おせっかいな黄金の習慣

冠梨惟人

第1話

 めったにとれない連休の最後を美希と飾るために、原宿まで来たのに。


 曲がり角でプラカードを胸に掲げて立っている派手な色した警備員を見つけて、美希は隣にいるのに大声で叫んだ。


 「あれ、あれだよ、テレビで見た、ならぼうよ」


 「おい、待てよ、一時間半もこの暑い中ならんだら倒れるよ、俺昨日あんまり寝てないから」


 もう、美希の性格を知り尽くしているから無理だとわかっていたが、口から出ていた。


 「美味しいんだって、原宿でしか買えないんだって」


 なんてことだ、タイミングが悪すぎた。


 「ほら、あれ見て」


 いやもう見てるよ、たしかに普通ではないのはわかるよ、ならんでポップコーンを買いたい人がこんなにいるんだから。


 でもこれは出来過ぎだろう。


 内心、思いながら目の前を通り過ぎる外人を見送った。


 金髪のきれいな女の両手がぶら下げた店のロゴが入った手提げ袋は、はち切れんばかりに。


 「ね、私がならぶから。お店に入る前に電話するから、洋服でも見ててよ」


 この事態を招いた警備員が様子を伺いながら見ている。


 「ね、警備さん。食べたことあるの」


 俺はプラカードを胸に掲げた警備員に話しかけた。


 行列の整理のために仕事で来ていたら買えるわけないと思いながら。


 答を聞く前に美希が話に割り込んだ。


 「行列ってまだ出来るんですか、夕方とかだともっとならばなくても買えますか」


 警備員は慎重に考えながら言葉をつないでいるように感じられた。


 「今日は連休の最後ですので、昨日とは感じが変わるかもしれませんが、昨日でしたら今頃は原宿駅の前ぐらいはならばれていまして、待ち時間をきかれたら三時間半待ちぐらいですと答えていました」


 「三時間半待ち、ポップコーン買うのに、嘘だろ」


 正直な気持ちが声に変わっていた。


 「そうですね、実際はあの緑のバス停くらいだと四時間はかかるとは思います」


 「なんでそんなにしてならぶの」


 「日本で二カ所しか買えないらしくて、酒々井しすいの店では整理券を配るらしくて開店から五分くらいで整理券がなくなるとか、実際に昨日酒々井しすいから買いに来たという方がそのようなことを話して下さいました」


 なんだ、一カ所っていうのは美希のデマか。思いながら。


 「え、酒々井しすいってどこなの」


 「千葉県とか確かそこらへんだと思います、昨日だけで、二組の方からならんでも買えるからいいよと言われました」


 「ほら、ほら、一時間半待ちなら短いんだよ列」


 しまった。


 思った時には遅かった。


 もう我がまま全開の目になっていた。


 「わかった、夕方買いにこよう。そんなにならぶなら、お土産にもいいだろうから」


 「お客様、もしギフト用でお考えでしたら缶の方は夕方だと売り切れている可能性が大きくて、ぼくも昨日からここで仕事をしていて昨日は知らなかったのですが、同じように言われた方がいまして、その頃には缶が売り切れで、あの時にならんだ方が良かったとか、言われていたので、もしかしたら夕方では売り切れている可能性もあるかもしれないです」


 おい、どうしてそこまで。


 「警備さん食べたことあるの」


 美希が同じ質問をした。


 「昨日ご好意で、お店の方に頂いて食べました」


  三時間半もならんで買うほど、そう感じた俺はその思いをぶつけていた。


 「そんなに美味しいの」


 「ぼくが頂いたのはシカゴミックスという種類でした。それしか食べていないので他の種類はわかりませんが、シカゴミックスは、」


 「どれくらい美味しいですか」


 話の途中で、美希が問いかけた。


 「笑えるくらいでした」


 漫画に出てくるような真面目な感じの黒縁眼鏡をかけた警備員は真剣な顔で答えた。


 「最後尾はこちらになっております」


 話を聞いていた人達が後にならんだ。


 「俺、ならんでるから、美希は服でも見て待ってろ」


 結局、おせっかいな警備のおかげで列で待つはめになった。




 店から出ると金髪の外人さんと同じようになっていた。


 椅子を探して歩道の前の休憩所まで歩いていたら、警備員はまだ、同じところにいた。


 「警備さん、二時間かかったよ、目の前の人がたくさん買うから店に入ってからが長くてさ、で結局俺も後の人をたくさん待たせたんだけど」


 俺はおせっかいな警備が立っている歩道橋の下の小さな休憩所の椅子に腰掛けて、缶と袋のつまった手提げ袋を降ろした。


 「お、今店から出て来た、大丈夫だよ、持てないくらい買ったから」


 美希に電話を入れながら食べ歩こうと思って買った小さいサイズのシカゴミックスを開けた。


 「うん、今から食べようとしているところ、今どこ、スタバで休憩してるのか」


 話しながらシカゴミックスを二粒抓み口に放り込んだ。


 「コーヒー買って来て、速く戻ってこないと小さいサイズは一つしか買ってないからなくなるぞ、嘘、嘘、え、美味いかって、たしかに笑える」


 行列にならぼうかどうか迷っている子供連れの親に向かって聞こえるように言ってやった。


 剣玉を持った少女が泣きそうな顔で食べたいと我がまま全開だ。 


 少女に手招きして、言った。


 「お父さんとお母さんに黄色いのと茶色いのをいっぺんに口に入れて食べてもらいな、その後で君も同じように食べてみたらきっと買えるよ」


 素直な少女は、袋を親に持っていった。


 はじめはそんなことはとか俺の申し出を断ろうとしていた親に、おせっかいな警備が平日でも一時間は待つとかそんな話をしている。


 笑いをこらえながら、聞いていた。


 父親はしぶしぶ言われた通りに口にして、母親にも勧めた。


 少女の、素直な歓声が響く。 


 美希の姿が見えた、走って来る。


 「え、こんなに買ったの」


 「お兄ちゃんありがとう」


 少女が袋を返そうとした。


 「お姉ちゃんにも、さっきの教えてあげて」


 少女は目を輝かして。

 「黄色いのと茶色いのを一緒に口に入れるんだよ」


 美希は言われるままに口に放り込んだ。

 「なに、これ」


 「だろ、笑えるんだよ」

 俺は言いながら無造作に抓み口に入れ、コーヒーを流し込んだ。


 警備員が、笑いをこらえながら見ていた。


 「アーモンドのやつ、探して」


 「え、どれ」

 「白と水色の袋のやつ」


 俺は手渡された袋を開けて、アーモンドのついているのを探して口にした。


 噛み砕きながら、コーヒーを流し込む。


 真剣な顔で、警備は見ていた。


 「警備さん、アーモンドも笑える」


 隣でタバコを吸いながら様子を見ていた若い男が、立ち上がり行列にならんだ。


 「でも、買い過ぎだよこれ」


 美希が不満をもらす。


 「二時間ならぶとこんくらいは買いたくなるの、ここでしか買えないんだぞ」

 笑いながら手提げ袋を両手に持っと美希が片手を出したので軽い方を渡した。


 黄色くなった手をなめながら振り返る。


 「店の人にさ、スプーンつけないと手がべたべたで食べ歩き出来ないって言っといて」


 わかりました。と言った警備員に外人の女がカメラを向けていた。


 手を伸ばして撮りやすくされたロゴマークの横の文字は最後尾に変わっている。 


 金髪を揺らした色の白い顔は大きなサングラスに隠れていたが、それでも微笑んでいるのがわかった。 


 なるほど、たしかにな。絵的に面白いよ、その出立ちは。 


 振り返ると、美希はすたすたと後を気にする様子もなく表参道に向かっていた。


 少女は、剣玉に興じている。 


 たしかにな、惹かれるよ君たちには。 


 そう思うとまた、少しだけ、笑えてきた。

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おせっかいな黄金の習慣 冠梨惟人 @kannasiyuito

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