第26話 迷子

「きっと今頃、屋敷では……」


 考えると帰るのが嫌になる。足取りが重くなり、短い階段の一段に腰掛ける。

 俺はまだ路地裏をさまよっていた。入り組んだ路地裏はまるで迷路のようで行き場なく歩き続けた結果、迷った。時々、道を確認してはいたのだが、黒コートを見てからというもの、追いかけられている気がして少し早足になったのが原因だろう。

 どこかもわからない空を見上げ、途方に暮れる。

 窓ガラスを割り、迷子になり……と今日はついてない。

 ため息をつき――――音が聞こえた。

 ガランという鈴の音と一緒に階段の前の扉が開かれた。


「おう、わかってる」


 そこから出てきたのは俺と同い年くらいの男の子だ。


「……うおっ!ガキ?!なんでここに!」


 お前もガキだろ。というツッコミはしないでおく。

 その男の子は扉に姿を隠してしまう。


「ご、ごめん。迷っちゃってさ」


 友好的に行こう。同年代の友達が少ない俺にとってこの状況はあまりよろしくはないが、顔を見せてこないのならなんかなる。


「……迷子?ああ、ならこの道真っ直ぐ行ってくれや。そうすりゃ多分出れる」


 少々というか、かなり投げやりな対応。もしかしたら相手もご同類なのかもしれない。

 ということなら、互いに長居は無用。言われた通り、真っ直ぐ行くことにしよう。

 階段から降り、扉の前を横切った辺りで、ふと思い出し、振り向く。


「ありがとう!」


 頭を下げ、お礼を言う。いくら同年代、同類だとしても礼だけはしなくてはならない。俺は前みたいにはなりたくないから。


 顔を上げ、視線を向けるとそこには男の子が驚いた様子で立っていた。

 扉の影から出てきた彼の容貌はとても特徴的なものだった。

 真っ白な、それ自体が輝いているかのような髪。

 路地裏の少ない光を彼だけが浴びているかのようにも思えた。


「んだよ、まだなんかあンのか?」


 体格差はないのだが、中々に威圧的な雰囲気を出され、少し気圧される。


「い、いや……」


「なら行けよ」


 彼はそれだけ言うと階段を上り、その場を後にした。

 彼の言う通り、俺は真っ直ぐ進んだ。

 しばらく進むとしっかりとした道に出れた。そこはさっきいたような人通りはなかった。どちらかと言うと少なく、ポツポツと疎らに散らばっている。

 あまり活気のない場所だ。


 道に出られたと言うだけで、迷子という本題は変わっていない。どうしたものか、と何かの施設のそばにあったベンチに腰掛ける。


 こういう時、警察がいればと思うが、もちろん居るはずもなく、とりあえず歩くことにした。

 見晴らしのいい場所でもないかと思っての行動だ。まあ、迷子なら動き回らずにその場に待機するのが一番なのだが、初めて来たところでテンションが上がっていた。


 屋敷から逃走して一時間が経っただろうか。腕時計なんてものを持ってないので時間はわからない。

 今は上へ上へと行くために緩やかだが長い坂を登っていた。

 この辺りの家々の並びはややこしく、出っ張った家から小さな家までが適当に並べられており、同じような光景が続くこともあって、とても覚えにくい。

 岩肌に生えているかのような家を見ながら、坂を上る。

 全部上ると時間がもっとかかりそうなので、適当な位置から見ようと思う。


 ここが中間地点だ、と言わんばかりの軽めのスペースが作られており、そこから街の景色が見えた。

 少し先にたくさんの人混みを見つけ、そこを目指すことにする。

 日が暮れない内に帰っておきたい。窓ガラスを割った上に門限まで守れないとなるとどうなるかわからない。


「門限までに帰れなかったりして……」


 悲観的な俺の考えは別の意味で実現することになる。


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無能の騎士 天寝子 @Amairo__Neko

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