第1章
道化の騎士――――――――――――――――――――――――――――――
1.シグは嫌われ者である
晴天の下、二つの影がぶつかり合っている。
正面衝突した影は、鍔迫り合いの状態から互いに攻撃を繰り出すが、攻撃を躱しながらの攻めは、相手に当たる事無く空を切り、不発に終わった。
スピーディーな攻防は、それだけで二人がかなりの腕利きであるのが分かる。
訓練用の木刀と防具を着けた二人は今、鍛錬という名の決闘を行なっていた。
場所は文明大国・セルピエンテ王国内の王城――その訓練場だ。
騎士たちの鍛錬の場であるそこで戦うのは、勿論騎士である。
白熱の攻防を繰り広げる二人に、周囲からは声援が飛ぶ。
「姫さまー、ファイトです!」
「さっきの一打、惜しかったですよ! その調子ですー!」
「シグなんてぶっ飛ばせ!」
二人に対する――というよりも、片方にだけ応援の声が続く。
声援を送るのは女騎士ばかりで、男の騎士たちはそれを特に止めたりすることなく、鍛錬の様子を見つめている。
中には、多少騎士の片側へ、同情の念を浮かべる者もいた。
そんな最中、声援を受けた片側の騎士が相手へ切り込む。
先手をとって真正面から刺突を放った騎士の剣先は、相手の喉元へ迫る。
次の瞬間、決着がつく。
刺突を放った騎士の木刀が、相手の騎士がくるりと翻した木刀に巻き込まれるように絡め取られ、宙を舞った。
木刀を手放された騎士は、かわりに喉元へ木刀を突きつけられる。
手ぶらになった騎士と木刀を突きつける騎士――勝敗は明白だった。
「そこまで! シグの勝ち!」
決着がつくのを見て、審判を務めていた中年の女性が試合を止める。
その声を受けると、騎士は両名ともにその女性へ正対し、膝をついた。
「姫様、無駄打ちが多すぎる。相手を倒す事に必死になりすぎて、相手の観察を怠っていたのが敗因です。シグ、貴方はその点相手をよく見ていました。が、貴方も相手の隙を見逃しすぎね。もっと早く試合を終わらせる事も可能だったはず。もっと積極的に攻めなさい」
審判の女性は、試合での二人の反省点を言葉短くまとめると、そこで周囲に目を馳せる。そして、「今日の鍛錬はここまで。解散!」と告げた。
その言葉を受け、二人の騎士は向き合い、互いに礼をする。
「また私の負けか・・・・・・。これで通算ではお前の二十八勝二十三敗だな」
そう言ったのは、声援を受けていた姫の騎士だった。
「だが、次は負けん。いずれお前に追いつき、追い越してやる。覚悟していろ」
「しょうもないことですけど、よく通算成績なんて覚えていますね」
凜々しく宣言する姫に、シグと言われた騎士は笑い交じりに言う。
「ま、そう簡単に俺は姫様に遅れを取るわけにはいきません。姫様に負けたら、王国を守るための騎士としての立場が逆になくなってしまいますからね」
「・・・・・・いつか吠え面かかせてやるから覚悟していろ」
軽口気味に、癪に障る物言いのシグへ、姫騎士はそう言って踵を返す。
彼から離れて訓練場の片隅に向かうと、彼女はそこで防具を取り外した。
やがて露わになったのは、白金髪の美貌だ。切れ長で、蛇のようでもあるが、恐ろしさより先に神秘さが際立つ瞳に、透き通った白い肌をしている。
防具の下から露わになったその凜々しくも美しい相貌は、思わず息を飲みそうなほど、サマになるものだった。
そんな彼女へ、続々と他の女騎士たちが歩み寄ってくる。
「姫様、お疲れ様でした~」
「惜しかったですよ。本当にあと少しの差です」
「ん。ありがとう」
声を掛けてくる者たちへ、姫騎士ことルシラ・シーヴァルトは言葉を返す。
周りの女騎士たちは、彼女の取り巻きだった。
姫であり、また人並み以上に美しい彼女に、周りに付きまとう人間が出来ることは当然のことだ。
ルシラ側につく者たちだから、負けた彼女を慰めるのは当然である。
だがそれ以上に、今回は相手が相手とあって、姫への同情がより強かった。
「おのれシグめぇ。姫様に黙ってやられればいいものを」
「生意気なのよね、あいつ。一回、と言わず何回も痛い目に遭えばいいのに」
「本当にね。私たち相手にも全く容赦しないし。差別よ差別」
口々に、女騎士たちはシグへの不満を口にする。
今回ルシラの相手となった男騎士は、常々女騎士から評判が悪い相手だ。
理由はいろいろあるだろうが、一口に言えば生意気で軽薄な物言いが災いしているのだろう。
そんな周囲の怨念の言葉の数々に、ルシラは内心苦い気分になる。
ルシラ自身、彼の事はあまり好いていない。
ただ彼女の場合は、勿論生意気で少し気障なところがあるのもあったが、同時に彼が、自分よりも強いという点であまり好い感情は抱けていない。
強さを求める姫騎士にとって、自分よりも強い存在はそれだけで障害だった。
ただ、だからといって手放しに憎いほど嫌いというほどでもなかった。
彼女の悪感情は、いわば好敵手に向けるそれであって、私怨ではない。
その点が、周囲の女騎士たちとは違っている。
「まったく。団長の息子だからって、調子乗るのも大概にしろって話よね」
「それは、違うのではないか?」
だから、女騎士の一人が口にした言葉に、ついにルシラも黙って居られずに口を挟んだ。
「シグは確かに団長のご子息だが、彼はそのことをかさに着たことなど一度もない。それに、我らに対して手加減しないのも、あくまで彼自身は最低限度の公平さを保っての事だ。同性の騎士にも我らにも態度を変えない。その辺りの節度は守っている奴だ」
周りの女騎士たちが口にした不満に対し、それに対する反論をルシラは言う。
それに、女騎士たちは初めぽかんとするが、慌てて言葉を返す。
「そ、そうですね。確かに公平ではありますよね!」
「団長の息子なので傲慢というのは誤りでしたね。すみません!」
「うふふ~」
口々に謝罪をする取り巻きの中、その中では異質な、のんびりとした笑い声が混じる。
ルシラたちが目を向けると、そこではふわふわとした髪の、それと同じようにのんびりとした雰囲気を纏った女騎士が微笑んでいた。
「なにがおかしい、ラートゲルタ」
「いえいえ~。本当に些細なことですけどぉ」
名前を呼ばれた女騎士は、笑みで目を細めながら、ルシラを見る。
「姫様は本当に生真面目ですねぇ。シグくんにそこまで肩入れなさるなんてぇ」
そのように、女騎士たちの中では先輩格にあたる人物、ラートゲルタが言うと、それを聞いたルシラはむっとする。
「別に、肩入れしているわけではないぞ。事実を言ったまでだ」
「うふふ~。ではそういうことにしておきましょう」
「含みのある言い方だな」
「いえいえ。そんなことないですよぉ」
言い返すルシラに、ラートゲルタはくすくすと笑い返すだけだ。
その、やはり意味深な態度に釈然としないルシラだったが、その時ふと、自分が試合後にシグと交わした会話を思い出す。
思えば、あの会話も少なからず無礼だったかもしれない。
そう思い、ルシラはしばし取り巻きの女騎士たちと会話を交えた後、彼女らに断りをいれてからシグの元へ向かう。
一応、無礼の謝罪をいれるためだ。
取り巻きの騎士たちの無礼さから、人の振り見て我が振りを直そうと思ったのである。
だが、シグの元へ向かったルシラは、彼の姿を見つけられなかった。
不審に思い、近くの別の騎士に尋ねる。
「なぁビアリ。シグがどこ行ったか知っているか?」
その問いを受けて、名前を呼ばれた騎士は一瞬嫌そうな顔をしたが、
「あぁ。シグならさっき、団長の言いつけでどこかへ行きましたよ。なんか書類らしきものを持たされていたので、しばらく帰ってこないんじゃないでしょうかね」
そう言葉が返ってきたため、ルシラは謝罪のタイミングを逸した事を悟るのだった。
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