第24話 おつかい

「お兄様、私たちはお使いに行ってきます」


 書斎の扉から母さん譲りの真紅の髪を高く結び、子供らしい笑顔でいるノーラと、紺色の髪にメイドのカチューシャをつけ、黒を基調としたメイド服に身を包んだクロトが入ってきた。

 朝だと思っていたのだが、どうやら今は昼前らしい。書斎に篭もりっぱなしで時間感覚がズレている。


 母さんに頼まれたという食材の買い出しをしてくる。とのことだ。

 ノーラの初めてのおつかいであり、本来ならばこっそり見守ってあげるのがいいのだろうが、心配性な母さんはクロトをお供にさせることにした。


 律儀に兄の元まで駆けつけ、一言告げてから出ていこうとするあたり、俺とは育ちが違うことを見せつけられる。

 真のお嬢様。という雰囲気をまとい始めたノーラの横にメイド服のクロトが立つとそれはまあ、様になる。


「ん。気をつけて」


 ジト目のクロトと一瞬目が合い、すぐに視線を手元の魔術書に落とした。

 4級魔法のあれこれ。という感じのタイトルの本だ。先日見つけて気になって読んでいたのだが、諸事情により途中で読めなくなっていたのだ。

 その被害者たるクロトからの痛い視線に耐えかね、二人をドアの外へ押し出す。


「……それではロイ様、くれぐれも物を壊したり、燃やしたりしないよう、注意してくださいね」


「は、はい……」


 先日起きた諸事情。とは、俺が物を壊した事件だ。


 ※ ※ ※ ※ ※


 昨日、俺は興味をそそられる本を見つけた。

 魔法陣についての本を探していたのだが、それらしき本は未だ見つからず、高い位置にあるのだということを確信しはじめていたころだ。

 パッと手に持った本。そのタイトルを見てすぐさま読むことを決定した。

 それは4級魔法の基礎知識。というタイトルだった。

 正直な話、俺は未だ満足に『身体強化フィジカルブースト』さえ使えない。それでも前よりは持続するのだが。

 だと言うのに4級魔法に手を出そうというのには理由がある。

 まず、学校がしばらくの間通うことが出来ない。ということで、何もしないのは腕が鈍ってしまう。

 そして、知識だけでも入れておくことで少しでも何かが変わると思った。

 最後に、やっぱかっこいい魔法を使いたかった。


 最後の理由だけが本音の部分で他はオマケな気もしなくはないが、それを建前に俺は本を読み進めた。

 4級魔法は応用系が非常に多く、また、『身体強化』に重ねがけできる魔法もいくつかあった。

 その中でも目を惹きつけたのは炎の魔法だ。やはり、魔法と言えば火。ロマンを感じざるを得ないその魅力に取り憑かれ、それ関連のページばかりを捲る。まあ、炎には前世でご縁があったからそれもあるのかもしれないが。


「よしっ、物は試し。やってみるか!」


 その時はなんの根拠もなく『出来る』と思ってしまったのだ。そう、テスト前のあの謎の余裕が今ここで発揮された。

 そしてそういう時は大概失敗に終わる。

 俺もその中の一人だった。


 ガシャン。という音と共に割れたのは窓ガラス。すぐに背中に冷たいものが走った。

 割れた窓ガラスは外へと飛び散り、地面へと落ちていった。幸い、下に使用人などはいなかったものの一歩間違えれば大惨事間違いなしな事件だ。

 すぐに下に降り、飛び散った窓ガラスの破片を拾い集める。手に傷がつくことはこの際気にしてはいけない。

 すぐさま部屋に戻り、書斎の本棚から修復魔法なんかはないのかと探し始めた。


「あった!これだ!」


 すぐに適当なページを開き、ざっとその魔法についての知識を入れ、割れた窓ガラスへ近づいた。

 そして魔法を使う。


 ドカン。という音と共に壊れたのはそばにあった机だった。

 どうやら注ぐ魔力量が多すぎたのと、手に余る代物だったことが重なり、暴発したのだと思われる。

 などと冷静に分析していると当然、書斎の扉が勢いよく開かれ、また何かやらかしたか。という顔のクロトと目が合った。


「ロ、ロイ様……?なにを……?」


 割れた窓ガラスの数は先程よりも二つくらい増え、さらに机まで壊している。


「ごめん」


 素直に謝った。

 次には珍しく大声で説教するクロトの声だけが書斎に響いた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 あの時なぜ俺は失敗したのだろうか。

 勿論、4級魔法という俺の手の届かない領域に手を出したから。というのもあるだろうが、それだけで使えないなど少々理不尽すぎる。何か他にも原因があったのかもしれない。

 炎を強くするイメージがダメだったのだろうか。

 俺の中にある知識では炎は空気を足すと強くなる、とあるのでとりあえず手元に作った火を消さない程度に振ってみたり、息をかけてみたりした。特に何も無かった。

 真空状態にすれば火が消える。というのも知識にあったので、意味はなさそうだがとりあえずやってみた。

 パチン、と手を鳴らし火を潰すと、掌の隙間から紅蓮の炎が漏れだし、一瞬で消え、そして爆風が生まれ、窓ガラスが割れた。

 これはもうどうしようもないのでは。前世の知識に化学についてなど無に等しい。そう都合よくいい案は思い浮かばない。


「……考えてもダメだな。行動するべし!」


 頭の悪い俺ではいくら考えても無駄だと悟り、前回の反省を踏まえて外で試すことにした。


 勿論、失敗して一階の一部の窓ガラスを割ることになった。

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