第25話 おつかい②

「クロトちゃん?どうかしましたか?」


 覗き込む真っ赤な髪の少女。燃え盛る紅蓮のように力強いその髪色とは対照的に幼く、愛らしい顔。父はその可愛さ故か、自分を割れ物を扱うように慎重になるのが悩みだ。


 クロトは顔を覗かれ、自分が考え事をしていたことに気付かされる。

 今はおつかいの途中であるのと同時にロイの妹、ノーラの見守り役でもあるのだ、一瞬でも気を抜いてはいけない。

 改めて心に刻み、前を向く。


「すみません。少し、考え事を」


 休日というわけもあり、人通りがいつもより倍近く多い通りを二人で手を繋ぎ歩く。


「何を考えていたのですか?」


「え、ええ……窓ガラス、また割れてないといいな。と……」


 その返答にノーラは「そう……ですね」と返すしかなかった。

 今はおつかいのことだけを、と思考を切り替え、母に頼まれた物が売られている並びにやってきた。


「ノーラ様、離れないように」


 メグの一件以来、クロトは自らの主人を守れなかったことをずっと悔やんでいた。

 だからこそ、このおつかいで前と同じようなミスをすればクロトは自分を許せなくなる。

 そう考えていたはずなのに、考え事をしてしまう。自分の心の弱さに嫌気がさし、つい叫びたくなる衝動を抑える。


「クロトちゃん!これ、お兄様にどうでしょうか?」


 ノーラは手に取った商品をクロトに見せ、子供らしい笑みを浮かべる。


「はい、それはロイ様も喜ぶと思いますよ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「さて、と……」


 窓ガラスは割れた。音はデカかった。使用人たちの足音が聞こえる。

 そこから導き出される答えは一つ。


「…………逃げるか」


 全速力で走り、正門から街へと繰り出した。

 途中、後ろを振り返って確認してみたが、追ってくる気配はない。もしかして侵入者と思われたかとも考えたが、ここで戻ればしばらく外に出してもらえなくなる。

 特に外出する予定はなかったが……予想外の展開にも対応しなければな。と無理矢理理由をつけて納得することにした。


 人混みに紛れ、これなら追われててもしばらくは安心だと思い、人波に逆らわずに歩く。

 やけに人が多く、気持ち悪さを覚え路地裏へ入った。


「人多すぎだろ……祭りか?」


 思い当たるような行事は特にないのでそういう日なのだと納得する他ない。

 とりあえず、人混みはあまり好きではないので路地裏探検と勤しもう。ここなら追ってもこないだろうし。


 路地裏、と言っても汚い雰囲気はなく、地面は綺麗に整えられていた。建物の影で暗くはあるが。

 入り組んだ路地裏を行くにつれて、帰り道が不安になってくるので時折後ろを確認しながら歩く。


「やっぱ人はいないな」


 そう思った矢先だった。少し先で話し声が聞こえる。

 俺の知識上、路地裏に人というパターンはいいことがない。だから少し警戒していた。

 距離を取ってそれが大丈夫な人なのかどうかを判断する。

 人影は二つ。

 黒コートの人物と、どこにでもいそうな普通の男。

 直感的にあれはヤンキーの類だと判断して見ていいだろう。

 黒コートと普通の男が何を話しているのかは分からないが、恐らく黒コートが恐喝でもしているのだろう。


「ここはやめておくか」


 踵を返し、元来た道を歩く。こういうとき、漫画なんかではよく足音でバレることがあるということを思い出し、ゆっくりと歩いた。

 その甲斐あってか、黒コートが追ってくる気配はなかった。


 もう少し深く考えておけばよかった。

 せめて二人の会話だけでも聴けていれば、男の表情をちゃんと読み取っておけば。

 これはこれから起きる事件の始まりの始まりだった。

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