神の熾火のバーレイグ~終わるセカイと練想術士~

嘉月青史

プロローグ

追想

 これは、終わりの物語だ。

 あらゆるものには始まりがあるように、いずれすべてに終わりは来る。

 太陽が、朝日で昇れば夕日になって沈むように。

 大樹が、新芽から大きな幹となり、やがて枯れて朽ちていくように。

 活き活きとした始まりがあり、寂しく儚い終わりがある――

 それは世の常、世界のきまりごとだ。


 ヒト、という存在もまた同じであろう。

 文明を築き、歴史を繋ぎ、あらゆる生物の頂点に立った、ヒト。

 それもまた、その傲りと過信、そして愚かさから、終わりを迎えるのだ。

 思えば、神話もあった。

 かつて世界を統べ、多くの建造物や文明品を残した神も、やがて滅びた。

 ヒトを導いていた彼らもまた、自らの過ちに気づけなかったのだ、と。

 そのような神話があったのだ。

 神ですら永遠の存在になれなかった世界である。

 そんな世界で、何故ヒトだけがその存在を保てるだろうか。

 我らの生み出したものは、いずれすべて消えていくだろう。

 それは、発明品や建造物だけではない。

 きっと、ヒト独自の価値観や普通の思いようすらも、跡形無く消えていく。

 ヒトが生きた証も、やがて神がそうであったように、消えてしまうだろう。


 繰り返す。これは、終わりの物語だ。

 あらゆるものには始まりがあるように、いずれすべてに終わりは来る。

 普通の考え方も。

 祈るような想いや信仰も。

 紡いだ歴史や文明たちも。

 そして、その頂点に立っていた者たちの存在もまた、例外がくる。

 忘れ去られていくのだ。

 物事の真の終わりとは、誰にも思い出されなくなった時のことを呼ぶ。

 神話が真実でなく、神話として信じられていた世界である。

 ともすれば、ヒトと言う存在もまた、伝説と空想となる世もこよう。

 彼らが支配を確立した時に、やがてその時は来る。

 その日は近い。


著書『人魔大戦回想録』「歴史作家の遺書」より

著者######(文字が掠れて消えている)





   *



 虹色のチューリップが咲く丘を、幼き少年と少女が歩く。

 革新の技術・練想術で発展を続けるセルピエンテ王国の風土は、美しい。

 文明大国とも呼ばれ、独自の文化や技術を作り続けたこの国は、ここ四半世紀でさらなる発展を遂げている。

 他では咲かないこの虹の花も、その証拠の一つだ。

 それを生み出した祖父を持つ少女は、花を見るたびに誇らしい気分になる。


「私にも、作れるかな」


 少女が漏らした独り言に、少年が振り返った。

 少年の蒼い瞳に、きれいな紅の髪と瞳の、可憐な少女の姿が映り込んだ。


「おじいちゃんみたいに、世界の人々が笑顔になるもの、作れるかな?」

「先生は、サージェなら作れるって言っていたぞ?」


 少年が言うと、少女は彼に顔を向ける。


「きっと、自分よりすごいものをたくさん作ってくれるはずだって。最期も言っていたじゃないか」

「うん・・・・・・。そうだけど、でも、自信ないな」


 視線を落とし、少女は力なく笑う。


「おじいちゃんみたいなすごい人に、私はなれるのかな?」

「世界で一番の練想術士になる――それが夢じゃなかったか?」


 気後れしている様子の少女に、少年は笑いかける。


「サージェならなれるさ。きっと」

「・・・・・・うん。そうだね。ありがとう」


 ありきたりな、平凡な励ましであったが、少女はそれに嬉しそうに笑う。

 その眩しい笑顔を見て、少年の心は少しくすぐったさを覚えた。

 思わず、ごまかしの言葉が出る。


「まぁ、その前にまず俺を追い抜かないとな。世界一になるには、まず目の前の俺を越さないと意味が無い」

「むっ・・・・・・。そうだね。まず倒すべきはシグだったね」

「そうそう。でも、俺だって簡単に負けてやるわけにはいかない。父さんの顔に泥を塗るわけにはいかないからな」

「それは私だって同じだよ。おじいちゃんやお父さんたちのためにも、負けないんだから!」


 明るく、嫌み無く、少女はそう宣言した。

 それを聞いて、少年は意地悪く笑ってから、先を歩いて行こうとする。

 それを見て、少女が慌てた。


「ちょっと、待って。置いていかないで! 待ってよ~」

「うるさい泣き虫! 悔しかったら早く追いかけて来い!」


 早足から駆け足へ、歩く速さを移しながら、少年は照れ隠しから口汚く言う。

 そんな彼を、少女は抗議の声をあげながら、追いすがった。



   *



 瞼を開けた青年は、しばしそのまま天井を見上げる。

 ぼーっと、しかし今見た夢を、彼は思い返していた。

 それは、幼き日の思い出だ。

 脳の奥底で眠っていて、意識的にはなかなか思い出さない、些細な記憶だ。

 楽しかった、暖かかった思い出の光景に、青年は思わず笑いかけ――苦虫をかみ殺す。

 ――今の俺に、この思い出を楽しく感じる資格は、ない。

 そう思いながら、彼は起床する。

 定時にはまだ早いが、しかし寝坊するよりマシだ。

 しばらく外で、密かに鍛錬でもしておこうと思った。

 今の道に進んだからには、今の道で結果を残さなければならない。

 もう自分に、後戻りは出来ないのだ。

 彼女たちを裏切った、今の自分には、もう――

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