飛騨の職人

坂口航

飛騨の昔話

 それでは、少し昔の話をしましょうか。

 これは、飛騨の職人の間では有名な話です。


 アナマロという、一人の職人が飛騨の工房に住んでいました。

 ある日のことです。

 神からお告げがあったと、アナマロは言ったきり、他の仕事をほっぽり出して、ただひたすらに何度も木を彫り続けては、これではない、これではないと繰り返してました。

 最初は皆なにかおかしなものでも食ったのかと不安になりましたが、ちゃんと飯の時間には顔を見せるし、睡眠も寝室ではないもののちゃんと寝ている様子なので、いつかは元に戻るだろうと思いました。

 ここの工房ではあまり大きな仕事を貰えなかったアナマロです。

 それは、あまり腕が良くないのもありますが、何より鍛練を人並みにしか行わないので、親方から嫌われてたのもありました。

 なので親方はこの姿を見て、「ようやくきゃつの心を奮い立たせるものが見つかったか。よしお前ら、自分の仕事が終わりしだい、アナマロの仕事をやってやれ」と大いに喜びました。

 しかし、その後アナマロは工房内で血を吐きながら倒れているのを発見されました。

 その手元には、美しい菩薩が彫られた像が転がっていました。

 しかし、この菩薩。不気味なことに顔だけが彫られていなかったのです。

 ただ彫られなかったのではなく、その部分だけ平面とツルツルしていたのです。

 しかも、不気味な像はそれだけじゃない。

 机の上にも三つ、おかしな像が置いてあった。

 蛙の胴体に首から口を広げた目鰻めうなぎが生えてるもの。

 幾重にも地面から生えた触手が中心にある球体に絡み付いてるもの。

 大きな昆虫の足が貝殻にくっついて。さらに、口から触手を吐き出した四つ目の人間らしきものの上半身がくっついたもの。

 どれもこの世のものとは思えぬ気色が悪さで、吐き気を催すようなものであった。

 しかし、なぜか職人達はそれを捨てようとは思わなかった。

 そこには、不気味ながらも確かな美しさがあったからだ。

 アナマロが心血注いで、言葉の通り血を吐く思いで造りだした作品なのだよ。

 親方もこの像を大変気に入って、しばらくの間これを飾ったようだ。

 しかし、この像はすぐに処分することになった。

 なぜならこのあとに、三人もの若い職人がアナマロと同じく血を吐いて死に絶えたからだ。

 これは、鬼がアナマロに乗り移って造らせた呪われた像なのだ。

 誰もがそう思い、捨てようとした。

 そんな時に、ある国の姫がこの像の噂を聞きつけ、買って来るよう従者に言い付けたのだ。

 この姫は大変、我が儘で、一度やれと言ったら必ずやりきるまで許してくれないのだ。

 親方、職人一同は、呪われたこの像を誰かに預けるなど考えられないと、幾度も従者を追い返しました。

 しかし従者もこれを持らわねば、帰ろうにも帰れないのである。

 そこで従者はなんと、真夜中に木材置き場に火を着けて、騒ぎになってる間にこの像を盗んでどこかに行ってしまった。

 その後どうなったかを詳しく知る人はいない。

 だがあの姫がいる国は、しばらくもしない間に伝染病が流行り、廃れたそうな。

 この出来事はアナマロが鍛練を怠ったために鬼に憑かれてしまったのだ。だから努力を怠らないようにと戒めの話としと語り継がれている。

 だが、もし。なにか別の理由で造られたとしたら。

 それは、一体どんな理由なんでしょうか。


 えっ? あの像の行方ですって?

 そんなものは知りませんよ。

 どこかの好事家な人が持ってるのではないですか? それとも、ひとりでに歩きだして、人間を食べてるかのどちらかでしょう。

 この世からいなくなってるということは限りなくないと思いますがね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

飛騨の職人 坂口航 @K1a3r13f3b4h3k7d2k3d2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ