌悪や忌避を浮かべているのに対し、寂寞と苦渋を浮かべているという違いはあったが。

 何故、彼らがそのような顔や反応をするのか。

 その理由は、ある者が呟く。


「あの、練想術士の裏切り者め」

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